CCCLXXXVIII 弔問者ロバート・ラドクリフ
(ep.386) CCCLXXXV 先遣隊ジェラルド・フィッツジェラルド を読んでからのほうが事態がわかりやすいです。
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西棟にあるフィッツジェラルドの居室に入るのは初めてだった。最初で最後ということになるか。
何やら多数の置物が配置されているせいで採光が邪魔され、まだ日が少し暮れ始めた時間なのに暗い。
「フィッツジェラルドは・・・どこに安置されている?」
「若は・・・あちらです・・・ラドクリフ様。」
震えがとまらないマクギネスが指さす先には、甲冑を纏ったまま王者のように座った、フィッツジェラルドの身体があった。兜だけ外され、顔には布がかけられているが。
息絶えても王者のような格好で生きる者を迎えるのが、島の男の流儀なのか。
ひざまずいて十字架を切り、立ち上がって敬礼を取る。
「・・・おいマクギネス、このまま固まったら棺に収まらなくなるだろう。」
「棺?・・・でございますか?」
マクギネスは戸惑っているようだが、島には独特の埋葬の習慣があるのだろうか。まさか鳥葬みたいなやつではないことを祈るが。王宮で実践されては夢見が悪い。
「せめて、目は閉じてやったのだろうな?」
私は顔に被せられた布を丁寧に外した。
「あきまへん!!今の若の顔はっ・・・!!」
なにやら方言で叫んでいるマクギネスの声が聞こえたが、私の前に広がったのは、苦しみとも痛みとも無縁な、不思議と満ち足りた表情で逝った男の顔だった。こうして舌が出て目がうつろでなかったら、生きていると思っただろう。
具体的にどのような状況だったか知らないが、公務中だったのだ。本望だと思いつつ散っていったのやもしれない。
「島ではどうだかしらないが、死者の尊厳のために目はとじてやるのが本土の礼節だ。口も閉じてやれ。」
「・・・はぇ・・・」
・・・
『はぇ』、だと?
「マクギネス、今気の抜けた返事をしたのはお前か?」
「そないなこと・・・ないですけど?」
「・・・ぃぅ・・・」
まさか・・・
フィッツジェラルドの首と、手首の甲冑を緩めた部分を触った。
脈が、ある。
「どういうことだマクギネス!フィッツジェラルドは生きている!医者は呼んだのか!」
「縁起の悪いこと言わんといてください!!若は生きてはります!!ただもう、若が、ううっ、人間でない感じになってもうて・・・」
確かに、息もあるし脈も正常だが、顔だけ逝っている。
もともとやや幼さの残る顔立ちをしていたが、改めてみると赤ん坊を彷彿とさせる表情にも見える。目に生命力がないせいで奇妙なバランスだが。
「なにがあったのだ?外傷なないのか?」
「それが、我々が目を離しているすきに、東棟のヘンリー王子の軍勢ところに若が単騎で駆けていかれて、数分後に我々が助けにいったときには、馬に乗ったまま気を失っておられたのです。外傷の類は一切ないようで・・・」
フィッツジェラルドのうわ言で正気に戻ったのか、マクギネスは標準語に戻っていた。説明としては欠陥があるが、今回は描写として信頼していいだろう。
「小競り合い・・・外傷がない・・・気を失う・・・いや、意味がわからないが。」
「うちらとて何があったかさっぱりですわ。ああ若、前に魔女に襲われたときももうちょいましやったのに!」
マクギネスは悲嘆にくれていた。
魔女・・・
東の魔女に寝取られた直後のスタンリー卿に遭遇したときがあるが、やすらかに寝息を立てていて、こんなもみくちゃに正気を失った顔ではなかった。違う魔女か、違う魔法か・・・
いや、むしろ南の痴女に襲われになったアーサー様がこのような・・・いや、この島男とアーサー様のご尊顔を比べるとは恐れ多い・・・
「マクギネス、気を失ったフィッツジェラルドを乗せて馬だけ帰ってきたのか?」
「いいえ、東棟の軍勢の責任者が、引き渡しにきたのです。」
「引き渡した?待て、東棟の軍勢を率いているのは、確かヘンリー・ギルドフォードだったか。」
こんな無様な姿で引き渡すとは、ギルドフォードはもう少し騎士のプライドに気を遣う男だったはずだが。
いや、ギルドフォードは東の魔女に寝取られていたようだった?先ほどもヘンリー王子の性欲の生贄にされていたようだが、また魔女に操られているのか?
「東棟の軍の責任者は、確か、新任のルイス・リディントンとかいう・・・」
「ルイス・リディントン!・・・道理でこうなる訳か・・・」
私はもう一度フィッツジェラルドの情けない顔を見た。
そうか、先程私は聞いただけで目撃はしなかったが、リディントンはあのヘンリー王子を快感漬けにして雌にしていたではないか。王子のあの痴態からして、こういう顔になっていたとしても不思議ではない。
武人として誉れ高いヘンリー王子がやられるのだ、フィッツジェラルドなどひとたまりもないだろう。
「起きろフィッツジェラルド!これ以上その不甲斐ない顔を晒すんじゃない!」
怪我人でも死人でもないとなると、もう丁重に扱う気もしなかった私は、乱暴に肩を揺すった。
「・・・ひぅ・・・?・・・」
「フィッツジェラルド、何をされた?」
魔女に寝取られた男たちは意識を操られているようだったが、先程サインの要求に抗おうとして結局は屈服したヘンリー王子のように、本人でなく魔女の手先に襲われた男たちは口止めされていないようだった。特に黙秘などしてこないだろう。
「・・・ぉ・・・しり・・・ぐいっ・・・て・・・あと・・・」
「いや、もういい、知りたいことはわかった。」
詳細に描写されても困る。ただでさえ王子の乱痴騒ぎを聞かされたあとだった。
フィッツジェラルドはリディントンに引きずり降ろされ、王子のように餌食となったのだろう。東の魔女としてはヘンリー王子の領地から来る反乱軍を、アーサー王太子殿下の軍勢が撃破するのは好ましくないに違いない。
「しかし、甲冑をつけたフィッツジェラルドを引きずり下ろして、襲い、朦朧となったところを馬に乗せる、なんて芸当ができるか。できたとして何人がかりなのか。」
もし、東棟の衛兵が、もし全員東の魔女に寝取られていたとしたら、事実上の魔女軍が結成されていることになる。
ただし、王子の寝室の痴態を聞かされたところでは、息を切らさずに王子をたぶらかした絶倫はルイス・リディントンだけで、魔女配下のヘンリー・ギルドフォードとウィリアム・コンプトンはただ王子の性欲を満たすための生贄だった。
リディントン以外の男が、魔法によって超人的な力を発揮するかは未知数だった。魔女に寝取られる以前からリディントンにもともと素質があった可能性もある。
「ラドクリフ様・・・若はたぶん、引きずり降ろされてはいないんちゃうかと・・・」
先程から思案顔だったマクギネスが異論を唱えた。
「どういうことだ?」
「いえ、若は悪い癖で、たまに鐙に足をゆるく固定するように、葦でできた縄みたいなものを巻いてはりおったんです。」
どう考えても危険だが。
「馬が横転したら下敷きになるだろう。なにを考えていたのか!」
「いや、いざとなれば蹴るだけで切れる代物です!ただ、今回はこのマクギネスが縛ったもんで覚えとりますが、若はそのまま帰ってきてはりまして。」
鐙に固定することの危険性は置いておいて、馬を降りていないということか?
「フィッツジェラルド、聞きたくはなかったが、馬の上で具体的に何をされた?」
「・・・わか・・・らな・・・後ろから・・・ぐりぐり・・・ほんと・・・わけ、わかんな・・・」
馬に乗ったままでは確かに後ろの視野は狭まるか。おそらく鐙に葦を固定したせいもあって身動きがとれないまま手籠めにされたのだろうが、これは騎士失格どころではない。
「お前がアンソニーにやってきたことを、リディントンにされただけだろう?何今になって被害者のようなセリフを・・・」
「・・・リディントン・・・じゃない・・・ヘンリー・・・ノリス・・・」
呂律の回らない口調で、フィッツジェラルドは意外な名前をだした。
ノリス・・・ヘンリー・ノリス・・・ヘンリー王子の寝室係で・・・
あのいたいけな少年の?
「待て、ほんとに、あのノリスにやられたのか?お前より頭二つは小さい、あのノリスに?」
「・・・す、すごかっ・・・」
さっきまで虚ろだった表情が、何を思い出したのか急に照れだしていのは情けない。
「感想を聞いてるんじゃない、ノリスにやられたのか、リディントンにやられたのかを聞いている!」
「・・・ノリス・・・」
ノリス?上背のない私でさえ片手で抱えられそうな、あのヘンリー・ノリス?
「マクギネス、こいつが乗っていた馬に案内してくれ!」
「若をこいつって言わんといてください!」
「いいから早く!」
私はマクギネスを急かすと、厩ではなく西棟の外に繋がれていた大柄の馬を見に行った。
大柄の馬だ。ノリスが簡単に乗れる代物ではない。ましてやこの上で体を動かすなど・・・
「マクギネス、鞍はフィッツジェラルドが乗ったときのものか?」
「はい、腰が安定するからと、若はこれをずっと使ってはります。」
鞍は前後が高く反り上がっているタイプで、完全に一人しか乗れないようにできている。フィッツジェラルドの後ろに乗ったというノリスは、裸馬にまたがったというのか?そのうえで、器用にもフィッツジェラルドの後ろを襲う・・・
人類にできる芸当ではない。
「なんということか・・・」
リディントンだけではない。魔女に寝取られ、あのいたいけなヘンリー・ノリス少年まで、モンスターにされてしまった。
このままでは、この宮殿に正気の男は一人もいなくなる。まして、全員かはわからないが、魔女が寝取った何人かを超人にできるとしたら・・・
「文明が終わる・・・」
東の魔女は権力争いに利用された気の毒な存在だと思っていが、もうそのような情状酌量をしている場合ではない。
排除しなければ。この国がおかしくなる前に。




