CCCLXXXVI 質問者ヒュー・モードリン
結局何をしにきたのか分からないままジェラルド・フィッツジェラルドが退場した頃には、中庭にいた兵隊さんは四分の一くらいに減っていた。
「既にほとんどの部隊が宮殿の外に出ました。あちらの馬車がルイーズ様のもので、後ろの馬車にモーリス・セントジョン閣下とウィリアム・コンプトンが乗られています。」
ヒューさんに案内された私は新品の『リディントン家の旗』が備え付けられた黒と金の豪華な馬車と、その後ろに続く木目の堅実そうな馬車を眺めた。モーリスくんとコンプトン先輩は乗られているというか乗せられている状況だと思うけど。
「私は一人なの?男爵は?」
男爵か誰かが馬車に同伴してくれると思っていたけど。『交渉』って言っても反乱軍のところに素人の私が向かうのに、一人はさすがにちょっと心細いと思う。
「男爵は後続で続きます。ルイーズ様に尋問していただくべく、集団に置いていかれた捕虜の少年を一人、縛って乗せてあります。道中、私が馬車のすぐ外にいて、必要であればお助けできるようにいたします。」
「私のために縛ったみたいな言い方しないでよ、ヒューさん・・・」
ヒューさんの中ではさっきから私が尋問することが決定事項になっているけど、素人の私にどうしたらいいかわからない。さっきから男爵がいないのも落ち着かなかった。
「さあ、急ぎましょうルイーズ様。存分に魔法を使っていただいて構いませんので。」
「何度も言っているけど、私魔法使えませんからね?」
ヒューさんはドアを開けて、私が乗りやすいように台を設置してくれた。いくらノリスくん向けの軽い甲冑でも、やっぱりいつもと歩く感覚が違うから、段を登るのはちょっと怖い。
木目にピンクのベルベットの椅子がある室内に、かなり何重にも縛られた小柄な人が見えて、もごもごと動いている。縄と布に覆われていてどんな格好をしているのかわからないくらいだけど、思ったより清潔な感じだった。
その捕虜の少年はこっちを見ようと体をくねらせて、精一杯私の方を睨んできたけど、口に布を巻かれていて表情はよくわからない。
「〜〜〜!!」
何かを言いたそうにしているけど、布のせいでムー、ムーっていううめき声みたいになっていた。かなり子供っぽい、ちょっと高い声。
「えっ、ヒューさん、あんなに口元を縛ったら息が苦しいじゃない?こういうの、児童虐待になると思うのだけど。捕虜の取り扱いの決まりもあったはずだし。」
「(鼻で呼吸ができます。捕獲時には暴言とともに唾をはきましたし、ルイーズ様に何かがあるといけませんので。)」
ヒューさんは小声で耳打ちしてきたけど、虐待云々にはコメントしなかった。私の着ている甲冑は借り物だしなんだか高そうだからちょっと気になるけど、そんなことのせいで窒息とかになってしまうのは絶対避けたかった。
「〜〜〜!!」
私を睨んでムームー言っている目は、近くで見ると思ったより少しやさしそうで、怒りというよりは困惑したような、つらそうな色を浮かべていた。
「・・・ヒューさん、この子、体が痛いみたい。うつ伏せに首を曲げた無理な体勢だし。」
「サー・ルイス・リディントン閣下、出立いたします。治療、および取り調べは道中お願いいたします。」
さっきまで私のことをルイーズ様と呼んでいたヒューさんが、急にサー・ルイス扱いをしてきた。一応、捕虜に聞かれても困るという考えなのかしら。
私が答えないうちにドアが閉められて、意外と窓が小さい豪華な馬車の中は、急にちょっと薄暗くなった。
「えっと、捕虜さん、とりあえず痛いと思うので、ちょっと楽にしてあげますね。お話はそれからで。」
私は手の甲を覆う甲冑の部品を外した。
「〜〜〜!!」
楽にさせてあげる、と言ったのがまずかったのか、捕虜の少年の目には恐怖が浮かんでいた。どう見ても死刑を恐れずに反乱している感じではなさそうだけど。
「ちょっと触りますね、じっとして・・・えっ・・・」
ヒューさんの縛り方が悪かったみたいで、腰から背中がよじられていたから、そのあたりの様子を見てみて、確かに状態は悪かったのだけど・・・
それよりも驚いたことがあった。
「女性の方、でしたか?」
「〜〜〜!?」
なぜバレた、と言いたそうな目で私を見てきたけど、骨盤のあたりは男女差が出やすからすぐに分かった。
私も最初は少年かと思ったけど、私と同い年かすこし上くらいで、現世の基準だと成人している扱いのご年齢だと思う。
「ええっと、女性の捕虜の扱いは別の規定があったはずだけど、お父様は軍法とかやっていなかったから私も知らないし・・・とりあえず、体を楽にするところから始めますね。」
「〜〜〜!!」
捕虜の少年、じゃなくて、捕虜の女性は、なにか抵抗するように動いたけど、縛られ方が厳重すぎて動くたびに痛そうだった。
縄の表面積が大きすぎて、マッサージできるところが限られていたけど、背中に両手が縛られていて、下は両膝も縛られているから、骨盤の周辺だけ空いていて、そのあたりは体へのダメージも溜まっていそうだった。
「ちょっと失礼しますね。」
「〜〜〜!!!!!」
私が腰骨のあたりのツボを押すと、ムームー言う声が大きくなった。
「痛いかもしれないけど、体にはいいので我慢してください。」
腰の状態はかなり悪かった。
「〜〜〜!!!」
「ごめんなさい、ちょっと縛り方が非人道的ですね。ヒューさんに文句を言わないと。」
私は時々揺れる馬車の中で、必死で腰のマッサージを繰り返した。本当は背中と足もやってあげたいけど、縄の解き方がわからないし頑丈そうだった。
「〜〜、〜〜・・・〜〜・・・」
捕虜の女性は抵抗を諦めたのか、さっきほどうめかなくなったけど、涙目の状態で何かを言いたそうにしていた。
私の指の先では、小柄な体が小刻みにふるふると震えていて、なんだか心配になる。
「ごめんなさい、痛いですよね。でもちょっと体が楽になりますから。」
「〜〜〜・・・〜〜〜」
捕虜の女性はさっきより穏やかにムームー言っているけど、相変わらず聞き取れない。なんだか体をよじるみたいにゆらゆらと揺さぶっていらしたけど、さっきの震えみたいなものは収まったみたいだった。
表情を見ようとすると、目しか見えないけど、なんだか放心したような・・・
「あっ、呼吸苦しくかった?気が遠くなったら大変!ちょっとまってください!」
あれだけむごむご言っていても外れなかった布は、確かに厳重に縛られていたけど、縄と違って私でもなんとかほどけた。
馬車の中が薄暗いからよく見えるわけではないけど、布を取った女性の顔は、ボーイッシュで可愛らしい感じだった。馬車に酔ったのか少しぐでんぐでんになっているけど。
「大丈夫ですか。息、できていますか?」
ぐったりした女性は、私に唾をはく元気は無さそうだったけど、ちゃんと安定した呼吸をしていた。
「・・・ごめん、なひゃい・・・」
何に対してのお詫びかわからないけど、捕虜の女性は謝った。ちょっとかすれた、モーリス君みたいな感じの声で、確かに少年と言い張れば信じてもらえるかもしれない。
私は声も高いし男と言い張ってもいないのに、なぜか王子に信じてもらえないけど。
「それは、反乱に参加したことへの反省ですか?反省しているなら、私の交渉を助けてくれれば、あなたの罪が軽くなりますよ?」
たしか、女性と子供には死罪が適用されなかったはず。無罪は無理だろうけど、反省を見せれば情状酌量もあるし・・・
「天国のおとうひゃま・・・こんな・・・はしたないむひゅめで・・・ごめんなひゃい・・・」
ちょっと呂律が回っていないけど、意外と訛りのない言葉に私はすこし驚いた。
でもとっさには意味がわからなかった。
「はしたない、ってどういうこと?・・・あっ、そういえば私!!」
捕虜の方の性別に驚いてとっさに忘れていたけど、私は甲冑を着ているからどんなに声が高くても男だって思われるだろうし、捕虜の方としては縛られたあげく男性に腰を触られたことになっちゃうのよね。
「すみません、言い訳みたいに聞こえるかもしれませんが、今のは医療行為で、決して捕虜さんの尊厳を踏みにじるようなことではありません。嫌でしたらもう止めますね。」
私は捕虜の方の腰に置いていた手を話した。
「・・・や・・・やめひゃいや・・・やめないれ・・・」
捕虜の方は縛られたまま苦しそうに私の方に首を向けようとした。
「無理しないで!無理してこっち向かないでください、首を痛めちゃうから!ちゃんと続けますからね。」
私は慌ててマッサージを再開した。
「・・・はじめてらのに・・・よくなっひゃっ・・・あんっ・・・ふああんっ・・・あっ、あああんっ!・・・」
けっこうきつく縛られている割に、捕虜の方はあんまり苦しそうになかった。さっきと比べて明らかに女性と分かる高い声になっていた。
「少しは気分が楽になりましたか?よかったです。」
私はすこし足の付け根にあるツボにマッサージの焦点を移した。
「ここはちょっと痛く感じるかもしれませんけど・・・きゃっ!」
突然ドンと馬車が揺れた。
「〜〜〜っ!!!」
さっきまでと違って口元を縛られていない捕虜の方が、声にならない悲鳴を上げた。
馬車が石にあたったタイミングで、ツボに思い切り私の指が入っちゃったのよね。
「ごめんなさい!痛かったですよね!」
「・・・ぜ、ぜんびゅ・・・はいっ、たあ・・・」
捕虜の方は痙攣したみたいになっていて、すごく痛そうだった。かなり指がツボに入っていたから、相当痺れたと思う。
「すみません、入れるつもりはなかったのですけど・・・今ちょっと楽にしますね。」
私は捕虜の方が感覚を和らげられるように、ツボの周りをリズムよくマッサージした。
「・・・あっ、あああんっ!!・・・ひゅっ、ひゅごいのおっ!・・・おんなれっ・・・よかっ・・・ふっああああんっ!!・・・」
「性別はあまり関係なくて・・・あっ、でも骨盤のあたりは男女差が出るかもしれせんね。」
縛られたままなのにマッサージを気に入っていただいて、ちょっとだけ誇らしくなる。
馬車が少し減速して、窓の部分がノックされた。
「あっ、ヒューさん?この馬車、窓だけ開けられるの?」
現世だと一枚ガラスが貴重品で、格子模様みたいにつなぎ合わせたような仕組みになっているからか、意外と窓部分はドアみたいに開閉できた。
「〜〜〜」
「なんて言ったの?ヒューさん聞こえないんだけど?」
窓を開けると車輪の音や馬の足音が入ってきて、けっこう会話が難しかった。
「サー・ルイス、大丈夫でしたか?さきほど馬車が石を弾きましたが、車輪に異常はありません。もう捕虜は口を割りましたか?」
「あっ、私は大丈夫だけど、ちょっと捕虜の方が痛かったみたい。そういえばこれ、一応尋問だったのね。それよりヒューさん、捕虜の少年って聞いたけど、女性だったの!女性にあの縛り方はあんまりだと思うわ。」
「女性!?」
ヒューさんもびっくりしたみたいで、思わず馬から身を乗り出して中を見てきた。
「・・・や・・・やめないれえっ・・・もうこんなのおぼえひゃら・・・がまんれきないのっ!・・・」
捕虜の方は私がマッサージを止めたのがご不満みたいだった。うつ伏せのまま必死で私の方を、嘆願するみたいな涙目で見つめてくる。
「さすがルイーズ様、完全に堕としていらっしゃる。」
「堕とすってどういうこと?とりあえず無理な姿勢でかなり体に負担がかかっているから、縄ぐらい解いてあげたいのだけど。」
馬車も馬も徐行していたけど、プロがどう頑張っても解けそうな縛り方じゃなかった。
「・・・やめひゃいやあっ!!・・・からだがもっ・・・おんならってわからされひゃっらのっ!!・・・おねぎゃいいっ!・・・やめないれえっ!!・・・」
捕虜の方はかなり元気になっていた。私のマッサージのおかげでもあると思うのだけど。
「ルイーズ様、この捕虜は女性で間違いないのですね?」
「間違いないと思う。」
窓越しに、ヒューさんは大きく息を吸って、馬車内の捕虜の方に向かって叫んだ。
「捕虜よ!知っていることをすべて話すがいい!もし有益なものがあれば、サー・ルイス・リディントンの妾になるチャンスがある!」
はい!?!?
「ちょっとどういうこと!?!?私、愛妾って制度自体、絶対反対だけど!?そんな男尊女卑というか女性蔑視というか、そもそもヒューさん私の性別知っているでしょう!?」
「なりまひゅ!!・・・ぜんぶはなひまひゅ!!・・・おめかけさんにしれえっ!!!・・・」
私の反論に後ろから援護射撃、じゃなくて明らかな流れ弾が飛んできた。
どういうこと!?
「あの、捕虜の方、今のはマッサージというのですが、別に気に入っていただいたからといって私の愛人にならなくてもしてあげますし、逆に私は妾という制度に反対していまして。」
「・・・らいようぶ・・・あかひゃん・・・かわいいあかひゃん、つくりまひゅ・・・」
捕虜の方は縛られて苦しそうな体勢なのに、なんだか感動したような表情で、爛々とした目で私を見ていた。
ひょっとして『あかひゃん』って・・・赤ちゃん?
「あの、赤ちゃん作るようなこと、絶対しませんからね?マッサージ、確かに異性だと抵抗があるかもしれませんけど、愛人じゃなくても別にしてあげられますからね?」
もちろん私が宮殿を去ったらマッサージしてあげられないけど、とりあえず虚偽の内容は入っていないはず。
未婚の女性が男性に体を触らせるって現世ではほぼありえないから、それで愛人という無茶な選択肢がでてくるのかもしれなかった。これは否定してあげないと。お母様は私がノリッジで女性の知り合いのマッサージをするのを阻止していたけど、こういうこと?
「・・・いまのれ・・・もうあかひゃんできらかも・・・もっといっぱい・・・あかひゃんつくりゅのっ!!・・・」
捕虜の方は、窓が開いて少し明るくなった馬車内で、縛られたままなのに夢と希望に満ちたみたいな表情をしていた。
赤ちゃん、できた!?
「ちょっと待って、ほんと、ちょっと待って、まさかとは思うけど、エリーの場合は箱入りのお嬢様だったから百歩譲って納得できるけど、ううん、納得はしていないけどそういうこともあるのかもって想像はできるけど、まさか捕虜の方、私と今、そういうことをしたって、その、思ってらっしゃいます?」
私は慌てて思わず捕虜の方が知るはずのないエリーの話をしてしまった。
だって、ありえないでしょう?反乱軍に加わる女性って、もっと世慣れしているはずよね?庶民がみんなスザンナみたいに宿を覗いているとは思わないけど、それでも、今のマッサージを勘違いするはずがないのだけど?
「・・・わらひ・・・おんならって・・・わからされひゃったのお・・・きしさまの・・・ぜんぶはいっらのお・・・」
「あの、万が一勘違いされている場合にそなえて明確にしておきますけど、さっきはいったのは指ですよ?指ですからね?」
「・・・ルイーズ様、そこまでしたのでしたらさすがに責任を取られては?」
窓越しのヒューさんがなんだか急に私を裏切った。
「そこまでってどういうことなのヒューさん!?そもそも、ヒューさんが捕虜の性別を勘違いしているからこんなことになったのに!!」
「(ですがルイーズ様、これはチャンスです。)」
なんだか耳を抑えているヒューさんの声は私には聞こえなかったけど、ヒューさんの口は『チャンス』という形に動いていた。
「捕虜の者!このサー・ルイス・リディントン閣下は反乱を平和的に解決すべく、頭領との交渉を望まれている!トップはどこにいるか教えれば、妾になれるかもしれぬぞ!」
ヒューさんは庶民の女性に対して言葉遣いが硬かった。
「ヒューさん、集団から落伍した女性がそんなことを知っているわけがないじゃない。それよりも縄をほどいてあげましょう。」
「おめかけひゃん・・・なれゆの?・・・なりひゃい!・・・」
捕虜の方は、無理な注文にも乗り気だった。
「このサー・ルイス・リディントン閣下は約束を破らない方だ。」
「ヒューさん、私何も約束してないからね!というか制度自体反対というか!」
「・・・えらいひと、チェシントンのきょうかいにみんないるの・・・」
私とヒューさんが言い合う後ろで、割と確信に満ちた口調で捕虜の方が呟いた。
「チェシントン・・・ありうる位置だ。捕虜の者!先遣隊を送るが、もしこれがトラップや囮の類ならお前の命はない。」
「ちょっと待ってヒューさん、先遣隊送っちゃうの?そんな機密情報、簡単に言ってくれるわけがないのに?」
たぶんマッサージを受けたい一心で適当に言っただけだと思う。
「ルイーズ様、どうも集団にリーダー格と見られるような人間の姿が認められないのです。今はどんな手がかりも貴重ですし、トラップや囮なら何も知らないよりも警戒したほうがはるかに良い。」
「待って、私は交渉だけするはずだったのに、交渉相手が見当たらないの!?どういうこと!?しかも私、ただでさえなぜかエリーという同性の婚約者がいるのに、なんでヒューさんが勝手に愛人契約を結ぼうとしているの!?」
そういえば私はこれから反乱軍と交渉するはずなのに、そもそもなんで捕まった女性の腰のマッサージをしているのかしら。
「口約束はどうにでもなります。愛と愛人に法律は関係ないのですから。」
「ヒューさん、それ、既婚者として絶対言っちゃいけないセリフ。あと前半スルーしないで!!」
ヒューさんはかなり雑だった。
「・・・あかひゃん・・・もっとあかひゃんほひい・・・もっと・・・」
「マッサージしても赤ちゃんはできません!!」
私はもう女性の腰のマッサージはしないと心に誓った。
「ルイーズ様、このまま男に間違った期待を持って野放しにしたら、この女性も不幸になりますから、いっそ妾にしてしまわれては?」
「色々問題ある発言だけど、そもそも私に具体的に何をしろっていうのヒューさん!?」
私が抗議する中、ヒューさんの合図で馬車はもとのスピードに戻って、夕方になってきた森の中の道を進んでいった。




