CCCLXXXIV 演説者サー・ルイス・リディントン
「整列!」
さっきとは打って変わって協力的なアップルヤードさんが大きな声を上げた。
整列といっても、大砲や馬やラバでごった返した中庭は、そんな整然とした感じにはならなくて、衛兵や砲兵のみなさんが私とアップルヤードさんの方を向いて姿勢を正す、くらいな感じだった。土埃が舞って、馬のいななきが聞こえてくる。
「今から、総指揮官サー・ルイス・バーソロミュー・リディントンより、挨拶がある!」
総指揮官だったんだ、私。代理の代理だけど。
ノリス君の甲冑はそんなに重くなくても、いつもと感覚が違うから、着たまま台に乗るのはちょっと緊張した。
私は女性平均くらいの背で、軍人さんたちと比べてそこまで上背がないから、木の台に乗っても全然見下ろす感じにはならなかったけど。
大勢を見回すと、こんな大きな人数の前で話したことなんてないのに気づいた。不思議とあんまり緊張はしないけど。
私は大きく生きを吸い込んだ。
「皆さん!!」
私の声が思ったより高かったのにびっくりしたのか、馬やロバが戸惑ったように鳴き声をあげた。甲冑姿のみなさんが甲冑を被り直しているけど、敬礼みたいな感じなのかしら。
「今、この宮殿の安全は、つまりこの王国の安全は、皆さんの手にかかっています。」
ちょっと大げさなくらいでいいのよね、多分。
「相手はヘンリー王子領の農民です。皆さんの実力なら、戦わずして勝てる相手です!」
私は声を上げた。砲兵の方々がお互い顔を見合わせて、ちょっとざわざわし始めたけど、ここが肝心。
「皆さんの勇猛たる姿におそれをなして、農民の方々に武器を置いて降伏してもらうこと、それを第一目標としましょう!もちろん降伏がなければ戦いになりますが、私は白旗を上げてもらえるよう、全力を尽くす所存です!」
砲兵隊のざわめきが大きくなった。何を言っているかはっきり聞き取れないけど、『手柄』とか『名誉』とか言っているみたいだった。鎮圧するイメージと違ったのかもしれない。
「(ヒューさん、モーリス君をここに連れてきて。肩の脱臼が再発しないように気をつけて。)」
私はヒューさんに声をかけると、ちょっとどよめいている砲兵の皆さんの方に向き直った。
「戦わずして勝てば、この緑豊かな王領地に血は流れず、貴重な弾薬を使わないし、大砲の事故の可能性もなくなります。みなさんの自慢の軍服もキレイなままです。一方で、農民を痛めつけてもそんなに自慢になりませんが、皆さんの威厳の前にひれ伏した、となれば格好いいと思いませんか!?」
私は頑張ったけど、『どういうことだ』『あいつは何者だ』みたいなネガティブな声がちらほら聞こえてきた。出陣する軍人の前で平和主義を説くのって無理がある気がしてきた。
少し押され気味になってきたときに、ヒューさんはスピーディーにモーリス君を抱えてきてくれた。顔はまだショールで隠されたままでちょっと縁起が悪い感じだけど。
「(私のとなりにモーリス君を配置して、背中を支えてあげて。)」
私はヒューさんに指示を出して、砲兵隊の方を向き直った。
「みなさん、ちゅーもーく!!」
また兵隊さんたちが兜をつけ直した。私は、モーリス君の顔にかぶさっていたショールをバッと取り払った。
「・・・せ、せいじょ、さま・・・?」
「「「おおおっ!!!」」」
さっきまでガヤガヤしていた兵隊さんたちが一斉に息を飲むのが分かった。
それもそのはず、戸惑っているモーリスくんは、まだ赤らめたほっぺたのまま、人に道を誤らせる顔をしていた。さっきより肌がしっとりしているのか、潤んだ目と合わせてちょっと妖艶な雰囲気がある。
「みなさん、彼は私の友人のモーリス・セントジョン閣下です!この出陣に同行を自ら願い出てくれました!」
「「おおっ!!」」
さっきよりも兵隊さんの声音がポジティブな感じになっていた。モーリス君は私の出陣を止めに来たときに着ていた、聖職者の正装のままだったから、ちょっと神聖な感じにも見えると思う。
「しかし、戦いが始まったら、何が起こるかわかりません。想像して見てください。このモーリス君の顔に、もし、傷がついてしまったら!!」
「「うっ!!」」
みんなショックを受けたみたいだった。当然よね。
「宮殿にはメアリー王女殿下、キャサリン王太子妃殿下、ええと、マーガレット王太后殿下をはじめ、か弱き方々がたくさんいらっしゃいます。それと目と鼻の先で砲弾が飛び交い、血が流れ、美しいものが傷ついてしまうのです。平和だったら無事であった、美しく、尊いものが。このモーリス君の顔のように。」
「「・・・!!」」
砲兵さんたちはすっかり静かになっていたけど、さっきより真剣に私の話を聞いていた。ちなみに王太后様には会ったことないのよね、名前がとっさにでてこなかったけど、モーリス君の血縁者だから一応言及してみた。
「皆さんの仕事は、彼女たちの平穏を守ることです!血しぶきを上げることではありません!さあ、このモーリス君の緑色の目を見てください。」
私はモーリス君のエメラルドみたいな目に兵隊さんの注意を誘導した。
「守りたくなるでしょう!?守りたい、この顔・・・守りたい、この笑顔!私に続いて繰り返してください!守りたい、この笑顔!!」
「「守りたい、この笑顔!」」
大勢の兵隊の声が中庭になりひびいた。
「そうです!!皆さんならできます!!みなで、宮殿の平穏を守りましょう!出発進行!!」
「「オー!!!」」
私がモーリス君の手を繋いだまま右手を上げると、兵隊さんもマスケットや望遠鏡を掲げて雄叫びを上げた。
場が一体になって、湧き上がるような声があたりにこだました。
「せいじょ・・・さま・・・なにが・・・?」
私はなぜか耳を抑えるみたいに頭を抱えて混乱しているモーリス君と台を降りると、拍手しているヒューさんとゴードンさんの方に向かった。
「ヒューさん、モーリス君をお願い。ゴードンさん、私は後方の馬車でいいのよね。あっ、そこの砲兵の方、貨車を押さないでね!」
勢いづいた砲兵の方々が我先にと門に向かって、ちょっとした交通渋滞が起きていた。
「ルイーズ様、お見事です。馬車の用意ができています。」
ゴードンさんは、やたらと装飾の豪華な黒と金の馬車に案内してくれた。
「ありがとう。私は何もしていないわ。すべてイケメンの力よ。」
「・・・やや違う気がしますが。」
私は首をかしげているゴードンさんを置いておいて、肩の悪いモーリス君を持ち上げないように支えようと苦労している、背の高いヒューさんのほうに歩いていった。
「ヒューさん、私はモーリス君とコンプトン先輩と同じ馬車で行けるかしら。男爵はどこ?」
さっきから男爵が見当たらなかった。いつも黒服だけど、さすがに甲冑を着るのかしら。甲冑姿の男爵を見てみたいけど、顔が隠れたらすごく残念。
「男爵はルイーズ様の護衛を増やすために掛け合っていますので、後から追いつきます。馬車についてですが、落伍者を捕虜していまして、現地につくまでにルイーズ様に尋問していただけると。」
「尋問って、私したことないけど?素人にできるわけがないじゃない!?」
「・・・」
ヒューさんはなにか言いたそうな目で私を見てきたけど、そんな捕まった相手から情報を聞き出すなんてこと、私には到底無理だし・・・
急に私たちの馬車の方に、馬の駆ける音が近づいてきた。
「責任者はどこだ!!!」
私達が振り返ると、スマートな黒い馬にまたがった、赤いモチーフの入った豪華な甲冑をした騎士が、どこか聞き覚えのある声を上げた。
「我が名はジェラルド・フィッツジェラルド、キルデーン伯爵位の継承者にして、島の勇者ローランド・フィッツユースタスの孫、アーサー王太子殿下の、懐刀、を務める、騎士、ジェラルド・フィッツジェラルドだ!」
最後のまとめに苦労して名前をもう一回繰り返したみたいだったけど、前もこんな感じだった気がする。
胴体の甲冑は違うけど、くちばしのように突き出している兜は、確かに昼に私を襲ってきたジェラルド・フィッツジェラルドのものだった。私がとっさに足のツボを押したときにほとんど失神していたけど、コンプトン先輩より回復が早かったみたい。
「王太子殿下より反乱鎮圧の先遣隊をつかまつった!現場に一番乗りするのはこの俺だ!責任者はどこだ!」
あのアーサー王太子が鎮圧を命じるなんて、ちょっとキャラクターが違いすぎる気がするけど。だいたい一番乗りされても私達の作戦とバラバラだったら迷惑なだけなのよね。
でも兜越しでも鼻息の荒いフィッツジェラルドには、何を話しても無駄なような気がしてきた。
「ヒューさん、だからこんなモタモタしていていいのって、言ったのに・・・」
私はヒューさんに愚痴を言うと、トボトボと近寄りたくない相手の方に歩いていった。




