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CCCLXXXI 主戦派サー・エドワード・ネヴィル


この章の登場人物


ロバート・ラドクリフ

アーサー王太子の筆頭侍従で、ヘンリー王子失脚を狙っている。つい最近フィッツウォルター男爵に復位した。ヘンリー王子の東棟で反乱の噂を聞きつけ、王太子のいる西棟に舞い戻った。


サー・エドワード・ネヴィル

王太子のいる西棟の警備責任者を務める騎士。アーサー王太子派。


アーサー王太子

南の女医『ルーテシア・ラ・フォンテーヌ』に足をマッサージされ気持ちよくなってしまった王位継承者。タイツを脱がされて蕩けた状態で上の二人に発見されたため、別のことをされたと勘違いされている。


ルーテシア・ラ・フォンテーヌ

主人公ルイーズ・レミントンの偽名。マッサージを気に入った王太子妃が、病弱な王太子のもとに送り込んだ。マリーアントワネット風髪型とメガネで変装している。名前は王太子妃の飼い猫にちなむ。







ーーーーーーーーーー


「アーサー様、入ります。」


私はアーサー様の部屋のドアを開けると、玉座に座ったアーサー様の前に、サー・エドワードが跪いて報告をしていた。


アーサー様はどうやら着替えてきちんとしたお召し物を揃えていらしたようだ。顔はまだ火照っていらっしゃるが、少し落ち着かれたのだろう。ただ、サー・エドワードを見る目は少し困惑したようでいらした。


「・・・その上で殿下、相手は農具で武装したヘンリー王子領の民間人ばかりで720人ほど,これは前衛だけで倒せます。殿下は本隊指揮として後方に待機いただくだけで、何もしないでいただければよろしいでしょうから。」


サー・エドワードの報告に、私は耳を疑った。


「サー・エドワード!まさかアーサー様に反乱軍の鎮圧をさせられる気ですか!?殿下にもしものことがあったらどうするつもりです!?」


アーサー様は軍事経験が一切ない。そもそも宮殿を出られたことさえ少ないのに、いきなり本隊指揮を勤めろというのは無茶がすぎる。後背地に構えれば何も起きないなどというのは、いくらなんでも油断のしすぎとしか思えない。


「ラドクリフ様、これ以上倒しやすく、かつ都合の良い敵はありません。反乱はヘンリー王子の失政が原因の上に、今のところなぜか東棟の動きが鈍い。アーサー様が形だけでも指揮される形でこの乱を鎮圧すれば、政治的にも軍事的にも後手に回ったヘンリー王子の面目は丸つぶれです。」


反乱はヘンリー王子領の住民だけだとなると、地方の貴族や騎士が加勢することは考えづらい。サー・エドワードは与し易い相手だと考えたのだろう。


しかし相手が民間人だから素人でも鎮圧できるというのは考えが甘い。


「サー・エドワード、アーサー様は正当な継承者でいらっしゃる。ヘンリー王子が仮に鎮圧しても反乱が起きた時点で評判に傷がついている。今回は情報が遅かった上に準備時間が限られた。我々は無理に動かずに、失点を抑える方向で行けば自然と継承騒ぎはおさまります。」


付け入る隙を作らないことが肝要だった。アーサー様の王位継承順位は第一位。何も変わらなければこのまま即位となる。


「ですがラドクリフ様、いくらヘンリー王子が美少年を囲ってもヘンリー王子派は黙らなかったのですよ。小規模な反乱ぐらいでは彼らは態度を変えません。アーサー王太子殿下の継承に文句を言う連中は、殿下の健康問題と軍団の不支持を理由にします。今回アーサー王太子殿下が健康であり、出陣もできると見せつければ、連中はヘンリー王子を担ぐ大義名分を失う。これはチャンスなのです。」


サー・エドワードは鼻息が荒い。いきり立った騎士の意気込みというのは、あまりいいサインではない。


「しかしサー・エドワード、空回りをするリスクを考えては。敵と出会わずとも、準備の整わない出陣は事故につながりかねない。落馬や重火器の暴発で怪我をされるケースも考えなければなりません。また民間人の鎮圧に手間取り乱暴があったとしたら、結果のいかんに関わらず、戦闘自体には参加しないアーサー様の評判が高まるという保証はない。」


「ラドクリフ様、宮殿の外に出て、軍団を指揮したという記録が大事なのです。アーサー様のご活躍自体については後でどうとでも脚色できます。こちらは西棟の衛兵で固めますし、相手方に生き残る証人などいないのですから。」


サー・エドワードの考えはすでに戦闘後の広報戦略に移っていた。これでは話し合いの余地がない。


「我々の議論は平行線をたどっています。意見が割れたままで心苦しいながら、アーサー様のご判断を賜るほかないでしょう。限定できるとはいえど、やはり危険に晒される御本人でおられるのですから。」


「しかし・・・!」


本来、部下の意見が割れている中でアーサー様のご意見を伺うことは良しとされない。お優しいアーサー様は心を痛めてしまうだろう。


しかし、平和を愛するアーサー様のことを考えれば、このまま無理やり戦場に駆り出されることは本意でないに違いない。サー・エドワードは不満のようだったが、ここは慣例を破るときだった。


「気遣ってくれてありがとう、ロバート。そうだね、エドワードの言うこともわかるけれど、私はどちらかというとロバートの考えに近いかな。宮殿の近くにくるまで反乱軍の情報が上がってこなかったことを考えると、これから第二陣、第三陣の情報があるかもしれないね。私には戦場の勘がないから、不確定な状況で私が出れば、私を守ろうとして戦術上不利になるかもしれないよ。」


アーサー様のご回答は明晰だった。


そう、これこそ私が君主に求める素養だと言えるだろう。


ヘンリー王子が馬上槍試合で活躍しようと、前線で不用意に君主の身を危険にさらすなど実際はあり得ない。


アーサー様は周りが見えている。自分が第一のヘンリー王子と違い、ご自身の置かれた位置と状況を考えて判断をされる。この国のためにも、アーサー様の御即位をなんとしても実現せねばならない。


「ご立派であらせられます、アーサー様。」


私は焦った様子のサー・エドワードを横目に、アーサー様のご判断に一礼した。



「しかし殿下!・・・もし、出陣していただけるのでしたら、帰還後に殿下の慰労のため、ルーテシア・ラ・フォンテーヌ女史をお呼びいただくよう、王太子妃殿下のところに掛け合ってみましょう。」


「サー・エドワード!!どういうつもりなのです!」


サー・エドワードの提案は言語道断だった。いくら王太子妃の差し金とはいえ殿下の純潔を勝手に奪った女を『慰労』等と言って呼び寄せるとは。しかも出陣自体の是非と全く関係がない。



「・・・そうすると、また、その、こ、こすってもらえるのかな。」


「アーサー様!!どうかお気を確かに!!」


まずい、アーサー様の性の目覚めを悪用するとは、サー・エドワードも一体どういうつもりなのか。


「はい殿下、それはもう激しく!」


「は、はげし・・・」


「アーサー様、いけません!」


出陣しないのが既定路線だったにも関わらず、馬鹿な理由で旗色が変わり始めていた。


「それでいて優しく!」


「やさし・・・く・・・」


「アーサー様、どうか冷静になってください!」


これはまずい、アーサー様の目が輝いてしまっている。


「サー・エドワード、ちょっとこちらへ。」


私はサー・エドワードを強引に部屋の奥に引っ張った。


「(正気ですか?あなたのやっていることは東の魔女を使ってアーサー様に譲位をさせようとしているヘンリー王子の悪行と大差がない!)」


「(ラドクリフ様、我々はラ・フォンテーヌの侵入を許してしまいました。ただし、幸いにして魔女ほど危険ではありません。東の魔女が侵入するリスクもゼロにはできません。後で魔女にやられた殿下が退位したいと言い出したときに、この出陣は大事な要素になります。)」


警備責任者のサー・エドワードはラ・フォンテーヌをアーサー様の部屋に通したことを引きずっているようだった。『無害な常連』にしてしまえば問題がないということか。自己保身ここに極まれり。不敬この上ない。


「(魔女と違いラ・フォンテーヌのやったことは対策が可能なこと。それなのにサー・エドワードはアーサー様をラ・フォンテーヌの術中にはめてしまっている。このままアーサー様が女史の言いなりになれば、この国は南の属国になりかねない。)」


「(ラドクリフ様は実在しない理想の選択肢を追求しすぎです。悪い選択肢の中で一番ましなものを選ぶ、それは王太子妃とその手下ラ・フォンテーヌになるでしょう。少なくともアーサー様の即位は固められる。独立はその後で考えればよいのです。魔女に打ち勝つのに、痴女と手を組むのは、致し方ないことです。)」


魔女よりは痴女、ということか。しかし、どちらとも手を組む必要はない。ヘンリー王子派が混乱する中、何もしなければ良いだけだ。ただでさえ、ルイス・リディントン達を強引に手籠めにした案件で、ヘンリー王子は不利な要素が揃い始めている。


「(サー・エドワード、諦めるのが早いのでは。何もしないということは不安になるかもしれないが、無理に動かないという勇気も必要なはず。今回も出陣しなければラ・フォンテーヌの名を出す必要もなかった。)」


「(ラドクリフ様、何もしないリスクを考えてください。文官武官を問わず、皆が王族の政治判断を注視しています。そして、殿下が何もしなかったら、病弱で何もできなかったのだと判断されかねない。)」


「ロバート、エドワード、ちょっといいかな?」


アーサー様が珍しく声をおかけになった。今まではこうした場面では黙っていらしたのだが。


「お待たせしてしまい失礼しました、アーサー様。」


「邪魔して悪いね、ロバート。ただでさえ情報が少ないから、把握できる部分は知っておきたいなと思ってね。」


アーサー様の仰ることは理にかなっていたが、出陣するご決断をされたということだろうか。


「アーサー様、今一度お考え直しください。そもそもお体に合う甲冑もありませんので。」


以前に大陸に発注した甲冑があったが、アーサー様がやせ細っているという情報が出回らないよう、あえて体格の良い形で注文がなされたのだった。そもそも着ることは想定されていなかった代物である。


横を見るとサー・エドワードも答えに窮しているようだった。


「そうだね、着るものは難しいかもしれない。着るものというと、ラ・フォンテーヌ女史は下半身の召し物はきつくないほうがいいと言っていてね。エドワードが用意してくれたタイツとキュロットは、少しきつめだから、もう少しゆるいものがほしいかな。」


アーサー様はなぜか甲冑の件に注意を払われなかった。


「アーサー様、それは彼女が脱がしやすいだけです。どうかお忘れください。」


「でも、きつく締め付けないほうが、血行がよくなって元気になれるって言っていたよ。それに脱がしづらかったら、じかに触ってもらえなくなってしまうのかな。」


「アーサー様!!!どうかお言葉にお気をつけください!!!」


そうか、アーサー様はこういった経験があまりにもないために、どういった話題が破廉恥かを分かっていらっしゃらないのだろう。


「殿下、王都第一の仕立て屋である、ウィリアム・フィッツウィリアム一族を今晩にも呼び寄せます。ラ・フォンテーヌ女史がスムーズに殿下をいたわれるようにいたしましょう。」


「それはすばらしいね、スムーズなら・・・」


「アーサー様・・・」


どこで間違ってしまったのだろうか。


「殿下、それでは軍団に号令をかけますので、私とアンソニー・ウィロビー・ド・ブローク閣下が前衛、ラドクリフ様とグリッフィス・ライス様はアーサー様の補助として本隊に布陣、ジェラルド・フィッツジェラルド様が後衛、モーリス・セントジョン様に兵站と連絡の係をお願いしましょう。殿下は馬車から出なくて良いようにし、馬車と馬には装甲を設置します。」


「待ってくださいサー・エドワード、アンソニーとグリフィスはラ・フォンテーヌにやられて寝込んでいる。モーリスも東棟から帰ってきていない。どう考えても指揮官不足です。せめて南棟のサー・クリストファー・ウィロビーか、北棟のサー・アンドリュー・ウィンザーの応援を頼むべきかと。それに馬車がぬかるみにはまって動けなくなってしまうケースがある。」


馬車からでなければ大丈夫、などというのは馬車の修理に追われる私に言わせれば夢物語としか思えない。


しかし、こうしてみると西棟は人材不足が激しい。バウチャー子爵の近衛師団は国王陛下とともにグリーンウィッチの離宮にあり、ここより反乱軍から遠方になる。


「ラドクリフ様、連合軍の指揮となっては殿下のご負担が増える上に情報の管理ができなくなります。北棟は火事の調査で人が出払っていますし、南棟の衛兵は特にアーサー様への忠義が怪しい者が多いのです。」


「サー・エドワード、それを言ったら指揮官どころか兵員の数にも不安が残る。東棟の衛兵と小競り合いになるリスクも考えるべきです。せめてアーサー様は軍団に挨拶をした後に密かに宮殿にお戻りになり、フィッツジェラルドが馬車の中で影武者を務める形にしましょう。小回りの効かない装甲馬車はまったく安全ではない。」


もしサー・エドワードの言う通り記録だけが重要ならば、アーサー様が出陣したことにすれば良いのだった。馬車から出ないのであれば影武者が誰であろうと関係がない。


「しかしフィッツジェラルドを影武者にしたらいよいよ指揮官が足りません。王太后派のサー・クリストファーに西棟の衛兵は任せられません。」


「かくなる上は私が西棟の衛兵を率いて前衛をやりましょう。サー・エドワードは本隊から宮殿に戻るアーサー様の安全を確保してください。サー・クリストファーかサー・アンドリューは別働隊として予想外のときの予備軍をお願いすれば良いのです。現場から多少距離があれば影武者かどうかもわからないでしょう。」


なにより、血気にはやるサー・エドワードを最前線にだしたらまずいことになるだろう。最初から全滅を目指すあまり小集団を見逃して本隊を危険にさらす可能性もある。



私が手を下すほかない。



「まってくれないかな、ロバート。」


また珍しく、アーサー様がお声をおかけになった。


「仰せのままに、アーサー様。」


「ロバート、私の心配をしてくれている上に、出陣に反対だったロバートを一番危険な場所に出すことはできないよ。私からの提案なのだけど、ジェラルドの率いる先発隊に偵察にいってもらい、情報を集めてから、サー・エドワードを筆頭に出陣するという形ではどうかな。偵察の間に私達は準備をしていればいいよね。ロバートには私の警護にあたってもらって、宮殿の近くに布陣すれば、不足の事態に宮殿の城壁の中に逃げ込めるよね。」


アーサー様の計画は、こうした経験がない方とは思えないほどしっかりしていた。


しかし深刻な人選ミスがある。


「恐れ入りますがアーサー様、フィッツジェラルドに先発隊は荷が重いとしか思えません。」


「ジェラルドは名誉を求めているからね、名を上げる機会をあげたいと思っているよ。それにロバートが思っているよりもずっと、ジェラルドはしっかりしているからね。」


アーサー様の優しさが先程から足かせになってしまっている。なにより大事なのはアーサー様のご安全であって、島の人間の名誉などどうでも良いのだが。


「アーサー王太子殿下、先鋒をご指名頂いたことを光栄に思っております。フィッツジェラルド様にも直ちに知らせましょう。準備をいたしましてから、後ほどお目にかかります。」


サー・エドワードはアーサー様のご提案を命令と受け取って、そのまま部屋を出ていってしまった。


明らかに自分に都合のいい解釈をしているが、アーサー様がはっきりした意見を述べるのは前例がないことで、この対応を無理に責めることもできない。しかも影武者の一件はアーサー様が言及しなかったこともあって、サー・エドワードに無視されたようだった。


しかし、まさか、私が付いておきながらアーサー様が危険にさらされることになるとは。


そもそも、なぜここでギャンブルする必要があるのか。


「ロバート、気持ちはわかるけど、どうか落ち着いてほしい。不安はあまりいい結果に繋がらないからね。」


私は何も言わなかったが、表情に出ていたのだろうか。アーサー様がご心配そうにお声をおかけになった。


「もったいなきお言葉です、アーサー様。」


「私も自ら危険に身を晒したいわけではないから、自分の身を守れるように気をつけるよ。それと、ラ・フォンテーヌ女史に色々してもらう前に綺麗にしておきたいのだけれど、清拭の準備はお願いできるかな。」


「・・・アーサー様・・・綺麗と、言われましても・・・」



どこで間違ってしまったのだろうか。

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― 新着の感想 ―
なんだか物々しくなってきましたね…… アーサー王子への勘違いがアンジャッシュのようなww レディ・グレイのときもこんな事がありましたねえw 面白かったです!
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