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CCCLXXIX 策士ルイーズ・レミントン


蓋を開けた木箱の中から、まばゆい輝きが漏れてきた。


「ルイス、これはまさか・・・」


さすがの男爵も言葉を失っていた。



「そう、ヘンリー王子がノリス君やコンプトン先輩に渡したか、渡す予定だったプレゼントよ。2人の区画にけっこう無造作に保管されてあったの。」



きらびやかな機械式の懐中時計、金の十字架のネックレス、銀の燭台、高価そうなカラフルな羽ペン、たぶんプラチナのフルート、瑪瑙の帽子飾り、象牙のペン入れ、陶磁器のインク壺、革の手帳、レースの袖飾り、ベルベットのマント・・・



王子は財政が厳しいはずだけど・・・とりあえずその話は置いておいて・・・


「これはコンプトン先輩やノリス君にとって価値がわからないし、たぶんほとんど使われないものの数々よ。まさに猫に小判、豚に真珠ね。」


「小判、とは?」


ゴードンさんが首をかしげようとしたけど、兜が邪魔であんまりかしげられないみたいだった。


「えっと、貴重なのに貰い手にとって意味のないもの、もったいないもの、といった意味の古典語よ。」


ヘンリー王子やモーリス君だったら古典語辞典をチェックしそうだけど、ここにいる三人はたぶん深入りしてこない。


「待ってくれないかルイス、まさか、財宝で領民を買収しようとしているのかい?」


「え、当然でしょ?丸腰で交渉するとでも思っているの?」


男爵が珍しく驚いたみたいだったから、私が逆に驚いた。驚いても目は丸くならなかったからあんまり顔に変化はないみたい。


私は軍事能力なんて皆無だから、それ以外で頑張らないと交渉なんてまとまらないと思う。


「ルイーズ様、ヘンリー王子殿下のものを勝手に領民に配っては・・・」


「ヒューさん聞いて、この無駄遣いの象徴が、王子から領民に向けて、今までの反省とこれからの善政を約束するシンボルになるの。素敵でしょ?保管も雑だったし、ヘンリー王子は部下に甘いから大丈夫。ノリスくんは食べ物のほうがきっと喜ぶし、コンプトン先輩はこの一件で領民に剣を振りかざした責任があるみたいだから、たぶん問題ないと思う。」


不安そうなヒューさんと違って私はヘンリー王子が怒る心配はしていなかった。問題は領民がこれを崇めてくれるかどうかよね。


「モノはもちろんですが、勝手にヘンリー王子の約束を代行するわけにもいきません」


「本当ならヘンリー王子が直接出向くのがベストだと思うけど、本人はそこでだらしなく寝そべっていて、どう見ても謝罪する余裕がなさそうでしょ?」


「・・・ぁ・・・・・・」


私は気持ちよさそうに伸びてしまっている王子を指さした。


男爵と違って満足そうな顔が似合うのよね。ビーチで背中を焼いていたままウトウトしちゃった、体格の良い大学生みたいな印象がある。


「ちょっと待ってくれないかルイス、誰がヘンリー王子を溶かしてしまったのか思い出させてくれないかな。」


「そんなことを言い争っている場合じゃないわ。大事なのは、何も書類が残せないけど、とりあえず約束したってことを形に残すことなの。お守りみたいなものよ。領地に帰って、見せびらかせるようなもの。」


私もさすがにヘンリー王子のサインは真似できないし、するつもりもなかった。王室の文書を偽造したらあとで間違いなく死罪ね。


「お守り、ですか?それがなにか私は知りませんが。しかしルイーズ様、領民は換金しようとして泥棒扱いされるのが関の山では?硬貨のほうが喜ばれるかもしれません。」


今度は兜のせいで表情が読めないゴードンさんが声を上げた。硬貨の話を出すあたり、他の二人よりは買収に積極的みたい。


「それも考えたけど、もともと領民の税金だから、キャッシュバックみたいで心象が悪いじゃない?」


「・・・キャッシュバック?」


「えっと、もらったものを一部返す、みたいな感じかしら。それも嬉しいけど、それより唯一無二の、あまり換金ができそうじゃないものが逆にいいの。ギルドホールとかに飾ってもらえると、みんな誇らしく感じると思う」


そう、私は領民に手ぶらで帰ってほしくなかった。王都まで来て現金を渡されて帰ったら、送り出した地元の人に言い訳ができないと思う。


故郷に錦を飾る、っていうし。


「錦・・・スザンナ、中の従者コレクションのうちで、貴重そうな生地でまだ仕立ててないのがあったら持ってきて。いくつかはコンプトン先輩やノリスくんの紋章が入っているけど、でもどちらも一般的な柄といっても違和感はないわね。」


私は王子のプレゼントの数々を見回した。


コンプトン先輩の紋章は黒字に白い兜。王子が好きそうな柄だし、シックだけど華やかでいいと思う。


ノリスくんの紋章は赤字に金の縄の結び目みたいな絵柄があって、装飾というか柄だって言い張ってもよさそうな感じがする。


確か二人とも名門の出身ではないし身寄りがなかったから、アンソニーと違って家宝が失われたとか文句を言ってくる怖い親戚とかには出会わないと思う。


「多分いちばんお金がかかっているのは時計で次がフルートだけど、時計は紋章が入っていないし、フルートは飾るものとしてはちょっと違うかしら。あっ、このゴブレット、ライオンが入っていて王家感があるかも!」


銀のゴブレットにライオンがいて、威厳があった。重すぎないけど存在感があって、飾るにもちょうどいいと思う。


「王室の紋章はライオンが3匹です。このゴブレットに1匹しかいませんが。」


ゴードンさんは思ったより細かった。


「ゴードンさん、たぶんみんなそこまで細かく気にしないわ。それに王子の独断って設定だから、王室を象徴しすぎない感じでかえっていいと思うの。あとは、象牙の筆箱に、羽根ペンのコレクションね。」


銀だけだと見た目が少し地味かなと思って、私は純白の象牙の筆箱と色とりどりの羽根ペンをいくつか誂えた。


「ルイーズ様、行進しているほとんどの民衆は読み書きできないと思いますが。」


「もちろん、羽ペンも人数分なんてないからこれはシンボルなの。今回は取次のコンプトン先輩のミスだから、今度からは口頭でなくて王子様に直接、代表者が請願を書くようにして、そうしてくれたら王子が直接誠意を見せます、ってことにしようと思って。それにこれをもらうはずだったのはコンプトン先輩だけど、使う機会ってあんまりないと思うし。」


現世だと、王族を無条件に崇拝する人ってけっこういるのよね。王族ではなくて周りの人間のせいだった、っていうのは、不条理だけど割とみんなが信じやすい気がする。


今回の反乱はコンプトン先輩の解任とヘンリー王子の圧政の改善、とかが旗印だったから、改善する姿勢を見せるアイテムがあるといいと思う。それに『圧政』って曖昧だったから、やっぱり文書に残すのが大事よね。


「しかしルイス、民衆の不満をすべてコンプトンのせいにするのは酷じゃないかな?」


「男爵の言うこともわかるけど、今はそうするしかないわ。王子は『部下に惑わされた善人』となったら、王子の反省にもっと説得力があるし、王子のプレゼントも価値が高いでしょ?大ファンのコンプトン先輩も起きていたら喜んで王子のために悪役になってみせると思うわ。ね、コンプトン先輩?」


「・・・ぁぅ・・・」


私はオットマンにうつ伏せで転がっているコンプトン先輩を見た。マッサージの最中は気持ち良いって言ってくれたけど、今でも見るからに全身で喜んでくれている王子やくまさんと違って、コンプトン先輩は毎回マッサージのあと放心状態になる。


目がぼんやりして、顔の筋肉が緩んでいて、なんだか、すべての気力を失って脱力状態になっているみたいな・・・


「・・・ねえ、後続の馬車にコンプトン先輩を乗せていきましょう?」


「ルイス!コンプトンを売り渡すのはあり得ない!」


男爵は珍しく声を荒げていたけど、私もそんな王子が激怒しそうなことはしなかった。


「ほら、コンプトン先輩のこの顔よく見て。王子に罰を受けて、生きる気力を失ったようにも、見えなくもないと思うの。王子が部下をちゃんと罰して、領民に心からの謝罪、その印にゴブレット、今後のために羽ペンと筆箱・・・うん、いけそうな気がする!」


「・・・はぇ・・・ん・・・」


虚ろな目をしたコンプトン先輩を見ながら、ヒューさんと男爵は考え込んでいたけど、表情を見ると大反対って感じではなかった。


武器を持っている一般の人たちが、ちゃんと悪代官が罰されたのを見て、なにか達成したというか、ちょっとだけ鬱憤が晴れた気分にはなる気がする。


「・・・それでルイス、武装した民衆にどうやってプレゼントを渡しにいくのかい?」


「衝突になる前に、代表者が武器を持たずに交渉するのが普通なのよね?持ち運びできるサイズだから、最悪の場合でも真ん中の無人地帯に置いておけばいいし、受け渡しの心配はしていないわ。もちろん放り投げたり、転がしたりはできないけど・・・」


そういえば火事のときは火に近づけなくて、ビール樽を転がしたけど・・・


ビール樽・・・


「そうね、酒樽、酒樽も用意しましょう!金庫と違って王子のお酒のコレクションは潤沢だったはずだし、あれはけっこう転がるのよね。」


「ルイーズ様、そろそろ出発しませんと・・・日が暮れてはややこしくなります。」


ゴードンさんは外を見ていた。確かに、領民の隊列がいつ現れるかわからないのに、夜の行進とか怖そう。


「筆箱と羽ペンは私がバスケットで持って行くから、ヒューさん、ゴブレットを馬車まで運んで。」


「かしこまりました。」


「ルイーズ様、馬車に乗る前に部隊に挨拶をする必要があります。」


ゴードンさんはそろそろ出発と言ったり私が落ち着くのを待ったり、さっきから一貫性がなかった。兜で表情が見えないから、どれくらい焦っているのかよくわからない。


それに比べればヒューさんと男爵は、反乱軍が近づいている割に急いでいる様子がなかった。


「なんか、急いでいるのか結構悠長なのか分からないけど、挨拶していて大丈夫なの?」


「群衆はいま森の中を行進中です。我々は重火器を持っていますが、隠れるところが多い場所の戦闘は不利になります。リッチモンド宮殿から近すぎず遠すぎない距離であれば、万が一の場合に応援も入ります。」


ヒューさんの言い方からは、思ったより急いでいない感じもあった。


「それだったらもう、このまま王子が起きるのを待っても」


「ルイーズ様、そこから状況を説明し、着替えて出陣となると手遅れです。」


「そう・・・?」


私はシャツ一枚のあられもない格好のヘンリー王子を見やった。でもこの人ならこの格好でも強そうだけど。


「じゃあ、もう行きましょう!交渉事は場所のセットアップが大事なんだから!段取りを考えないと・・・」


「失礼ながら、軍団の配置はもう決まっています、ルイーズ様。」


ヒューさんはさっきから、名目上私に頼んでおいて、事実上は自分たちでやります、というスタンスみたいだった。当然だとは思うけど。


「でも交渉は私に一任されているでしょう?交渉だってちゃんとロケーションが大事だから。」


「失礼しました。」


ヒューさんがいつもよりピリピリしているのを感じたけど、無理もないのよね。本当なら、私がこんなに落ち着いているのがおかしいくらいなんだから。


私は慣れない甲冑を振り回すようにして歩きながら、頭の中で交渉の問答を繰り返した。




大丈夫・・・・・・よね? 











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