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CCCLXXII 名代ウィリアム・コンプトン


王子さまのお望みは俺の願いだ。


たとえそれが、王子さまのためにならなかったとしても。


「コンプトン、いわばお前の役割は私の分身だ。私を守るために、先鋒をつとめるのが、私を守ることにも繋がる。コンプトンの肩にも良いことがあるだろう。それは私ののぞみだ。」


王子さまは期待で目をキラキラさせて、俺をリディントンにお任せしようとなさった。


もちろん、火事の夜にリディントンに水道管をかつがされてから、なんだか調子がよくない俺の肩を、王子さまは心配してくださっていた。


でも、王子さまはそれ以上に、リディントンに気持ちよくされたくてしょうがないみたいでいらっしゃった。目の前でギルドフォードがぐちゃぐちゃにされちゃったのに、もう楽しみで熱に浮かされたようになっていらっしゃる。



でも、俺は王子さまの一番の手下だ。王子さまの身代わりを断るなんてできない。


「うう・・・王子様の分身・・・名誉です・・・俺、頑張ります!」


俺はくやしさをかみ殺して敬礼した。ほんとはリディントンの魔の手から王子さまを守りたいけど、俺は俺にできることをしなくちゃいけないんだ。


それに俺は、さっき王子さまのご期待にこたえられなかったから・・・




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




王子さまが領民との面会に俺をつかわしてくれたとき、俺はほこりたかい気持ちでいっぱいだった。王子さまが面会よりもリディントンの沐浴の儀を優先したのはちょっと悔しかったけど。


宮殿で俺が『見た目だけの男』だって言われているのを王子さまは気にしていて、たまにちゃんと頭をつかう仕事をまかせてくださるんだ。


だけど、俺が南棟のホールのドアを開けたとき、聞こえてきたくすんだマントをまとった三人の男の小声の会話で、俺のほこりもプライドも全部ふっとんだ。


『あの王子、顔だけの愛人を代理にしやがった。舐めてやがる。』


『中身空っぽのかわいい御姿見て黙って帰れってか、バカにしやがって。』



こいつら、正気か、って思った。


全員帽子を深く被っていて顔がよく見えない。



『黙れ黙れっ、王子さまへの悪口は、王族の侮辱は、最悪死刑になるんだぞっ!わかっているのかバカモノっ!』


俺がはやし立てても、なんだかうす汚い格好をした男たちはびくともしなかった。宮殿に上がるときはせめてよそ行きの格好をするものなのに、なんでこの格好で敷地に入れたのかわからない。


『困窮を訴えた領民を処刑、たあね。慈悲深い王子様のイメージが台無しじゃん。』


『領民にバカにされて黙ってるほうがイメージ悪いだろっ!!だいたい、お願い事は代官を通すことになってるだろっ!!なんでみすぼらしいお前たちが宮殿までわざわざきたんだっ!』


王子さまは『コンプトンは物腰が柔らかいから』と俺を指名してくださったのに、俺は怒りで頭にきていた。


『ほう、そのみすぼらしい俺達から搾り取った重税で、ずいぶんいい暮らしをしているようじゃねえか。』


『重税?他の領主は館を建てたり社交イベントを開いたりして金がかかるのに、王子様はお前たちの税金を低く抑えてるんだぞっ!ちょっとは感謝しろっ!!』


前回俺が領地の代表とあったときは、王子さまの慈悲を願うとかそんなんだったから、俺も同情して王子さまにとりついだ。今年の馬鹿野郎たちは王子さまのお目に入らなくてほんと良かった。俺が追い払ってさしあげるんだ。


『隣のエクセター侯爵は山賊を退治したとか、その隣のドーセット侯爵は港を整備したとか聞くたびに、俺達の税金は少年合唱団と水泳大会で、王子好みの美少年を探すのに使われたと思うとやるせねえんだよ。』


『なっ!バカを言うな!水泳大会も、合唱団も、ほんとはみんな全部・・・』


いや、この話はこいつらにしちゃいけない。王子さまが守ってらっしゃる秘密は、俺がカチンときたからってバラしちゃいけないんだ。


ああ、王子さま。本当のことをいったら領民相手にこんな悔しい思いをしなくてすむのに・・・


『へっ、どんな高尚な理由か知りゃせんが、俺達が食ってくには港や市場のほうが数千倍ありがてえんでね。』


『たいした産物もないのに高い港つくってどうするんだっ!税金を低くしてるのが王子さまのせめてものなさけなんだっ!』


こいつらは他の領地よりも税金が低いのにいろいろよくばってくる。今年はとうとうへりくだるのもやめたっぽかった。


『俺達の子どもが次の冬を越せるかわかんねえってときに「はあ、そうですか」なんて返すと思ってんじゃ、領主としての程度が知れるねえ。』


『馬鹿にするなっ!毎年食べ物がないっていいながら子供が増え過ぎだろっ!だいたいまだ夏にもなってない!収穫だってまだなのに何しに来たんだお前らっ!』


考えたらこいつらが来た時期はなんだかおかしかった。不作に終わった秋とか、たくわえが尽きる春とかに文句をいいにくるのがいつもなのに、今の時期は春野菜も芋だってあるし、漁や狩りにだって行ける。


『はっ、何人生き残るかわかんないときには子供は増えるもんだよ。男色王子にはわかんねえだろうがな。』


許せない・・・


『言わせておけば・・・もういい、俺が王子さまの名代としてお前らを成敗する!!』


俺は甲冑の傍にあった剣を引き抜いた。俺だって限界がある。


こいつらは王子さまに喧嘩を売りに来たんだ。死刑になるのに侮辱するってことは、こいつらを生かしといたら王子さまが危ない。


『王子は領民に手をかけるのか!』


『殿下って言え!』


俺は剣をかまえた。だけど間にあったテーブルを盾にして、男たちは三人ともすばやく出口に向かった。


あれ、ただの領民代表にしてはなんか動きが軽い。


『待てっ、衛兵、そいつらを捕まえろっ!』


南棟の衛兵は俺の顔を見てキョトンとしていた。俺が誰だかわからなかったみたいだ。結局みんな俺の命令に動きが鈍くて、俺が王子さまの委任状を見せつけたときには男たちは門のほうに逃げ去ってしまっていた。


リディントンくらいの大声があれば門番にどなれるのに。


俺は門までそいつらを追いかけたけど、結局門から出てしまったあとだった。


王子さまになんて申し上げよう、って迷ったけど、とりあえず「なんか怒ってた」っていうことにしようと思った。王子さまを侮辱した話をしたら王子さまが傷ついてしまわれるし、内容はいつもと同じ文句で何にあんなに怒ってたのかよくわからなかった。


どうせみすぼらしい三人組が俺が剣をかまえた話をしたって、誰も相手にしないに決まってる。


そんなことを思いながら王子さまの部屋についたら、目の前でギルドフォードがリディントンにぐちゃぐちゃにされて、考えてたことが色々ふきとんだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「じゃあ、どうしましょうか。くまさんを引きずり下ろして・・・」


「大丈夫だ、リディントン。予備のオットマンが控室にある。」


リディントンはほんとに他の従者をうやまわない。俺のことを『コンプトン先輩』って呼ぶけど、なんだか馬鹿にされてるきがする。


俺が動かないと王子さまが自らオットマンを取り出しにいらっしゃいそうな勢いだったから、俺はしぶしぶ自分の寝っ転がるオットマンを取り出してきた。


「リヴァートン、俺をぐちゃぐちゃにしたらただじゃおかないからな。」


俺はリディントンに警告した。俺は王子さまをお守りする使命があるんだ。


「コンプトン先輩次第ですよ。じゃあ上着を脱いでもらえますか。上着だけですよ、いいですね。」


俺次第って、おどされてるのか、俺。


「・・・ふっ・・・へぁ・・・」


「ハリーの息が苦しそうではないか。やはりシュミーズを脱がせてやったほうが寝苦しくなくて良いだろう。」


「寝ている部下の服を脱がせるのはアウトです、殿下!」


領民たちはありえなかったけど、リディントンも全然王子さまへの敬意が足りない。こんなに立派な方なのに、こんなに心がきれいで体が強いのに、なんで王子さまを馬鹿にする連中が宮殿にはいってくるんだ。


俺はむすっとした気分のまま、薄着でオットマンの上に横たわった。


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