XXXVI 既婚者ヒュー・モードリン
採寸が終わって生地を選ぶ段階になっていたので、私は元の服を着なおして、マダムは隣の部屋にいた男爵達を呼んできた。
「二人の表情を比べるに、マダムは言い負かされたようだね。」
男爵は「やっぱりか」と言った感じの苦笑いをしている。
「ルイーズ様はご自身の好みとご都合ばかり考えられて、王子様のお気に召すことを目指されないのですわ。」
マダムは男爵を抱き込む戦略みたいだけで、告げ口をするみたいな言い方だけど、私だって引くつもりはない。
「男爵、私が男の人として振る舞うに当たって、所作がぎこちなくなるのが一番悪いと思うの。多少流行から外れた服装で目立ってしまっても、私が快適に自然に振る舞えるのが一番だと思うわ。」
「その理屈を使ってしまうと、なんでもありになってしまいそうだね。それに公証人の息子がいきなり従者に呼ばれるわけだし、ある程度のぎこちなさは言い訳できると思うよ。」
男爵もちょっと意地悪な言い方をする。多分私に「男性性を強調させた格好」をさせてからかいたいだけだと思う。
「もう、大体男爵だってタイツ姿じゃないでしょう。私も男爵みたいなおとなしい格好がしたいです。」
「国王陛下は無駄遣いに厳しいお方でね。華美な格好は好まれないんだよ。それに王妃殿下が亡くなられてから周りの者はなるべく黒を着るようにしている。ヘンリー王子は好みが真逆だから、従者達が勢ぞろいするときらびやかな旅の一座みたいになるよ。」
黒服は男爵の好みだと思っていたけど、そうでもないみたい。一方で王子はスポーツマンでインテリと聞いていたけど、散財するタイプだとは思わなかったな。
「私は外出に同行しないし、派手に着飾ってもしょうがないでしょう。それにマッサージをするには目立たない方がいいと思うの。」
「周りが派手だから、地味さが逆に目立ってしまう展開を私は心配しているんだよ。あと、魔法と服装はきっと関係ないよね?君が地味な服を着たいだけだね?」
マッサージを実演してしまったばっかりに、マッサージにかこつけていろいろ要求をするのは難しくなったみたい。
「男爵、私には派手なものを着ろと言っておいて、フランシス君には目立たない濃紺の服を着せているのはなぜですか。」
一応フランシス君も同僚らしいし、私が肩パッドを入れるならフランシス君も同じアメフトみたいな格好をすべきだと思う。
「それは、ほら、フランシスは期待されている役まわりが違うと言えばいいかな。」
役回りと言われれば、確かにフランシス君がなんで選ばれたのかは気になる。ふと本人を見ると、フランシス君は何やら眠そうにしている。
「男爵、私とマダムが真面目に衣装の議論をしている間に、三人で何か食べましたね?」
男爵は少し虚を突かれたようだったけどすぐに微笑に戻った。
「いや、王宮使用人向けのキッチンが閉まる時間だったからね。君の着替えは見せてもらえなかったし、私たちとして有効な時間の使い方をしたまでだよ。それに君が採寸前に何か食べたらサイズが膨らんでしまうだろう?」
男爵は悪びれないからたちが悪い。
「私、裁判所でチーズと苺をいただいたあと、何も食べてないのですけど。労働条件としてどうなの?」
「王子の身の回りの世話をする従者や下僕には、下の階に専用の食卓があるんだ。日替わりだからバリエーションはないかもしれないが、明日から質の高い食事が待っているよ。」
この言い方だと今日は何も用意されてないのね。
「男爵、せめて私の分を取り分けておくくらいの思いやりがあってもいいと思うの。」
「いや、それが、てっきりフランシスが気をきかせてくれると思っていたものでね。」
男爵が私から顔を背けるようにフランシス君を見つめた。急に話を振られたフランシス君は青くなっている。
「男爵、責任転嫁って言葉知っているかしら。」
「ルイーズ様、このあと到着予定のロアノークが、自分用にパンとハムを持ってくると思います。あとで分けてもらいましょう。」
今まで静かにしていたヒューさんがフランシス君の援護に回ったみたいだった。ゴードンさんは男爵より頼りになりそうな気がする。
「そうさせてもらうわ。ありがとうヒューさん、じゃなかったモードリンさん。」
「ヒューで構いません。」
ヒューさんが優しそうに笑った。
あんまり注意を払ってなかったヒューさんの服装に目を転じる。近衛兵の制服はもっと派手だと思っていたけど、改めてみると全然不自然じゃない。赤い十字が胸にあるくすんだ白い上着に、茶色い少し余裕のあるズボン、上着の上に巻いてあるこげ茶の皮と同じ素材のブーツ。あんまり好きな色合いじゃないけど、これだったらまあ仕事着として着てもいいかな。
この人はタイツ姿じゃないけど、流行通りに肩に詰め物をしているのかしら。
「ヒューさん、よろしければ、ちょっと上着を脱いでもらっていいですか。」
「はい?いえ、できれば魔法は遠慮させていただければと。」
ヒューさんは後ずさりをした。
「ルイス、モードリンは勘弁してやってくれ。」
「いえ、ちょっと中を見てみたいだけです。」
「ルイーズ様、私は妻のいる身でして・・・」
なんだか私がいけないことをしているみたいな空気になってきた。
「お取り込み中失礼ですが、私もあとで何か食べるものをいただけますか。」
マダムは置いてきぼりにされたのが不満だったみたいで、すっかり拗ねてしまっていた。