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CCCLXVIII 傍聴者エリザベス・グレイ

(前話と同じ時間帯が舞台のエピソードなので、読んでいない方はぜひ前話を先にお読みください。)



この章の登場人物


*エリザベス・グレイ: 通称「エリー」「レディ・グレイ」。この章の視点人物。ドーセット侯爵の妹でメアリー王女の侍女。十四人兄妹の次女。侯爵家で大事に育てられたからか男女の関係に疎い。火事が起きた際にメアリー王女を背負って逃げようとして腰を痛め、「ルイス・リディントン」にマッサージをされたところ、男女の仲になったと勘違いをし、そのまま周りの圧力で婚約に持ち込んだ。婚約者「ルイス」に特別な想いを抱いている一方、「彼」の奔放な「性関係」に頭を悩ませている。赤茶の髪。


*アン・スタッフォード: 通称「レディ・アン」「アン」。バッキンガム公爵の妹でメアリー王女の侍女。ペンブローク伯爵家に嫁いだものの早くに未亡人となった。いろいろと開放的で「ルイス・リディントン」を誘惑し、シャツの中に手を入れたがなお性別に気づかず、逆上したルイーズにツボを押されて失神した。エレガントな黒髪でキリッとした顔立ち。


*アン・ブラウン: 通称「アニー」「レディ・ブラウン」。内戦で敗れた白軍貴族の娘で王族の縁戚。メアリー王女の侍女。チャールズ・ブランドンの愛人の一人で大の男好き。シルバーブロンドに垂れ目の美人。


*アグネス・リンゼイ: アン・ブラウンの女中


*メアリー王女: アーサー王太子とヘンリー王子の妹。まだ12歳だが、女たらしで有名な東の国の王位継承者と近いうちに結婚する予定で、侍女3人中2人が男漁りをしていることもあって12歳とは思えないませた恋愛観を持つ。筋肉の感触が好きで、兄の従者チャールズ・ブランドンに触るのがお気に入り。兄二人よりも落ち着いた、金色の入った赤髪。いつもふわふわと部屋をうろついている。



*この章で言及される人物


*モーリス・セントジョン: マーガレット王太后の甥の子供で、アーサー王太子の侍従だがヘンリー王子周辺に数字が読める人材がいないため出向している。王族に連なる名門貴族で宮廷中に知り合いがいる。本人は聖職者志望で、財政に強い。ルイーズの正体を推理したがウィンスロー男爵一向に取り押さえられ、ルイーズのマッサージで肩の亜脱臼が解消され、ルイーズを『聖女様』と慕うようになった。ベージュの光沢のないサラサラした髪に緑の目をした、絶世の美男子。肌は青白い。


*ロバート・ラドクリフ: フィッツウォルター男爵で、アーサー王太子の筆頭侍従。没落貴族の出身で、仕事はできるがプライドが高い。優秀な剣士。魔女騒動からアーサー王太子を守るため奮闘しているが、事情を知らないまま「ルイス」がエリザベス・グレイをマッサージする声を聞いて勘違いをし、乙女に手を出した責任を取らせるため婚約の証人になってしまった。オレンジの燃えるような髪色に青い目。引き締まった体だが上背はない。





私が目を覚ましたのは、いつも寝起きする侍女の部屋のベッドの上でした。さっきまで浴室の隣の薄暗いお部屋でリディントン様と一緒におりましたのに、いつの間に運んで頂いたのでしょうか。


もしリディントン様の召使に運ばれたのだったら・・・恥ずかしすぎます。あんなに激しく愛していただいた後のこと、私、きっとはしたない格好をしていたに違いありません。


リディントン様・・・ほどよく暗い部屋だったとはいえ、昼間から情熱的でいらっしゃいました。思い出すだけで顔から火が出るような思いです。私はレディ・アン達と違って昼間から殿方との逢瀬をするようなことはありませんでしたのに・・・美貌でロマンチストな婚約者様の魅力を前にして、私の理性など簡単に溶けてしまいました。


そういえば、お優しいメアリー様は、浴室での騒動を耳にして私をリディントン様のところへ送ってくださいましたが、私がこんなことになるなんてお思いになっていなかったでしょう。メアリー様は私達の仲を応援してくださっていますけれど、お詫びを申し上げなければなりません。


部屋を見回すと侯爵家の女中はいませんでしたが、レディ・ブラウンの女中のアグネスがおりました。


「あ、アグネス、着替えを手伝ってください。」


展開があまりにもロマンチックだったとはいえ、昼間から誘惑に負けてしまった私がどう見られているは気になってしまいます。私はうつむきがちに女中に手伝いを頼むと、メアリー様のところへ参上する準備を始めました。



―――



メアリー様のお部屋に向かうと、待合室でレディ・アンがいつもより疲れた様子で椅子によりかかるように座っていました。いつもはきゅっと結ってある黒髪がすこし緩んで、シダレヤナギのようにそよそよと揺れています。


「どうしたのですか、レディ・アン?」


「エリー・・・リディントン様は男の中の男ですわ。」


いつもよりレディ・アンの声はかすれていましたが、つらそうでない、ぼおっとしたお顔をして・・・



な、なんですって?


まさか、私のリディントン様が、私の同僚と・・・



「レディ・アン、まさか、まさか、リディントン様と・・・」


「まあ落ち着きなさいな、エリー。」


ご自身で部屋のドアをお開けになったメアリー様が、レディ・ブラウンとご一緒に待合室までお越しくださいました。


「メアリー様、先程は席を外してしまい申し訳ありません。」


「よくってよ、土曜日は暇だもの、エリーとリディントンの痴話喧嘩を聞くのもまた一興ではなくて?でも喧嘩どころかリディントンとお楽しみだったと聞いていてよ。ふふふ。」


メアリー様は天使のような笑みを浮かべながら、妖精のように楽しくふわりと部屋を漂っていらっしゃいました。


「どうかお許しくださいメアリー様、私も決して持ち場を離れるつもりはなかったのですけれど・・・リディントン様が離してくれなくて・・・」


心よりお詫びしたいのに、先程聞いたレディ・アンの台詞が頭から離れません。


「あらあら、問い詰めているのではなくってよ?今までエリーだけ寂しそうにしていたから、婚約してからは幸せそうでよろしいこと。それよりも、あなたが気を失ったあと、アンがリディントンを挑発したら返り討ちにあった、とのことではなくって。お話をきかせてくれませんの?」


メアリー様はその澄んだ目をキラキラと光らせていらっしゃって、レディ・アンに詳細をご所望のようでいらっしゃいましたが、私としては聞きたくありません。


そんな、婚約者の不貞の話を、職場でされてしまうなんて・・・


「エリーはともかく、アンまでも虜にする男・・・そんな面白い方、わたくしがお相手して差し上げたのに・・・」


レディ・ブラウンはおろした銀髪をさっとかきあげながら、不敵な笑みを浮かべていました。このままでは侍女三人ともリディントン様に・・・


「・・・わたくし・・・エリーを昇天させていたつわ者を・・・ちょっと味見しようと・・・そんな本格的なことを・・・するつもりはありませんでしたの・・・」


まだ本調子でない様子のレディ・アンが話し出しました。


味見なんてひどいです!耳を塞ぎたいですけど、後でリディントン様と真面目な話し合いの場を設けるためにも詳細は聞かないといけないのでしょう。


なぜ、神様は私にこのような試練をお与えになったのでしょうか。


「・・・そうしたら、リディントン様はかなり嫌がっておいでで・・・髪を解いてもまったくなびいてくれなくて・・・わたくしのプライドを傷つけましたの・・・」


そうです!私のリディントン様はそんな誘惑に動じる方ではないのです!さすがは私のリディントン様!


リディントン様はベッドの上では、その、活動的でいらっしゃいますが、本来は愛を交わすことを『腰の治療』なんて遠回しに表現される、奥ゆかしい方なのです。そんな誘惑に負ける方ではありません。


「・・・それで、地肌を手で撫で回したら・・・豹変されて・・・あまりの痛みと快感を同時に味わされて・・・朦朧としたまま・・・わたくし、本番に至る前に、気を失ってしまったのですわ・・・」


リディントン様の地肌に触れるなんて・・・思えば私は一方的に触れていただいているだけで、リディントン様の地肌を触ったことがないのです。なんて羨まし・・・ではありません、嫌がっている男性に対してなんということでしょう。


でも、本番に至っていないということは・・・私は婚約した晩も含めて、その、何回も、えっと、本番、ありましたし・・・


私の勝ちです。リディントン様ももう少し強固に断っていただきたかったですけれど、体を撫で回されたのなら、男性として今回は状況が不利だったと考えて差し上げることもできます。なかったことにすることはできませんが、最低限の節度は守っていただけたという言い方もできるでしょう。今後このような間違いの起きないように、きちんと話し合わないといけません。


「・・・まだ、体に鈍いしびれが残っていますわ・・・心地よかったのですけれど・・・」


レディ・アンは遠くを見るように語っていましたが、私はあることに気づきました。



自ら襲って本番までいかなかったのに体がしびれると言うレディ・アン。レディ・ブラウンも連日は体が持たないと言っていました。


私、婚約の晩から数えたら驚くほどリディントン様と逢瀬を重ねていますが、体の具合がすこぶる良いのです!まったく疲れがなくて、いえ、いつもよりも疲れがないのです。


きっと、これが愛のなせる技なのです。体型に恵まれたお二人は日頃から体格の良い殿方と動物的に愛し合っていらっしゃるのですが、リディントン様は「文明的」な関係がお好きでいらっしゃるのですから。愛情もあってきっと体への負担も違うのでしょう。


それに、体が平気なのはきっと私達ドーセット侯爵家が多産の家であることに関係があるに違いありません。父方と母方のご先祖様に感謝の気持ちでいっぱいです。


先ほど『私はエリーと子供ができない、女のような体だから、申し訳ないので婚約を取り消したい』とおっしゃっていたリディントン様。でも、ただリディントン様の性欲についていける女性がいなかったのではないでしょうか。私とならきっと大丈夫なのです。


「まあ、アン、大事な箇所の説明をスキップしているのではなくて?」


メアリー様は興味津々のご様子で、レディ・アンの手をとっていらっしゃいました。



「(別に『みせかけて』ないから!!!男爵が勝手にストーリーを作っただけでしょ!!??それに騎士が斬りかかってきたのに『多少の混乱』で済ませるってどういうこと!!??)」



外からリディントン様の声が聞こえてきました。なにか不穏な内容です。後見人のウィンスロー男爵と言い合いでもあったのでしょうか。心配です。


「まあまあ、面白そうではなくって?様子を見に行っていらっしゃいな、エリー。」


「メアリー様、ですが、また私が席を外してはいけませんので・・・」


「では、エリーの代わりにこのアン・ブラウンが」


「いえっ、緊急事態ですのでっ、やはり私が参りますっ。許可をいただきありがとうございますっ、メアリー様。」


レディ・アン・ブラウンの目が怪しく光ったのに驚き、私は早口で返答しました。リディントン様が二度と襲われないように、私が体を張らないといけないのです。


「言い争いのようだもの、一人では危なくはなくって?女中を連れてらっしゃいな。」


メアリー様のお優しさによって、私はアグネスを引き連れて階下に降りることになりました。


―――


階段を降りて外に出た私は、リディントン様とウィンスロー男爵のかなり後ろになってしまったことに気づきました。二人は北棟の外側を通って東棟に向かっているようです。


東棟に入ってしまったら女の私はついていけません。でも私の足では追いつくのは少しむずかしそうです。


私が途方に暮れていると、北棟と東棟の間にある中庭に通じる門のあたりに、大きな人影が2つ目に入りました。


私は思わず北棟の外に出た柱の影に隠れて、アグネスもそれにならいました。


あれはきっとヘンリー王子殿下です。まさか従者を出迎えに外に出るとは思いませんでした。


ヘンリー王子殿下は女性と目が合うだけでも具合が悪くなるとのことで、宮殿に出仕する女性にはできるだけ視界に入らないよう指導されていました。


宮殿の東棟から出るときは警告があるのですが、今日はどういったことでしょうか。女人禁制は東棟側の庭園だけで、今二人が立っているところは女性でも中庭に出入りができる場所です。


とっさに隠れた後、まだ動悸が収まりませんが、4人の会話に耳を澄ませました。



「(安心してほしいリディントン。私は内戦後の、新しい時代の王族だ。たとえ心と体のずれがあったとしても、それもリディントンの個性として受け止め、リディントンが快適な姿で安全に宮殿を闊歩できるよう、最善を尽くそうと思う。)」



初めて聞くヘンリー王子殿下のお声は、リディントン様の声ほどの美しさはないものの、よく通る透き通った声で、親しみやすさまで感じるものでした。


ただ、心と体のずれとは一体なんのことでしょうか。リディントン様が快適でいられるように最善を尽くす、ということは、不快に思われている何かがるのでしょうか。婚約者のために私ができることならなんでもして差し上げたいです。



「(殿下、素晴らしい志でいらっしゃいますが、新しい時代はまず臣下の話を聞くところからスタートされては。それらを鑑みてもなお辞任したいと私は申し出ておりますので。」



辞任、ですって!?


リディントン様は辞任なさるのでしょうか。先日にお手柄をあげたばかりで、ヘンリー王子殿下自らが出迎えるほどの寵愛を受けていらっしゃるのに?



「(リディントン、これはあくまで二次的な理由で、これがためにリディントンを引き止めたいと思っているとは、決して思わないでほしいのだが・・・一度リディントンが与えてくれた快感を味わってしまった私は、もう元には戻れない。)」


「(紛らわしいことを言わないでください!!あれは治療です!)」




なんてこと!!


なんてことでしょう!!


リディントン様は主君であるヘンリー王子殿下に、性的に搾取されていたのですわ!


しかもリディントン様が辞めたがっていらっしゃるのに、ヘンリー王子殿下は、無理やりリディントン様に奉仕させるおつもりでいらっしゃるのです!


なんてこと、私のリディントン様が、不本意な王子殿下の快楽のために肉体を捧げないといけないだなんて・・・


なんてお気の毒なリディントン様・・・辞めたいのに辞めることもできずに・・・なんて・・・




「(わかっている。私の健康を考えてくれたものだと。おかげで現に火事から調子の悪かった腰が今日は快調だ。しかもリディントンの心のありようを考えれば、裸の私と触れ合うことも勇気がいることだろう。だが、それでもなお、私は至福の時間が忘れられないのだ。)」



ヘンリー王子殿下は、リディントン様がお望みでないことを十分承知のようです。愛のない相手に無理やり奉仕させられ、お辛い思いをされていることも・・・さきほどの「心と体のずれ」はこのことを指していたのでしょう・・・


それなのに、さっきから殿下の話を聞いていると自分が気持ちよくなりたい以外の理由がありません。「辛いだろうが」「大変だろうが」「辞めたいのは分かるが」と言いつつ、快感が忘れられないって、そんな堕落した理由だけ。そしてリディントン様のお辛い御心とお体にはなんの譲歩もないようです。


もう殿下なんて敬称はつけたくありません!暴君ヘンリー王子です!




「(殿下は先週まで治療なしでも元気にお過ごしでいらしたのですから、きっとすぐ元にお戻りになります。恐れながら、殿下のご主張はお酒で身を崩されるかたの言い分と似ていらっしゃいます。他者に依存しない、強い生き方を確立することが大事かと思われます。)」



よくおっしゃいました!さすがは私の婚約者リディントン様。文明人の誇りをお持ちな方。


ヘンリー王子の主張は、「体に悪いのはわかっている」「お金がないのはわかっている」と言いながら暴飲暴食に走る、説話に出てきて破滅するタイプの殿方と同じです。



「(リディントン、いままでの暴君は、なんらかの心と体の不満足があった者が多かった。内戦を引き起こした先代の国王は、骨の異常で肩の痛みを生涯にわたり抱えていた。失政でこの国を危機に陥れた九代前の国王は、臣下との許されざる愛にみを焦がしていた。リディントンが私の体を満足させてくれることは、世の太平についてもきっとポジティブな効果があるだろう。)」



ヘンリー王子はリディントン様が体を捧げることを高尚な義務のように描こうとしていました。なんてえげつない主君でしょうか。


現実には王族である上司に逆らえるはずもないのです。しかも自分の性的満足を『世の太平』とつなげるなんて驕りにも程があります。もはや鬼畜、鬼畜の所業です!



「(殿下、それでしたら、明らかに心と身体にお悩みを抱えていらっしゃる、アーサー王太子殿下のところにこそ私は行くべきなのでは?)」


「(ルイス!)」



ど、どういうことでしょうか。ちょっと話がわからなくなってしまいました。


リディントン様は弁論が得意なお方。きっとヘンリー王子以上の権威を持つアーサー王太子殿下に面会することで独占体制から離れて、王子の要求をはねのける大義を得て、しばしの休息を得ようとなさっているのかもしれません。


そうです!病弱なアーサー王太子殿下でしたら、リディントン様の意向に反して無理に夜の関係を迫ることもないはずです。ただ、ヘンリー王子派のウィンスロー男爵としては、ヘンリー王子の性欲を満足させるために許さないのでしょう。



「(リディントン、少し震えているようだが、寒いのか。中に入って暖を採るといい。いや、私は体温が高い方だ。腰の治療をすれば副次的にリディントンもあったまるのではないだろうか。)」



気の毒なリディントン様。震えるまでに嫌だというのに、当のヘンリー王子殿下はリディントン様に手を出すことしか考えていないようです。身ぐるみを剥がせれて、震えるままに好き放題にされるリディントン様、なんておいたわしい・・・


暖を取りたいのはヘンリー王子のほうでしょう。リディントン様に全身を愛されると、体が温まってぽかぽかしてくるのです。体の各所から愛を感じて、幸せな気持ちになれます。


でも、それは私だけ、リディントン様の正当な婚約者である、私だけの特権です!たとえ王族でいらしてもそれを譲るわけにはまいりません。ましてや無理やりだなんて・・・



「(私、しませんからね、殿下?殿下はご健康すぎるくらいです。)」



ほら、リディントン様だってはっきり断っているではありませんか。このままリディントン様が心を病んでしまわれたらどうするおつもりでしょう。リディントン様が今辞任なさったら、私との結婚が複雑になってしまいます。それでも騎士叙任は内定しているのですから、あとはうちからの持参金で養って差し上げられます。


本当に、震えるまで嫌がって、本当なら栄誉ある職を辞めたがっている部下に体の奉仕を強要させるなど、まさに肉欲の塊でいらっしゃるのですわ!けだもの!!



「(そう畏まらずに、中に入ると良い、リディントン。それと、言われたことを少し考えたが、リディントンが兄上の治療に当たるのも悪くない考えだ。リディントンの安全のためにも、私が自ら見届けてもよいだろうか。)」



見届ける!? そんな、まさか!


ヘンリー王子はまともな人間ではないのです!これは神様への冒涜ですわ!


兄と部下を無理やり愛し合わせるのを『見届ける』だなんて・・・リディントン様の安全などさっきから全く気にするそぶりもなかったのに、ひょっとしたらリディントン様が安易にアーサー王太子殿下を口実に逃げないようにしているのかもしれません。




「(殿下・・・ご一緒されるのですか。王太子殿下が恥ずかしがりそうですけど。)」



殿方ご三人で!?そんなのいけませんわ!


いつになく歯切れの悪いリディントン様。でも考えてみると、この鬼畜王子は『見届けた』後で参戦してきそうなものです。


屈強なヘンリー王子にアーサー王太子殿下とリディントン様が組み伏せられて、ひどいことをされてしまうのでしょう。


そんな地獄絵図、私が、私が止めないといけません。



「(詳しくは中で話そう。リディントン。それに、私のこのあたりがリディントンの助けを必要としているようだ。)」



屋外なのになんて破廉恥なことをおっしゃるのでしょう!



「(気のせいです、殿下。さっき快調っておっしゃってましたよね。)」



リディントン様はやむなく東棟に入っていってしまいました。これから行われるおぞましい儀式を考えると涙がでてしまいます。



おかわいそうなリディントン様、あのとき、「私は女です。あなたにふさわしい夫にはなれません」とおっしゃっていたのは、王子に性的に搾取されている自身を卑下したものだったのですね。


このままではいけません。リディントン様が心身ともにやつれ果ててしまいます。


私は、なんとしても、この鬼畜王子からリディントン様をお救いしなければなりません。たとえ、暴君の怒りに触れてこの身が灰になったとしても・・・



アーサー王太子殿下のお部屋は関係者以外立ち入り厳禁で、私も入ったことはありません。でも、ヘンリー王子の部屋と違って女人禁制ではなく、王太子殿下の侍従には、気まずい関係の方もいますが、お願いができる顔見知りの方もお優しいモーリス・セントジョン様、わたしたちの婚約の証人でもあるロバート・ラドクリフ様など複数おります。ヘンリー王子がリディントン様を連れて王太子殿下を訪問する機会に、私が分け入って止めることは、難しいでしょうが不可能ではありません。そこでヘンリー王子の数々の悪行を糾弾するのです。



それでもアーサー王太子殿下とキャサリン王太子妃殿下にお子様ができなければ、この暴君がこの国を支配することになるのです・・・私の命はその時点で尽きるのでしょうか。


私は未来を考えて頭を抱えたくなりましたが、今はリディントン様のために行動を起こすときです。


「アグネス、少し用事を思い出したので、あなたは先に部屋に戻ってください。」



私は女中を侍女の部屋に帰すと、ロバート・ラドクリフ様の執務室を訪問するため、西棟に向かいました。


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