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CCCLXV 勧誘者サリー伯爵


北棟は東棟と違って部屋や廊下代わりの待合室が入り組んだ作りになっていて、私はフランシス君についていかないと道に迷いそうだった。


私がエリーを追いかけたときに浴室にいたままだったアメリアとスザンナはどうしているのか気になったけど、あの後エリーとレディ・アンをシュールズベリー伯爵夫人の女中たちがどこかに連れて行ったはずだから、多分アメリアたちも誘導されていると思う。結局帰り道に浴室の近くは通らなかった。


無口なフランシス君の後について北棟の構造を覚えようとしていると、私達が通り過ぎようとした部屋にちょうど居合わせた男性とその警護の方がいた。私が帽子をとって礼をして通り過ぎようとすると、主人らしき人が私達の方に近づいてきた。


「ミスター・ルイス・リディントン、で間違いないかね。」


よく通る、男爵よりも数オクターブ低いバスみたいな声。厳つい感じの剛直そうな顔に、カールしたグレーの髪をなびかせている壮年の男性だった。鋭くはないけど強そうな少し怖い目。


黒いベルベットのベレー帽と上着に、白と銀の毛皮のケープみたいなものを着て、朱と金の豪華なネックレスみたいなものをつけていた。いかにも高位貴族ですといった感じ。


ひょっとすると名前だけ聞いていたバッキンガム公爵かドーセット侯爵かもしれない。侯爵だったらエリーのお兄さんだから穏便に対応したいし、公爵だったら私を襲ってきたレディ・アンのお兄さんだから妹の教育方針に異議を申し立てたい。


「はい。私がルイス・リディントンです。」


「ちょうど良かった。私は軍務伯のサリー。君を砲兵隊長としてすぐにでも勧誘したい。今から私と宮殿の離れにある近衛師団まで来てほしい。」


砲・・・兵・・・?どういうこと?それより、この人は・・・


「サリー・・・伯爵!?軍のトップで、第一大蔵卿の!?」


そして男爵が『私の敵』だって言っていた要注意人物じゃない!!


もちろん、男爵の評価は当てにならないから、男爵と派閥が違うだけでいい人なのかもしれないけど。


「いかにも。ヘンリー王子が温泉に旅立つ前に終わらせなければならぬ、少し急を要する案件になる。よければ今すぐに来てほしい。」


サリー伯爵は『よければ』という言葉を使ってけど、なぜかノーは認めてくれなさそうな響きだった。


「あの、申し訳ありませんが、ヘンリー王子殿下と大事な先約がありまして・・・」


数学の授業にお供するだけだけど、殿下にとってはきっと大事だから嘘は言っていないよね。


「例の王子との約束は長引きこそすれ、多少の遅れは気にされないだろう。こちらの用事はすぐに済むから私に付いて来るように。」


サリー伯爵は有無をいわさずに従者にドアを開けさせると、私に進むように促した。


ルイーズを狙っているサリー伯爵が、ルイスを勧誘したいっていうのも変な話だけど、ここはついていったら良くない展開になりそう。


「あの、ヘンリー王子殿下の従者として、殿下の用事が最優先となりますので、ここにいるフランシス・ウッドワード君と一緒に殿下のもとに」


「ウッドワード、ルイス・リディントンが数分遅れる旨、ヘンリー王子に伝えてほしい。」


サリー伯爵がフランシス君を強い目で一瞥すると、フランシス君は縮み上がったようにコクコクとうなずいた。


「フランシス君!?ちょっと!星室・・・・」


思わず『星室庁でも私の警護役で結局役に護ってくれなかったよね!』って言いそうになったけど、あのとき私はルイーズ・レミントンだったから、サリー伯爵の前で言うのは危険すぎた。


「星室庁がどうかしたのかね?」


「いえ、なんでもありません・・・あっ、フランシス君が逃げた!」


フランシス君はしずしずと隣の部屋に退出していった。アンソニーに襲われかけたときも思ったけど、男爵も伯爵夫人もなぜフランシス君を重用しているのか全くわからない。今の所一度も活躍しているところを見てないけど、フランシス君をなぜかイケメン枠で採用しているらしいヘンリー王子も謎。


まあ、私を王妃にしようとしている時点で男爵たちの人選は間違いだらけだけど。


「報告に向かったのだ。では私についてきてもらおう、ミスター・ルイス・リディントン。」


私は渋々サリー伯爵の後についていくことになった。逃げようにも従者の方とサリー伯爵でサンドイッチされていて、簡単には逃走できそうにない。途中で誰か味方とすれ違って救出してもらえないかと期待したけど、北棟では誰ともすれ違わなかった。


「あの、サリー伯爵、私は砲に触ったこともありませんし、何かの間違いかと・・・」


「火事の晩について、サー・アンドリューの報告書を読んでいる。私が適任だと判断したので何も間違いはない。」


火事と砲の間の関係がわからないけど。サー・アンドリューは確か中庭で私と反対側の指揮をとっていた人だったかしら。反論したいけどサリー伯爵は自信に満ちていたから、私は少し怯んでしまった。


伯爵は歩くスピードが早くて、私は小走りみたいになりながらついていった。北棟の西側から建物を出ると、私が来たことがなかった西側の庭園が、厩みたいな質素な建物に囲まれるように広がっていて、遠くに衛兵が行進している姿が見えた。このままなし崩し的に入隊させられるとすごく困るけど・・・


ふと手前の方に、ぽつんと一人でかぼちゃを斧で割っている人がいるのが見えた。


「か、かぼちゃなんてまだ収穫の季節じゃないですよね。新しい品種でしょうか。」


緊張で噛みそうになったけど、私は場を和ませそうと頑張って話題を提供した。


「あれは食用ではない。彼は練習をしているのだよ。」


「練習?なにの練習ですか?」


前世のスイカ割りみたいに、『かぼちゃ割り大会』みたいなのがあるのかしら?



「彼は公開処刑人だ。かぼちゃが練習にはいいらしい。」


「そうですか、はは・・・は・・・」




いきなりヘビー!!




私がすっかり固まっていると、サリー伯爵は地下に進む入り口みたいなところの厳重な扉を開けた。促されるように、私と伯爵の従者も中に入る。


これって・・・


「この扉って、監獄の扉ですよね。」


鉄格子のついた、不気味なやつ。


「心配ない。地下牢から脱走した人間に出口がどこか分からなくするために、入り口のドアはすべての監獄と同じ構造になっている。


「な、なるほど、よく考えてあるんですね、はは・・・は・・・」




・・・帰りたい。おうちに帰りたい。




地上よりも涼しい地下牢の廊下に私が寒気を感じていると、伯爵はいかにも尋問室みたいなところに私を案内した。


一応ちゃんとした椅子とテーブルがあって、拷問が始まりそうな感じではないけど。


「こ、この部屋は採光の窓があるんですね。あっ、庭園が見える。」


採光用の細い窓から、さっきの訓練していた衛兵の姿が少し見えた。部屋が暗すぎないのは、私の精神衛生上大事だった。


「人間の適応力は目をみはるものがある。暗くて狭いところにいても、慣れてしまえば人は辛いと思わなくなるものなのだね。しかし、時折、こうしてかすかな希望を見せると、己の置かれた状況の惨めさに愕然とし、絶望するものだよ。」


サリー伯爵は私の向かいの椅子に座ると、しみじみと語った。


「なるほど、はは・・・は・・・」




怖い怖い怖い怖い怖い。




「あの・・・」


「どうかしたかね?」


「いえ・・・」




ちょっとまって。




ひょっとして、私、収監されてない!?


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