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CCCLXIII 寄宿学校生パーシヴァル・レミントン


ゆっくり開いた扉から、私と同じ栗色の、少し癖のある髪の少年が現れた。兄さんと違って私に似た、くりっとした大きな目。


「パ、パーシー!?」


寄宿学校にいるはずの弟の登場に、私は思わず絶句した。たしか黒っぽかった制服じゃなくて、チェックの襟が入ったダークブラウンの上着に、ちょこんとベレーを頭に載せている。


「姉さん元気そうだね!今の格好だとなんだか僕とそっくり!」


久しぶりに聞いた。声変わりしかかっている声に、私はなんだか感慨深いものを感じた。言われてみると男の格好をしてカールしたかつらをかぶった私は、パーシーの二卵双生児くらいには見えるかもしれない。背はまだ私の方が高いかしら。


それどころじゃない。


「ちょっと!学校はどうしたのパーシー!今日は普通の土曜日だし、祝日でもないわ!制服でもないみたいだし・・・ウィンチェスターからここまで1日じゃ来られないでしょう!?」


現世だと土曜日は平日だし、寄宿学校だと日曜は祈りの時間になるから、パーシーが出歩けるのは『聖***の日』みたいな祝日か、イースターみたいな長期休暇だけ。パーシーの学業を犠牲にして男爵達がリッチモンド宮殿まで誘拐してきたとしたら許せない。


「ちゃんと学頭の許可をもらってきたよ!せっかくの姉さんの晴れ姿、しっかり見届けないと!」


「晴れ舞台って騎士叙任のこと!?女の私が騎士になるなんて悪い冗談だと思わないの!?」


実在しないルイス・リディントンの晴れ舞台のために、かわいいパーシーに学校を休ませるなんておかしいと思う。


「そんなことないよ!だって姉さん、あのピーター・ジョーンズを倒したでしょ。」


「倒してないってば。示談で怪我の治療費を全額払ったから、むしろ完敗に近いわ。もう、それより騎士の話は誰に聞いたの!?私が無罪になったのは今週だし、騎士の話が出たのなんて昨日よ?」


「落ち着きなさい、ミス・レミントン。」


今まで静かにしていたシュールズベリー伯爵夫人が、しずしずと私とパーシーの間に入ってきた。背が少し高い夫人に合わせて、パーシーがちょっと背伸びしたそうにしているのが可愛い。


「こんなこともあろうかと、ノリッジとウィンチェスターに予め対策本部をおいて鳩を飛ばしたのです。」


「何ですかそれ!!最初から私の家族を人質にとるつもりだったのですか!?」


「・・・そこまで声を出さずとも内容は伝わります。人質などとんでもない。」


誘拐犯疑惑の出てきた伯爵夫人はショールがずれたのか、耳もとの生地をすこし動かしてから、パーシーの方に向き直った。


「あくまでご家族に事情を説明し、貴方の助力について交渉させていただくためです。そのため私の夫はノリッジに滞在しています。ミスター・レミントン、貴方は脅迫を受けていませんね。」


「はい、伯爵夫人。ウィンチェスターの僕らの学校に、ウォーラム大司教様がわざわざいらして講義をしていただいて、その後僕にだけ直接お声をかけてくださったのです。君のお姉さんは、この国を救う人だって。」


外堀を埋めに来たのね。シュールズベリー伯爵は名前だけ出ても直接会っていなかったけど、私の両親のところに行っているみたいだった。あのやり直し裁判から大司教様も見かけていなかったけど、まさか無断で弟を巻き込みにいっていたなんて・・・


お父様はそんなに簡単に騙されないはずだけど、年少のパーシーまで動員するなんて感覚がおかしいと思う。


「パーシー、騙されちゃいけないわ。私が命じられた役目はそんな偉大でやりがいのあることではないの。ただ単にヘンリー王子が女の子と仲良くなって、お世継ぎが生まれ・・・やすいようにするっていう・・・」


お世継ぎが生まれることは一切請け負っていないのよね、私。言質を取られないように表現に気をつけないと・・・


「そうなの?女の子と仲良くなると、お世継ぎが生まれるの?どうやって?」


「それはっ!!パーシーにはまだ早いのっ!!」


まだ声の高い、かわいい弟にお世継ぎの話なんかしたくない。パーシーのパッチリした大きな目には、いつまでも曇りのない澄んだ瞳があってほしい。


「ミス・レミントン、むしろあなたはどこでそうした知識を」


「私に『そうした知識』なんてありません!!!」


私は伯爵夫人の失礼な仮定を否定すると、パーシーの側に歩み寄った。


「パーシー、宮殿は学校とは違うのよ。あなたを騙そうとする、悪意のある人達でいっぱいなの。それだけじゃないわ、私の・・・」


命が狙われたことを話そうと思ったけど、私は躊躇した。


パーシーはこの後寄宿学校に帰るのに、姉の命の心配をしないといけないなんてかわいそう。それを言ったら私が一番かわいそうだけど。それでも、かわいいパーシーに眠れない夜を過ごさせるのは気が進まなかった。


「姉さんの・・・どうしたの?」


「ううん、なんでもないの。ともかく、お姉ちゃんパーシーと会えてとっても嬉しいけど、はやく学校に帰らないとダメよ?それに私はちょっと事情があって今日にも辞任するから、騎士の儀式は結局やらないの。せっかく来てくれたのに残念だけど・・・」


殿に長居していたらパーシーの身になにかあるかもしれない。こんなにかわいいと私みたいに王子のBL小説に登場させられるかもしれないし、再会を喜んでいる場合じゃないと思う。


「姉さん、騎士にならないの?それじゃあ、お姫様になるの!?」


「どちらにもなりますよ、ミスター・レミントン。」


「伯爵夫人、少しパーシーと二人で話をさせていただけますか。」


話を進めたがっている伯爵夫人から逃げるように、私はパーシーの手をとって部屋の縁のほうに引っ張っていった。


「よく聞いてパーシー、私が騎士になったりお姫様になったりって、そんな夢物語みたいな話が実現しそうなときはね、大体は詐欺なのよ。残念だけど、で食べられるランチはないのよ。」


「でもでも、姉さん今の王子様みたいな格好にあってるし、お姫様の格好したらかわいいから大丈夫だよ!!姉さんだったら詐欺にのっかって偽物を本物にできるし・・・あのね、偽物って言えば、僕、姉さんのために綿もらってきた!」


「パーシー!!!」


弟のいらない気遣いに私は思わず声をあげてしまった。


「えっ、でもお姉ちゃんおしゃれするときはいつも」


「そんなことしていないわ!それは心無い連中が立てた根拠のない噂よ!!今はほら、男の格好だからピッタリして見えるだけなの!」


現世だと木綿はすごく高価だから、そんなカモフラージュに使ったりしない。


「ミス・レミントン、部屋の隅に行っても意味がないようですから、こちらに戻っていらっしゃい。」


少し呆れた様子の伯爵夫人が私達を椅子の方に連れ戻した。私の辞任騒動に弟を巻き込んでおいて、呆れたいのは私のほうだけど。


「あの、伯爵夫人、『お姫様』の件ですけど、私がこういう男の格好でヘンリー王子の部屋に出入りしているのに、周りの仲間たちは急に私が王子の后になったって納得しないですよね?」


当たり前のことだったと思うけど、私は『従者ルイス・リディントン計画』と『王妃ルイーズ・タルボット計画』の矛盾を指摘した。


「・・・ミス・レミントン、トマス・ニーヴェットやモーリス・セントジョン、それにヘンリー・ギルドフォードは貴方の性別をわかっているのでしたよね。」


そう言われるとトマスは元から知り合いだし、モーリス君は推理してきたし、くまさんは直感で当ててきたと思う。


「その3人はそうですね、でも少数派です。残りの人はほとんど・・・」


「ジョン・ゲイジは比較的有能ですが、残りは王子と育ったことだけが取り柄の者ばかりです。このままでは彼らが国家を牛耳る重臣になってしまうのです。有能なヘンリー王子とはいえ、幼馴染への甘さは否定できません。大した功績のないチャールズ・ブランドンを叙爵する話がでるほど。」


「ブランドンが貴族に!?それはありえないわ。」


あの人ほど『高貴』というコンセプトから遠い人はいないと思う。私の門地を気にしないモーリス君がブランドンだけは『馬丁の息子』と蔑んでいたけど、今なら理由がちょっと分かる気がする。もちろん差別はよくないけど。


でも私を耳かきで叙勲しようとしていたヘンリー王子なら、秘密の恋人ブランドンを貴族にするくらい平気でやると思う。


「そうでしょう、嘆かわしいことです。しかし王子の寵愛を受ける貴方なら、この国で無能な人間が権力を握らないよう、追い落としをしかけられるのです。」


「姉さんすごい!かっこいい!」


「・・・パーシー、今私と伯爵夫人は怖い話をしているのよ?」


目をキラキラさせるかわいい弟の姿に少し動揺したけど、私は伯爵夫人の術中にはまるつもりはなかった。しかも重臣の選別とか、さっき言われてなかった重い役目をさりげなく割り振ろうとしてくるし。


「パーシー、ほんと、ここは怖い場所なの。学校は安全だから、早く帰ったほうがいいわ。」


「ひょっとして姉さん・・・危ない目にあってるの?」


パーシーが急に心配そうに眉をまげて、私を下から覗き込んできた。すごく可愛い。


でもパーシーに本当のことを言っても、心配させるだけで状況は良くならない。


「ううん、危ない目にはあっていないわ。でもね、油断していると全裸の王子が水浴びをしていたり、王子がお風呂に踏み入って無理やり体を拭こうとしてきたり、王子と秘密の恋人との昼ドラ的展開に巻き込まれたり・・・とにかく怖いことがいっぱいあるのよ?」


「あんまり怖くなさそうだけど、ヒルドラってなあに?」


「古代の悲劇の一種よ。見ていてとっても虚しい気持ちになるの。だからパーシー、早く学校に帰らないといけないわ。さあ、お別れのハグをしましょう。」


パーシーが休暇から学校に戻るときには、私とハグするのが習慣だった。現世の上流階級は思ったよりハグの文化がないけど。


「姉さん!!」


すこし前まで私に対して上前方に差し出されていた両手が、ほとんど平行になっているのにまた少し驚きながら、私達は抱き合った。


「パーシー、元気でね、気をつけて帰るのよ?」


学校でもちゃんとお風呂に入っているみたいなパーシーに少し安心しながら、私はベレー帽越しにパーシーの頭をなでた。


「姉さん、かわいいよ、すごいかわいい・・・姉さんはいつだって僕のお姫様だよ・・・」


「きゅ、急にどうしたの、パーシー?」


パーシーは前から私のことをかわいいと言ってくれていたけど、なんだか様子がおかしい気がした。


「だから夢をあきらめないで、姉さん?」


「夢ってどういうこと?」


私の夢って・・・火炙りを心配せずにマッサージできること?お風呂の普及?それとも・・・


「僕見たいな、姉さんのかっこいい騎士姿、かわいいお姫様姿・・・」


至近距離で囁かれるパーシーの声に、私はすこしよろっとなりそうになった。でもそんな妥協をしたらかわいいパーシーの教育にもよくない。


「期待しちゃったのね・・・ごめんねパーシー、今度スタンリー卿の子供の頃の鎧でも着させてもらうから、それで我慢して。」


「姉さんがお姫様になるの諦めちゃったら、僕、僕もう・・・」


「ちょっと!うちのパーシーに演技指導いれたのは誰ですか!!??」


私は伯爵夫人を睨みながら、泣きそうなパーシーをなだめるのに必死だった。


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