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CCCLXII 第二王子派シュールズベリー伯爵夫人


長らくおまたせしました!

この章は少しシリアスですが、まもなく展開がガラッと変わります。







私が、王妃に・・・



「いやいや、ないから!」



私はシュールズベリー伯爵夫人と話しているのも忘れて、思い切り首を振った。


「貴方のそうして動転する癖はよくありません。これから政務に関わっていく人間として、貴方はショックへの耐性をつけていかないと。」


伯爵夫人は細めの目を真っ直ぐ私に向けて、騒ぐ私を平然と観察していた。


もしこの後ショックの訓練とか始められたら色々恐ろしそうだけど、その心配をする前に突っ込まないといけないことが多すぎた。


「失礼しました、シュールズベリー伯爵夫人・・・ですが、まず私がサインしたのは王子の女嫌いを治すための、一年契約です。王妃なんて聞いていませんし、当然お受けするつもりはありません。」


私としてははっきりと申し出たつもりだったけど、伯爵夫人は驚かずにゆったりと構えていた。



「貴方をよく知らないのにいきなり王族の座を提示する訳がないでしょう。貴方の魔力が眉唾ものではないことを確かめ、野心や邪心に惑わされあいことを見極める、いわば試用期間です。


誘惑への弱さについて不安が残りますが、貴方は数日でヘンリー王子の信頼を勝ち得るという快挙を達成したので合格としましょう。」



合格って言われても、私が応募もしてなかった試験で勝手に合格にされたみたいだった。全然うれしくない。


あと『誘惑への弱さ』ってなんのことかしら。全く心当たりがないけど。


「仮に伯爵夫人から合格点をいただけたとしても、私に王妃は務まらないと私自身が思いますし、何より王妃になるために努力しようという気概が起きません。よって辞任させてください。」


とりあえず厄介事に巻き込まれないように、私は『やる気ゼロ』宣言をした。


伯爵夫人はなんともいえない表情で私をじっと見つめてきた。こうして見ると目と髪の色は私に似ているけど、養子の話があがったのはそういった縁もあったのかもしれない。



「貴方のように特別な力を持つ人間は、トップかその側にいない限り排除されるものです。魔女裁判で分かったでしょう。他人にないものをもつ人間を、人々は恐れ疑う。


ただしその力が高貴なものだと信じ込めば、その恐怖と猜疑は畏怖に変わる。貴方の力を世の役に立てるには、王族になるのが一番なのです。」



シュールズベリー伯爵夫人はなんだかそれっぽいセリフで説得にかかってきたけど、私は危険しか感じなかった。畏怖されるマッサージっていくらなんでもシュールすぎる。



「その恐怖と猜疑につきまして、お知らせするタイミングを逃してしまいましたが、私は身の危険を感じたため、現時点で辞任を申し出ています。現に今日、二度も騎士に襲われていて、一度目は第三者の介入がなければ斬られていたところでした。


警備の固い宮殿は大丈夫だと、ノリッジにいるよりもヘンリー王子の側に居る方が安全だと、ウィンスロー男爵は言いましたが結果はこのとおりです。


どの道襲われるリスクがあるなら、頼りない男爵達に安全を一任するよりも、信頼のおけるスタンリー卿とダービー伯爵家関係者に保護していただき、私が私の安全計画に関わっていきたいと考えています。」



私が辞任を掛けた勝負の長いスピーチをする間、シュルーズベリー伯爵夫人はじっと静かに聞いていたけど、スタンリー卿の名前が出ると不自然に眉を潜めた。


「スタンリー、そうでしたね・・・あなたは姪の・・・それはよくありません。」


「スタンリー卿がどうかしましたか?」


さっきまではゆったりと安定したペースで話していた伯爵夫人が、少しどもついたようになって、私はさっきから出てくる『姪』が誰のことなのか少し気になった。


エリーとスタンリー卿に接点はなかったはずだけど、二人のレディ・アンのことはよく知らないから私にも分からない。他の貴族女性と私に接点はなかったし・・・


「いいえ、貴方が狙われているのは宮殿にいるからではありません。身分と権力がないからです。誰を頼ったとしても、貴方を葬ろうとする者が後をたたないならば根本的には安全など手に入りません。」


「私が身分不相応に王妃などになったらむしろ恨みを買って、私を暗殺しようとする人が増えると思います。現に暗殺しようとしてきたのはアーサー王太子派の騎士のようですから、ヘンリー王子殿下に嫁いでより安全になるとは思えません。」


私は身分にも権力にも関心がないけれど、今までの流れだとシュールズベリー伯爵夫人は私の興味関心はスルーしそうだった。ターゲットは身の安全に絞る。



「よいですか、貴方は襲われたとき、サー・ルイス・リディントンとして振る舞っていましたか?おそらく違うでしょう?


泥棒が多発するのは高貴な人々の住む地区ではありません。最も貧しい地区です。貴重品の存在よりも、匿名性が高いときや、露見する可能性が低いときの方が、人は蛮行をためらわないもの。


同様に、戦争で真っ先に死ぬ可能性が最も高いのは、先陣を切る誉れ高き騎士ではありません。スパイです。それは殺しても表に出ないから。私の言いたいことがわかりますね。」



確かに襲われたときは女性の格好をしていたし、騎士は『ルクレツィア・ランゴバルド』なんてつぶやいていたから、少なくともルイス・リディントンとは思われていなかったと思う。


伯爵夫人の言い分は、モーリス君が公式に聖女となって教会に保護してもらうようにアドバイスをくれたときと似ていた。私に触れるハードルを上げるという意味では分かるけど、このままだと私は籠の中の鳥にされそうな気がする。


「伯爵夫人、たしかに二度とも私は女性の格好をしていました。王妃だと思われれば襲われなかったかもしれません。ですが、暗殺される可能性が少し下がるというだけで、私が軟禁されなければならないのであれば、やはり宮殿にいたくはありません。」


「貴方が行動の自由を失うことはありません。王妃として大手を振って歩けばよいのです。貴方は目立とうとしないから簡単に狙われるのです。その点では個人的に縁のあるダービー伯爵家を頼ったところで、むしろ逆効果。公人になることで、あなたの暗殺はこの国への暴挙、ヘンリー王子殿下への攻撃になるのです。」


王妃にならないといけない時点でかなり自由を失っていると思うけど、私と伯爵夫人の議論は平行線をたどっていた。


「伯爵夫人、たとえ安全が多少改善されたとしても、私は王妃になるつもりはありません。そもそも、さっきから王妃とおっしゃっていますが、王位を継ぐのはアーサー王太子殿下のはずで、殿下の子供が生まれたらヘンリー王子殿下は即位しないはずです。」


もし伯爵夫人がアーサー王太子を不治の病だと思いこんでいたら、実はただの冷え性だったって説明してあげたいけど、そもそも診察したところから説明しないといけないからややこしい。


伯爵夫人はドアの方を確認するように目配りすると、さっきより声を落とした。


「貴方には言わないといけませんが、南の国がキャサリン王太子妃の局に男を入れたという噂が飛び交っています。許しがたいことです。このままでは南の偽の王子にこの国が乗っ取られる。」



まさか!



あの姫様に限って不倫はしないと思うけど・・・


「そんなこと・・・デマだと思いますけど・・・ちょっとまって、伯爵夫人もヘンリー王子の部屋にスザンナを入れようとしていませんか。」


「それとこれとは別問題です。この国の王族の血筋が絶えるのですよ?何より、この国は完全に南の属国にされてしまうでしょう。」


この国は嫡出子にしか王位継承権がないから伯爵夫人のプランでも正統性が怪しいのは確かだけど、属国云々はそうなのかもしれない。


「でもそんなことをしたら、王太子・・・王太子派の人々が黙っていないと思いますけど。」


アーサー王太子の性格を考えると、涙を飲んで『分かった』と言いそうな気がして、私は言い直した。


「王太子派は健康不安説を払拭するために、殿下のお渡りがないことを否定しています。そのため、いざキャサリン王太子妃に子供ができたときに『王太子の子のはずがない』とは言えないのです。」


「でも、子供はアーサー様に似ていないかもしれませんよ?」


私はアーサー王太子とヘンリー王子の珍しいレッドゴールドの髪を思い出した。あれは簡単に真似できないと思う。


「確かに南が連れてきた人間には金髪碧眼がいません。ですが、アーサー王太子の立場を案じて、王太子派が協力するシナリオは十分考えられます。目や髪の色がキャサリン妃と似ているアンソニー・ウィロビー・ド・ブローク、アーサー王太子と似ているフィッツウォルター男爵でしょう。」


姫様の不倫相手がアンソニーだったらシュールだわ。姫様の髪は蜂蜜色だったから、アンソニーの派手な金髪と揃うと思う。目はアンソニーのほうが水色っぽいけどふたりとも青系統だったし・・・


私を狙っているフィッツウォルター男爵は名前を聞いただけでまだ会ったことがないから分からない。でもヘンリー王子みたいな髪と目の色、ってことはかなり特徴的だから、次回遭遇したときに真っ先に分かると思う。ヒントがもらえてよかった。


「そうですか・・・でも憶測の域を出ない気もしますけど。そもそもキャサリン王太子妃殿下をよく思っていない人たちは多いですよね。意図的に流された噂なのではないですか。」


「北の大使が言い始めたことだったので、もちろんデマかと思いましたが、同じ時間帯にキャサリン妃の激しい喘ぎ声を聞いたという人物が複数います。間男の目撃証言はありませんが、普段南棟にいない怪しい侍女がいたとの情報が複数入っています。おそらく間男の付き人でしょう。」


北の大使が噂の発信地ってことは・・・



その侍女って、私のことよね。



「あの、伯爵夫人、その情報は間違いだと思います。」


「なぜ。王太子殿下がそれほど健康だとでもいうのですか。」


なぜって、キャサリン妃の喘ぎ声は王太子の健康不安・不仲説を否定するための演技だったし、北の大使はそのためのターゲットだったし、姫様が声を出していたのは多分私がマッサージをしていたときだし・・・


でも、これって私が伯爵夫人に説明していいことかしら。多分ダメよね。例のスパイ騒ぎと言い、プエブラ博士の計画は余計な混乱を招くだけで意味がない気がしてきた。


「伯爵夫人、アーサー王太子殿下は外に出ないと聞いていますが、健康状態は分からないのですよね。思ったより健康であることもあるかと思います。」


とりあえず王太子が思ったより健康、という説を出してみることにした。実際、本当のことだし。


「こちらにも、南の怪しげな医者が診察し、王太子は元気だと宣言したという情報が入っていますが、キャサリン妃の妊娠を見据えて口裏合わせに動いた可能性があります。このままでは早く手を打たないと手遅れになります。」



その医者って、私のことよね。



「えっと、つまり、姫様、いいえ、キャサリン王太子妃殿下の部屋に男性が入ったというのは、喘ぎ声を聞いたという証言だけで、それに王太子派が協力しているという証拠は全くないのですね。それだけでヘンリー王子殿下が即位すべきだということにはならないかと思います。」


完全に冤罪。アーサー王太子も姫様もいい人だったし、こんな悪意のある噂で苦しんでほしくないけど・・・


「・・・ウィンスロー男爵やウォーズィー司祭から聞いていましたが、貴方を説得するのは一苦労のようですね。私よりも適任な方に任せるほかないでしょう。」


適任な人?誰のことかしら?とりあえず面倒なウォーズィー司祭ではなさそうなのはありがたいけど。


少し元気がなくなったような伯爵夫人は、呼び鈴のようなものを鳴らした。



ドアの向こうで誰かが動く音がして、間が空いて、ドアがギイと開いた。


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