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CCCLXI 切り札スザンナ・チューリング


私の想像妊娠プランを平然とした顔で解説した伯爵夫人に、私は意を決してマッサージの限界を伝えることにした。


「あの、残念ですが、男爵が間違った情報を上げているのではないかと思います。私のマッサージは子宝となんの関係もなくて・・・王子が少しリラックスするくらいなので、いくらスザンナがやる気に満ちていても無理だと思いますが。」


「指魔法にかかったヘンリー王子殿下は女性である貴方に抵抗しないだけでなく、第三者に対しても隙だらけだと伺っています。現に惜しいところまでいったとのこと。」


私はヘンリー王子の体を触っていたスザンナを思い出した。


「殿下は普段から脱ぎたがるし隙だらけですけど、スザンナは全く惜しくなかったと思います。男爵はいろいろな意味で楽観的すぎます。それに万が一『うまくいって』しまったとして、スザンナの子は私が私の子供として子育てをするのですか!?」


「エドワード王子はそのままスザンナが乳母として育てます。もちろん教育はわたくし達が後見いたします。」


そういえば名前はエドワードかエリザベスに決まっていた気がする。上流階級だと子供の世話は乳母に任せて社交界に戻る貴婦人は多いけど、色々と複雑な気分。


「あの、それ以前に、王家にスザンナ・チューリングの血筋が入ってしまいますけど、問題がありますよね?ずっと隠し通すおつもりですか?」


私自身が平民だから身分は気にしないけど、スザンナの子供が即位するって、また内戦でも起きそうな気がする。王家の血筋は続いていくのだし。


「レミントン家の方が好ましいことは確かで公にはその設定としますが、チューリング家は内戦で当主を失い没落したものの、血筋だけをみればそこまで悪くありません。スザンナ自身は淑女としての教育が受けられませんでしたが、家族はできる限りのことをしたようです。」


そういえば、識字率の低い現世の庶民だと珍しいくらい、スザンナは読み書きができたことを思い出した。読み書きしていた内容には問題があったけど。


「そもそも亡くなったエリザベス王妃殿下の母君で、ヘンリー王子殿下の祖母に当たるエリザベス王太后殿下は商家のご出身。国王の血が片方に流れてさえいれば、正当性の問題はありません。」


「そうなのですか?でもメアリー様もマーガレット様も、アーサー王太子殿下も外国の王家と政略結婚をされているのですよね?」


私の問いに伯爵夫人は目を伏せると、火のついていない暖炉の方を向いた。


「ヘンリー王子殿下の女嫌いが事情を知らない者たちに間違って解釈されれば、不幸な結婚が外交問題に発展する恐れがあります。さらに、マルグレーテ様の兄で低地諸国のフィリップ大公と、彼の義母にあたる南の国のイザベラ女王は、東の国を挟撃する戦争の計画を持っている、少なくとも東の国は考えているようです。」


「挟撃って、戦争になるのですか?」


物騒な話になって、急にヘンリー王子の女嫌いが微笑ましく思えてきた。


「実際に具体的な計画はないようですが、東がそう確信していることが重要です。この疑いのため東の国は同盟国である北の国と軍備の増強を進めていて、先制攻撃も辞さない構えです。」


「攻撃・・・」


私は内戦の後に生まれているから、現世だとそんなに恐ろしい場面に遭遇していなかった。すこし怖くなる。


「アーサー王太子殿下が南の国のイザベラ女王の次女、キャサリン妃を娶っている今、低地諸国のマルグレーテ様がヘンリー王子殿下に嫁げば、この国は中立とは見られないでしょう。」


「南の国と低地諸国の味方だと思われて、東と北から攻め込まれるかもしれない、というわけですね。」


キャサリン様のお姉さまがフィリップ大公の奥様だから、フィリップ大公の妹のマルグレーテ様は姫様の義理の妹で・・・家系図がややこしいけど、とりあえず彼らがこの国を親戚連合に巻き込みたいのは分かった・・・


「物分りが良いのはすばらしいことです。当然、内戦から復興途上のこの国が、大きな戦争に巻き込まれることは避けなければなりません。」


「でも、スザンナより適任な人が国内にいるのではないですか?」


スザンナよりも国母に適任な人、といったらこの国の過半数の人が該当しそうな気がする。


「内戦でできた派閥は完全には解消していませんし、一部の名門貴族は南や東と交流が深いのです。さらに高位貴族は近親婚が進んで体の弱いものも多い。多産の家系で頑健な安産体型のスザンナ・チューリングは、この王家に新しい血を入れる意味でも重要なのです。」


そういえば金髪は劣性遺伝だって聞いたことがあるから、この宮殿の金髪の多さを考えると親戚の間での結婚は多そう。


ヘンリー王子とスザンナの子供って、確かにアーサー王太子と違って元気ハツラツな感じに育ちそう・・・エドワード王子、胸筋とかすごそうだけど。


「・・・ちょっとまって、いくらお腹に帯を巻いても、生まれてきた子供がスザンナとヘンリー王子の子供なら、私に似ても似つかないでしょう?」


「なんのために赤髪の娘を用意したと思っているのです?」


伯爵夫人に言われて、私はスザンナの鮮やかな赤髪を思い出した。確かにヘンリー王子の髪はレッドゴールドで、私は栗色だから、折衷案は赤髪なのかしら。


母親に似て体格がよい子供が生まれても、多分王子の遺伝が強かったということになるし。


「それでしたら、スザンナが妊娠するのであれば、婚約者役は国内のなるべく中立的な貴族にまかせてはいかがでしょう。私がお腹にそんなものを巻かなくても、王子をマッサージしたら後はスザンナに任せればいいのですよね?」


さっき私を襲おうとしたレディ・アン・スタッフォードを思い出して少しげんなりしたけど、子供を産まなくていいわけだから、選択肢が狭くなっても希望者を募ればいるはず。


そもそもスザンナが『成功』するとは全く思わないけど。


「姪のことがあったので私も不安は持っていましたが、それでもあなたにあって他の令嬢にないもので、特に重要なものが四つあります。まず一つは、あなたが体を使って女嫌いの殿下の寵愛を得られること。」


「言い方っ!・・・あの、言い方換えていただけませんか?マッサージにやましい要素はないので。」


なんだか魔女裁判のときみたいな言い方をされて私は不機嫌になった。



「失礼しました。ですが他の令嬢は名前こそ借りられても、王子の隣に立つことは難しいでしょう。愛を理由にして国外の候補を断ることにも都合が良いのです。あなたはヘンリー王子殿下から優しい笑みを向けられる唯一の女性です。」


失礼したと思っていなさそうな伯爵夫人は続けた。


「今はそうかもしれませんが、そもそも男装した女だってバレたら、寵愛なんてすぐなくなります。今までの展開からするとバレないかもしれませんが、その場合想像妊娠プランの意味がなくなりますよね?」


私は完璧に反論したつもりだったけど、伯爵夫人は悠然としていた。



「はっきり言って、貴方はヘンリー王子殿下に男だと思い込まれたままでも構わないのです。周りは貴方を女性と考えて疑わないでしょうし、殿下は人前であなたの『女装趣味』を尊重して秘密を守らざるを得ません。」



なるほど、それで『性別を有耶無耶にしたまま子供を』という展開になるのね。



奇想天外なロジックに私が言葉を失っていると、伯爵夫人は後を続けた。


「第二に、あなたは賢い上に、殿下に対しても直言をする度胸があります。ヘンリー王子殿下は有能ですが、財政面など興味の向かないところに不安がありますので、あなたのようにきめ細かい、しっかりした方がサポート役に望ましいのです。もっとも、ハーブ農園事業は失敗したとのことですが。」


「あれはっ、金銭的利益以外の基準でも考えることが大事だと思います。私のハーブは薬草としてコミュニティの役に立っています。」


褒めてから落とされるのってなんだか辛いのね。


「第三に、あなたの驚異的な適応力です。強引に連れてこられたこの宮殿で男の格好をしているというのに、すっかり様になっています。出会ったばかりの女中や下男の扱い、衛兵たちとのやり取り、いずれも自然です。普通ならストレスで寝不足や食欲不振になってもおかしくないというのに。」


「私が鈍感だとおっしゃりたいのですか?」


前世だとパンツルックも多かったし、同年代のレディと比べて人生経験は二倍以上あるわけだから、相対的に男装と宮殿暮らしへの適応力が高いとは思う。でも、私だってそれなりに困っているのに、悩みがないみたいな言われ方をされると嬉しくない。


さっきから辞任を伝えるタイミングを逃し続けている気がするけど。


「いいえ、それどころか喜ばしいことです。これは貴方が次に担う役目について、もっとも重要なことです。あなたの指導はわたくしが行いますが、期待していますよ。」


「その役目って、まさか・・・」


寵愛・・・サポート・・・お腹に巻く帯・・・


何回か冗談としてその話が出ていたけれど・・・


「そうしてわかりやすく動転するところは直さないといけませんね。」


シュールズベリー伯爵夫人は、表情をあまり変えずにゆったりした笑みを浮かべた。





「貴方は王妃になるのですから。」


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