CCCLIX 協力者シュールズベリー伯爵夫人
レディ・アンは自信に溢れていた割にはマッサージ耐性がないみたいだった。部屋が薄暗いから表情はわからないけど、うっとりとして脱力しているように見える。
「・・・ふううんっ・・・こんなの、おぼえたら・・・もう・・・あっあああんっ・・・わすれられましぇんわあ・・・」
「レディ・アン・スタッフォード、今後は自分より身分の低い美少年を襲おうなんて考えないでくださいね。」
自分でもなんでとっさにレディ・アンをマッサージしようと思ったのかわからないけど、意外と身のこなしが俊敏だった相手にとりあえず貞操は守れたし、結果オーライだよね。性別もなぜかバレなかったし・・・
「・・・わらくひ・・・もう、らめえ・・・」
レディ・アンは横向きのままだんだん力を抜けたようになっていって、くたっとおでこをベッドに落とした。
「このままお休みになりますか?隣に寝ているエリーとぶつからないように・・・あっ、コルセットどうしましょうか・・・」
『沐浴の儀』のときからコルセットのことばかり気にしている気がするけど、レディ・アンは楽な格好のエリーと違ってきつそうなコルセットをしたままだった。このまま寝たら息苦しいと思う。
「レディ・アン、起きていただけますか。お着替えをなさっては?」
「・・・ぁん・・・」
揺すってあげても起きる様子はなかった。
ドレスもこのままだとシワになるタイプだし・・・でもシュミーズ一枚で貴族令嬢を放置するわけにもいかないし・・・
私が逡巡していると、またドアがギシギシと動く音がした。
また!?
「だからノックしてくださいって言っているじゃないですかギルドフォード夫人!!・・・あれ、違う方でしたか!?」
ドアが開いた場所に立っていたのは、相変わらず逆光でよく見えないけど、恰幅のいいギルドフォード夫人とは全然違う、小柄な女性のシルエットだった。メイドさんらしき人影が数人後ろに控えている。
誰!?
「どなたですか!?とりあえずこの部屋をでていただかないと貴婦人の名誉が・・・あっ、私はその・・・これには事情がありまして・・・」
ふと、私はこの見知らぬ女性に私がどう見えるかを考えてしまった。
ベッドに寝ているシュミーズ姿のエリーと、艶めかしい格好のレディ・アン。ドレスを楽にしようとボタンを外している最中だったし、男の格好のわたしがいやらしいことをしているように見えるかもしれない。むしろそう見えると思う。
さっきのコルセットと違って現行犯逮捕だから、言い訳のしようがない。
ピンチ!!
「私は決して怪しいものでは・・・むしろ私室に断りなしに入ってくるのはルール違反では!?・・・とりあえずその、弁明を聞いていただくか、見なかったことに・・・」
「安心なさい、サー・ルイス・リディントン、わたくしは貴方の味方です。」
品の良さそうなマダムらしい、落ち着いた声が響いた。聞いたことのない声。状況が状況だから安心はできないけど。
よくみると、ショールで髪を隠していたギルドフォード夫人とは違って、おかっぱに近い髪が割と見える格好をしているみたいで、宮廷の女性には珍しい、自由な雰囲気がする。
私の味方?男爵の一味ということかしら。
「私の味方というのはその、どういう意味でしょう?」
「難しい質問をなさるのね。あなたがたは外にでていなさい。」
その女性は控えていたメイドさんたちを廊下に出すと、ドアを閉めて私に近寄ってきた。
「とりあえずは、貴方のことを知っている、と答えておきましょうか。ルイーズ・レミントンさん?」
私の本名を知っているの?
この人に今まで会っていないはずだけど、男爵達に聞いたのか、それとも私を逮捕しようとした人たちに・・・
「あの、あなたは、一体・・・」
「わたくしはシュールズベリー伯爵の妻で、この宮殿で貴方の母代わりを務める者です。」
相変わらず逆光で表情はみえないけど、その女性はにっこりと笑った気がした。
シュールズベリー・・・?
「あっ、ひょっとして、ヘンリー王子が・・・えっと、ヘンリー王子殿下がスザンナに手をだしたら、私が養子入りすることになっていたお家ですよね?」
たしか耳かきを強要された直後、日向ぼっこをするセイウチみたいになっていたヘンリー王子をスザンナが襲おうとしたとき、男爵が私をどこかの伯爵家の養子にする話をしていたのを思い出した。あと、たしかマッサージ後ダウンしていたアンソニーを預かってもらっていた気もする。
「そのとおりです。ウィンスロー男爵から話は伝わっていますね?」
「いえ、詳細は聞いていなくて・・・そうでしたか、今までご挨拶もできずにすみません。あと、アンソニーもお世話に・・・いえ、アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク閣下もお世話になったそうで、遅ればせながらお礼申し上げます。」
私は思わず謝った。でも、勝手に養子の話を進めて説明もしなかった男爵のせいだよね。
「顔をおあげなさい。到着して数日だというのに、あなたの働きには眼を見張るものがあります。この部屋で何があったかは男爵から報告が上がっていますから、なぜか一人増えているようですが、ともかく後始末はわたくしの女中たちにまかせて、わたくしの客室までついていらっしゃい。」
「ありがとうございます、伯爵夫人。」
男爵の関係者となると私の辞任には反対しそうだけど、伯爵夫人にしては堅苦しくなくて気さくな感じに、私は少しほっとし始めていた。
見ず知らずの人だから、男爵の名前を出して私を騙しているのかなと少しだけ思った。でもベッドに寝転がっている公爵令嬢と侯爵令嬢を見て平然としているわけだから、状況はよく分かっている人だよね。
そもそも、襲ってきたレディ・アンはともかく、エリーをこのまま放置できないしどうしようか困っていたところだったから、力添えをしてもらえるのは嬉しい。
「手配したようになさい。」
「かしこまりました。」
伯爵夫人の指示でメイドさん達が部屋に入っていくのと入れ替わって、私と夫人は廊下に出た。準備良く着替えも用意していた彼女たちは、どれくらい私のことを聞かされているのか少し気になったけど、テキパキしている様子の彼女たちは頼もしそうだった。
「エリー、いえ、レディ・エリザベス・グレイのこと、よろしくお願いしますね。」
「はい。」
私はメイドさんに声をかけると、少し肩の荷が降りた気分になった。
今日中にもう一話更新があります。




