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CCCLV 糾弾者ジョーン・ヴォー・ギルドフォード



ギルドフォード夫人がバンと薄暗い部屋のドアを開ける直前に、私はシュミーズ姿で眠っているエリーを上からシーツで覆った。


「ギ、ギルドフォード夫人、部屋の主人の同意なしにドアを開けるのはいかがなものかと・・・レディ・グレイの名誉のためにも」


「おだまりなさい、ミスター・リディントン!浴室と違ってこの部屋は予約さえされていないのですから、あなたに指図される覚えはありません!むしろエリーの名誉を奪っているのはあなたの方ではありませんか!」


そういえば、マッサージにちょうどいい空き部屋があっただけだったのね。それでもマッサージ中に踏み込むのはどうかと思うけど。


「名誉と言いましても、私はレディ・グレイの求めに応じただけで・・・」


「なんと厚かましい!エリーを裏切っておきながら、言葉での話し合いを放棄して、体で説得するとは情けない!恥を知りなさい!!」


暗い部屋の入り口で、逆光を背景に仁王立ちになった夫人のシルエットは、すごく威厳があって恐ろしかった。なんだか布みたいなものを手に抱えているみたい。


「待ってください。スザンナの件はこの部屋に来る前に言葉によって勘違いだと納得してもらいましたし、『体で説得』なんて意味がわかりません。」


「アン!確認を!」


ギルドフォード夫人が掛け声をかけると、大きな影の後ろから、黒髪のアンさんがするすると部屋に入ってきた。メアリー王女のところには同じアンという名前の銀髪の侍女もいたと思うけど、どっちがどっちか、名字と顔が一致しないのよね。


レディ・アンは私をスルーしてエリーのところに行き、そっとシーツをめくった。


「エリー!」


「・・・ふぁ・・・・・・りでぃんとんさまぁ・・・・・・すきぃ・・・」


エリーはまだマッサージの余韻に浸っているみたいだった。


「なんということ!エリーは完全にリディントン様に堕とされてしまっていますわ。かわいそうに・・・」


「ちょっとまって、腰の治療をして差し上げていただけなので、いくら気にいっていただけたからといってその表現はどうかと思います、レディ・アン。」


せっかくマッサージを受けてもらったエリーが『かわいそう』なんて言われると、私のマッサージ師としてのプライドが傷つく。


「ミスター・ルイス・リディントン!浮気をしたあげく強引に仲直りとは、図々しいにも程があります!」


ギルドフォード夫人に部屋の入口で怒鳴られているからか、なんだか追い詰められている感覚があって少し怖い。


「ですから浮気がそもそも誤解ですし、エリー、いえ、レディ・グレイにも事前に納得していただきました。」


「この証拠を前にしてもまだ言い逃れできると思っているのですか!」


ギルドフォード夫人は勢いよく手に持っていた布を広げた。



「そ、それはっ・・・」



部屋が暗いせいで最初はなんだかよくわからなかったけど、見覚えのあるそのフォルムに、私は思わず絶句した。




私のコルセット!!!




「ギ、ギルドフォード夫人、他の女性のコルセットを手で持って歩くというのはどうかと・・・」


ほんとにやめて。


現世ではコルセットの下にシュミーズを着るから前世の下着とは少し感覚が違うけど、肌の露出が少ない現世だと見せてはいけないインナー扱い。シュミーズは頻繁に洗濯するから膝まである白い無地のTシャツって感じだけど、私のコルセットはフリルや刺繍でけっこうかわいい装飾がされていて、こっちを見られるほうがむしろ恥ずかしい。


「これはミスター・リディントンが入っていた湯桶のすぐそばで見つかりました。あなたが浴室で女中と火遊びをしていた決定的な証拠です!」


たしか野蛮人が部屋に乱入してきたときに、つけている暇がなかったのよね、そのコルセット。コルセット以外はスザンナが用意したマダム・ポーリーヌの制服を着たから、コルセットだけ放置していたみたい。



ちょっと待って、スザンナもアメリアも、主人のコルセットくらい死守できなかったの!?



今目前に自分のコルセットを晒されて死ぬほど恥ずかしい思いをしているけど、二人が勝手に私のコルセットを持ち去るギルドフォード夫人を止めてくれればこんな目には合わなかったのに。


「さあ、どう説明するのですか、ミスター・リディントン。見覚えがないとは言わせません。」


「そ、そのコルセットは・・・」


私は沸騰しそうな頭をなんとか冷ましながら、いくつかのシナリオを考えた。



A.『事情は複雑ですが、そのコルセットは私ルイス・リディントンのものです。』


とりあえず変態として見られることは間違いなさそう。ウォーズィー司祭がデタラメに考えた『女装癖のある男子』説が加速していきそうで困る。辞任するつもりだからルイス・リディントンの評判はあんまり気にしないけど、変人として宮殿や社交界で話題になったら脱走して姿を消すのに苦労しそう。男性がコルセットを持ち歩く『複雑な事情』も全然思いつかないし、問い詰められることを考えるとできれば避けたいと思う。



B.『実は私は女で、そのコルセットは私のものです。』


真実だけどすごく気まずい。ほんと、自分のコルセットを目の前で掲げられる身にもなってよね。うまくいけばエリーとの婚約を破棄できそうな選択肢ではあるけど、そもそもギルドフォード夫人は私に対して敵対的だったから、性別詐称で牢屋送りにされたりするかもしれない。夫人がサリー伯爵やダドリー議長とつながっていたら魔女として引き渡されて火炙りになるかも。いろいろハイリスクね。



C.『それはスザンナが勝手に脱いだものです。』


色々問題があるけど、とりあえずサイズが合わない。



D.『それは私の女中アメリアのものです。』


スザンナと比べて信憑性と本人の協力にアドバンテージがあるけど、主人の入浴シーンでおとなしいメイドがコルセットを外しているって、ほぼ間違いなく浮気扱いになると思う。向こうの狙い通りよね。きっとスキャンダル扱いになるし、スザンナほど図太くないアメリアが糾弾されるのはかわいそう。ギルドフォード夫人は私の弁明を聞いてくれそうにないし。ルイス・リディントンが脱走したときには、浮気相手アメリア・バーロウと駆け落ちしたと思われるかもしれないから、アメリアの安全にも問題がでそう。



E.『それは私の前に入浴していた誰かのもので、私は存じ上げません。』


一番無難そうだけど、コルセットは私が着替えていた場所にあったはず。浴室まで着てきたドレスはスザンナが片付けていたから、誰かがコルセットだけ忘れていくのはすごく不自然ね。その忘れ物を女中が片付けないで私の湯桶のそばに置いてあったとなると、忘れ物を私がピックアップしたみたいで気持ち悪い。変態コレクター扱いに加えて、一番言い逃れが明白な選択肢でもあるし、事前の浴室の予約者に女性がいなかったら嘘がばれると思う。



F.『それはグリフィス・ライス様のものです』


これはいけるかも!野蛮人はあの部屋に倒れていたし、前回会ったときに聞いてもいないのに女性遍歴を自慢してきた変態だから、本人も浴室で火遊びしていたなんて疑惑は気にしなさそう。あの様子だとしばらくまともな証言はできないし、本人が否定してもコルセットが見つかった浴室にいたことに変わりはないはず。私が否定するのと変わらないから真相は闇の中。その間に私はギルドフォード夫人の前から逃走すればいい。



いける!



「ギルドフォード夫人、そのコルセットはグリ・・・」


そこまでいいかけて、私はふと我に返った。


野蛮人はこのコルセット、多分彼を踏んだルーテシア・ラフォンテーヌのものだと解釈するはず。そういえば野蛮人に対してはルーテシア・ラフォンテーヌを名乗って足踏みマッサージをしたのに、夫人たちにはルイス・リディントンとして踏んでいたことを証言しちゃったかもしれない。


それはともかく、ただでさえ家畜志望なのに『ご主人様』のかわいい感じのコルセットを手にした野蛮人は、おとなしくルーテシアに返してくれないと思う。男の人がどうやってコルセットで遊ぶのか知らないけど、モーリス君みたいに祭壇に飾るくらいじゃ済まない予感がする。


私は人質として蛮族に虐げられることになりそうな私のコルセットを見つめた。私が逃げおおせるために犠牲になるコルセット・・・かわいそう・・・


他の選択肢よりはルイス・リディントンとしては無事な気がするけど、何かレディとして大事なものを失いそうですごく嫌。


それをいったら自分のコルセットを前に立ち尽くしている今のシーンもすごくシュールだけど・・・


「答えられないのですか、ミスター・リディントン!」


ギルドフォード夫人の勝ち誇ったような声が薄暗い部屋に響いた。




誰か助けてええ!!




私は心のなかで絶叫した。





ーーーーーーーーーー


ルイーズはなんと答えればよかったか、いい案が思いついた方は参考までに教えてください!


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