CCCLIII 要請者エリザベス・グレイ
エリーに案内された部屋は少し薄暗くて、換気用の通気孔からわずかに光が入ってきていた。石造りの部屋にはベッドと戸棚、化粧台と小さなテーブルがあるだけで、宮殿の一部屋とは思えないほど殺風景だったけど、ベッドはしっかりしていてマッサージに向いていそうだった。
「リ、リディントン様、こ、こちらに。」
なぜか緊張している面持ちのエリーが、ちょこんとベッドに腰掛けて、私を隣に誘ってくれた。
「椅子もありませんし、そうですね、では、お邪魔します。」
本来は『ルイス・リディントン』が侯爵令嬢と同じベッドに腰掛けるのは問題があるけど、どの道この後マッサージをするから、今遠慮してもあんまり変わらないと思う。
ベッドに座ると、化粧台の鏡に私の顔が映った。
「・・・私の眉毛・・・」
現世のお化粧で眉毛は大事。恐ろしい原材料のつけ眉毛が流行っているくらい。私個人としては現世の流行は濃すぎると思うし、前世の感覚だと私のもともとの眉毛でも許容範囲だとは思うけど、それでも人前にでるときは一応気をつけていたのに。
お風呂から上がったら、理論武装なんてしていないでスザンナかアメリアに眉毛だけでも描いてもらえばよかった。現世の原材料だと急いでアイシャドウとかは危ないけど、眉毛だけならいけたかなと思う。コルセットよりは短時間で武装できたのに。
「リディントン様、どうされたのですか?」
エリーが心配そうに私を覗き込んでくる。エリーはナチュラルだけど隙のないメイクをしていて、ノーメイクの私をそんなに間近で見つめられるといたたまれなくなる。粉っぽいメイクが多い現世だと珍しいツルンとした肌。薄暗い部屋でも分かるくらい張りがいいけど、原材料は何を使っているのかしら。
「いえ、その、エリーの肌がなめらかできれいなので、思わずどぎまぎしてしまって・・・」
「まあ、リディントン様・・・うれしい・・・」
エリーはお化粧を褒められて嬉しかったみたいでもじもじし始めたけど、治療してほしい割にあまり腰が痛そうにみえない気もする。
「あの、エリー、腰の具合はどうですか。まだ痛みますか?」
「大丈夫です。リディントン様、すっかり元気なので、その、少しくらいでしたら、は、激しくしていただいても・・・私・・・」
「えっ?」
ますますもじもじしているエリーの腰はなんの問題もなさそうだったけど、すっかり元気ならなんで本格的なマッサージをご所望なのかよくわからない。
「あの、やっぱり今日は治療をやめて、様子を見ましょうか?」
「そんなっ・・・やはりリディントン様も、本当は胸の大きな女性でないと・・・」
エリーはかなりショックを受けた様子で、脈絡のないことを言った。
「なんでそうなるのっ!・・・いえ、失礼しました。確認しますが、私とスザンナの間には、本当に、何もありません。スザンナには治療をしたことさえありません。先程説明したとおりです。」
私は必死に弁明した。あの怖いギルドフォード夫人がなんと言おうと、エリーが私を信じてくれれば『リディントンが女中に手を出しちゃった事件』は問題なく片付くはず。
「・・・婚約を守るリディントン様の律儀さを疑っているわけではないのですわ。ただ、女性としての魅力で勝負になると、どうしても私は・・・」
「エリーは魅力的な女性です。自信を持ってください。」
やたらと謙虚な侯爵令嬢を私が励ますと、エリーはまたもじもじと体を動かした。
「・・・そ、それなら、今日もその、『治療』、していただけますか?」
さっきから論理的なつながりがはっきりしないのだけど。背はあまり変わらないのに少しだけ上目遣いで私を見つめるエリーの目は、何かを訴えているみたいだった。
「えっと・・・わかりました。治療を始めましょうか。」
やっぱり腰が不安なのかもしれないし、気休めでもマッサージしてあげようと思う。ノリッジでもマッサージに夢中になって必要以上にされたがる親戚は多かったし。
「・・・はい・・・」
エリーはまたもじもじとガウンに手をかけると、動きを止めて、なんだか手伝ってほしそうに私を見た。
「手伝いましょうか?」
「は、はい・・・」
ちょっと顔をそむけるエリーを手伝って、ガウンとドレスを脱ぐのを手伝った。
「コルセットも、でしょうか・・・」
「はい、治療のとき腰に負担になりますからね。前回と同じで、シュミーズはそのままで大丈夫です。」
私が前回手伝ったからかエリーもあまり抵抗はなさそうで、薄暗い部屋でもコルセットとオーバースカートはスムーズに外せた。
「それではペチコートを外して、うつ伏せに寝そべってください。」
いつになくスムーズなプロセスに私が満足していると、エリーは何か言いたげに私を見つめた。今日はエリーの瞳がやたらと雄弁でびっくりする。
「あの、わがままなのですけれど・・・」
「どうぞ、遠慮なくおっしゃってください。」
自分からマッサージを望んでも、慣れないとやっぱり不安があるのかな。エリーの腰は元気みたいだから、痛いようなことにはならないけど。
「できればリディントン様の顔をみながら、その・・・うつ伏せよりも仰向けで・・・」
「仰向け、ですか?ちょっとむずかしいですね。」
上品な侯爵令嬢だとうつ伏せに寝る機会が無いだろうから、やっぱり仰向けに寝たいのかもしれないけど、それだとマッサージが成立しないから私が困る。
「・・・ごめんなさい、私、何も知らないのに出過ぎた真似を・・・」
「いえ、何事も経験が少ないと不安になりますよね。今日はうつ伏せで、私に任せてください。」
エリーはなんだか顔を両手で隠すようにしながら、うつ伏せに寝そべった。
前回も思ったけどエリーはきれいな体幹をしているのよね。ダンスも上手だと思う。
「体から力を抜いて、楽にしてくださいね。痛かったら教えてください。」
「・・・わ、私、リディントン様が思っているよりも頑丈ですから、きっと大丈夫です。」
何か覚悟したようなエリーの返事を合図に、私はベッド脇に立つとマッサージを始めた。




