XXXIV 針子アンヌ・ポーリーヌ夫人
私とマダム・ポーリーヌが睨み合う展開にしびれを切らしたのか、ヒューさんが調停に入ってきた。
「ルイーズ様、お気持ちはわかりますが、女性が男装するための衣装を作ってもらう方を探すのに我々も苦労いたしました。採寸の間だけでもしばしご辛抱いただけると幸いです。マダム・ポーリーヌ、紹介にもあったように、ルイーズ様はジェントルマンの家のご出身であなたより身分が高い。レディとしての扱いを心がけてください。」
まあ、ヒューさんがそこまで言うなら我慢してあげてもいいけど。
マダムはシワがよったまま、解釈しづらい表情をしていたけど、一拍おいて私に向かって頭を下げた。
「ルイーズ様、失礼いたしました。スレンダーな方にはスレンダーな方に似合う格好をしていただきたいと思っておりましたが、気遣いが足りませんでした。」
ヒューさんが釘を刺したからか、さっきよりマダムの言葉遣いが丁寧になっている。
「そうだよルイス、悪いことばかりではないだろう。君のちょっと物足りない体型のおかげでどれだけの人間が助かるか考えて・・・待て、落ち着くんだルイス、足はダメだ!」
男爵は手の平マッサージは気に入ったみたいだけど、アンソニーを目撃してから足マッサージ恐怖症になったみたい。手を足の方向に伸ばすだけで牽制になるからとっても便利。
さてと、レディらしく私もマダムに謝らないとね。
「マダム・ポーリーヌ、王都でスタイリッシュな仕立てが流行っているのは私も聞いていました。意見を求めておきながら逆上してしまってごめんなさい。でも、これから仕事中は男の従者として過ごすわけだから、自由な時間くらいは女の子らしいソフトな格好がしたいなと思っているの。シャープな服は従者としてたくさん着ることになるし、それはマダムにお願いすることにするわ。」
「ありがとうございます。せっかくメリハリの効いた綺麗なお顔立ちをしているのに、ぼやっとした服装では引き立たないのではと思い、私も出すぎた真似をいたしました。」
綺麗なお顔って、マダムもお世辞が上手みたい。
よく見るとマダムの顔も思ったほどシワが気にならないし、目がきつい気がしたのも気のせいかもしれない。
「ありがとう、綺麗なお顔のマダムに言われると、ひときわ嬉しいわ。」
「承りました。私は日々肌や唇に気を遣っておりますが、ルイーズ様は素材が素晴らしいのですから、それなりのお召し物を着るだけでだいぶ違うはずです。」
職人気質なマダムみたいだけど、この人は信頼できる気がしてきた。
「マダム、あなたとはうまくやっていける気がするわ。では、採寸をお願いしようかしら。」
男爵とヒューさんに目配せをする。
「わかった。ルイスの変身を見られないのは残念だが、無理をして見たいかと言われればそうでもないから、モードリンと隣の部屋に待機しているよ。」
「ちょっと・・・」
ここは「ちょっと見てみたかったけど」って言うところでしょう?そう言われても怒るけど。
「それじゃあ、フランシスを残していくから、何かあったら頼むといい。」
「ちょっと!」
男爵のこの感覚がわからない。私だって一応レディだから、少年の前で着替えるのは大いに抵抗がある。フランシス君は見るからに同年代なのに、私の荷物をチェックさせたりとか、男爵の意図がわからない。
「男爵、フランシス君が武術の達人で私の命が狙われているならともかく、私の着替えに同僚が同伴する意味がわかりません。ドアの前で待ってもらっていてください。」
「やれやれ、神経質なお姫様だね。」
男爵は苦笑すると、ヒューさんとフランシス君を伴って部屋を出た。
「それでは始めましょうか、可愛いルイーズ様。」
優しい目をしたマダムが、シワひとつない笑顔を向けてきてくれた。
「お願いするわね!」
制服の仕立てだって仕事の一部よね。なんだか従者デビューに向かっている気分になって、少しワクワクした。