CCCXLVII 命令者ルーテシア・ラフォンテーヌ
宮殿を出る決心をした私としては、アメリアに会えたことは心強かった。昨日マージの提案を却下しちゃったから、私の周りで脱出プランを理解してくれそうな人がいなかったのよね。
とにかく、スタンリー卿がしつこさを発揮して今日も来てくれることを期待しつつ、自力で脱出手段を考えないといけない。兄さんの王都にある下宿先は細かい住所を忘れちゃったけど、確かセントメアリー通りだったと思う。そこまでいければスタンリー卿やダービー伯爵家関係者と連絡をとれるはず。
そんなことを考えながら私は衝立の配置をすこし帰ると、さっと入浴用のワンピースを脱いで体を拭いた。さっきみたいに訳のわからない理由で男性がお風呂部屋に入ってくるかもしれなかったから、いくらアメリアが廊下にいても油断はできなかった。
「(おい、そこをどけ、てめえら。・・・ったく、なんで俺が風呂になんざ・・・)」
廊下から低い声がかすかにきこえた。
ほら、やっぱり!!
私は慌てて下着とシュミーズを身につけると、コルセットを手に持って、少し逡巡した。
このまま無理やりドアを開けて侵入されるとしたら、コルセットをつけている時間はない気がする。衝立があるから、着替えるところまで着替えて上着を羽織ればなんとかごまかせるかしら。髪が乾いていたのは不幸中の幸いだけど・・・
なんでさっきからこんな危機ばっかりなの!?
「(お風呂は予約してないと駄目だよ!?その前にあんただれ!?)」
スザンナは一応防衛してくれるみたいだった。宮廷で『あんただれ』って言えるのもすごいと思うけど。
とりあえず私はコルセットを一旦諦めると、男性向けの白いリネンシャツを羽織って、アンダーブリーチを履いた。ストッキングは間に合うか怪しい。
「(俺様は半島の征服者、グリフィス・ライスってんだ。よく覚えとけ。この俺様に予約が必要なものなんてねえ。今すぐ扉を開けてもらおうじゃねえか。)」
野蛮人だった。
確か家畜志望だったから、お願いすればおとなしくしてくれるかもしれない。でもこの格好は見せられないし、そもそもルーテシア・ラフォンテーヌの格好と全然違うから判断がつかないかも。
私は急いでホースが二つ繋げられた形の、白いズボンみたいなものを履いた。マダム・ポーリーヌに頼んだ通り、王子たちみたいなピチピチじゃなくて少し余裕のある作り。サスペンダーで留める。
「(でも今ルイス様入ってるからダメだよ!?無理に入ったら叫ばれて耳がダメになっちゃうよ?)」
耳が駄目になるなんて大げさだけど、とりあえず入浴中の女性の部屋に男性をいれてはいけないってことはスザンナも理解しているみたいだった。さっきの男爵達はなんだったのかしら。
私はスムーズにシャツのボタンを留め終わった。
「(ルイス?・・・ああ、新任のあのちっこいリディントンのことか?)」
え、野蛮人と『ルイス・リディントン』に接点はなかったと思うけど・・・
私は疑問をいだきつつも、シルバーのジレを身につけると、さっと白い革のブーツに足を通した。マダム・ポーリーヌの格好に合うブーツが用意されていて、サイズもぴったりで私はちょっとうれしくなった。
嬉しくなるような場面じゃないけど・・・
「(ほ、他の方が入浴されているのですから、どうか、どうかまた、機を改めてお越しくださいませ。その、お湯の準備などもありましょうから、後でゆっくり・・・)」
ここにきて初めてアメリアが参戦した。ちょっと声が震えている気もする。野蛮人は目つきが怖いから怯えちゃったかしら。こうしてみるとスザンナの度胸は大したものだけど、大体は間違った使い方をされるのよね。
私は鮮やかなブルーの上着を身につけて、装飾の豪華な銀ボタンを留めた。
「(はん、男同士なら気にしねえだろ。むしろヘンリー王子の従者なんざ、裸を見られて喜ぶ変態かもしれねえ。いいからさっさと入れやがれ。面倒くせえから、残り湯を使ってやってもいいぜ。)」
そういう変態も確かに王子の側にいるけど、私は違う。
そして私の残り湯を野蛮人に使われるなんて、そんなことは絶対に許さない。
白ブーツの靴紐は縛り終わって、私は銀の入った白のスカーフをネクタイみたいに締めた。結果論としてはコルセットをしている余裕だってあったみたい。しょうがないけど。
私は大きく息を吸った。
「ライス様、ルイス・リディントン様は入浴を終えお帰りになり、現在は私がこの部屋を使っています。入ってきてはなりません。」
「(その声はラフォンテーヌか!?入れてくれ、おめえに話があんだよ!!)」
ラフォンテーヌは声で識別されたみたいだけど、リディントンと同一人物だと思われたら面倒だと思う。いつ脱出できるかにもよるけど。
話があるからって女性のいる風呂場に入ろうとするのはご法度だと思う。でも野蛮人にそんな洗練された説明は無用ね。
「ライス様、踏まれたければ目隠しをしなさい!!」
「(ガッテンでえ!)」
なんだかすごく嬉しそうな声が廊下から響いてきた。
「(ほらよ、もう目隠ししてっから、さっさと入れてもらおうじゃねえか。)」
廊下で『ほらよ』って言われても困る。
「アメリア、ライス様は目隠しをしているの?」
「(は、はい、たしかに・・・あの、ライス、様、踏むとか、聞き間違いかと思いますが、お嬢様とは一体どんなご関係で・・・)」
そういえば私はレミントン家では足踏みマッサージを披露したことがないのよね。女性が男性の前で靴を脱ぐのはご法度だから、アメリアが戸惑うのは分かる気がする。野蛮人の場合は靴を脱がなかったけど。
私は今履いているブーツの裏側がどうなっているか、少し確認した。
「(俺様は、いわばラフォンテーヌの誇り高き家畜ってやつでよ。)」
「(か、家畜・・・?)」
「そのやりとりもういいから、とりあえず入ってもらって。私は着替え終わっているから。」
ドアが開いた。私は覚悟をした。