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CCCXLVI 理解者アメリア・バーロウ


私を載せた男爵の馬車がノリッジを発ったのは月曜日だったはず。今日は土曜日だから、あれから5日経っただけ。


それでもアメリアの顔は何年も見ていないような気がした。ノリッジからの長旅で疲れたのか、少し頬がこけているような感じもする。それでも見覚えのあるブルーグレーのロングドレスは、控えめだけれどパリッとしていて、締りのないスザンナの格好とは対照的だった。


「・・・アメリア、あなたの顔を見るの、なんだかすごく久しぶりな気がするわ。男爵に頼んではみたけど、ほんとに呼んでもらえるなんて思ってなかったから、もうびっくりよ。」


「お嬢様、ほんとに・・・ご無事で何よりです。このような逆境の中、健気なお嬢様の可愛らしいお姿・・・ひと目見ることができただけでも、わたくし、心からうれしゅうございます・・・」


アメリアの赤褐色の瞳が涙で揺れているみたいに見えた。いつもよりもお化粧ののりが悪いみたいだけど、男爵はアメリアに化粧直しできる控室くらい用意してくれたかしら。


「泣かないで、アメリア。もう聞いた?私、無罪になったのよ?お父様とお母様も、少しは安心したかしら。心配でお父様の髪の毛がこれ以上寂しくなったら悲しいわ。」


「・・・大旦那様は驚いていらっしゃいましたが、わたくしもエグバートも王都からの知らせを受けてすぐに馬車に飛び乗ったのです・・・早くお嬢様の麗しいご様子をご報告しないと・・・」


雇い主のお父様よりも私を気にしてくれるのはアメリアらしいけど、両親が私の今の状況をどう思っているのかは分からないのは残念だった。いつも落ち着いた喋り方をするアメリアだけど、私の無事を確認できたからか少し興奮しているみたいで、もともと高い声が甲高くなっていた。


「そう・・・エグバートも来ているの?」


「はい、ですが、宮殿に入る許可がわたくしにしか降りませんでしたので・・・」


そういえば男爵に頼んで呼んでもらったのは、メイドのアメリアとシェフのドミニクだけだった。この宮殿の残念なセキュリティ体制を思い出すと、エグバートがドミニクのふりをすれば入れたと思うけど。


「エグバートにはリクエストを出さなかったのよね、ここにいる間は自由に出歩けないし、勝手にリアルテニスするわけにもいかないから。でも身の回りの世話をしてくれるアメリアは、ほんとに恋しかったの。話し相手もいないし。あと、私のいるところはほんとに男の人ばっかりで、そこにいるスザンナはほら、スザンナだし・・・」


「そうだったのですね・・・お嬢様の清らかなお心のうち、察するにあまりあります・・・」


アメリアはじっとスザンナの胸を見つめて、悲しそうな顔をした。


「いや、スザンナはそれ以外もいろいろ規格外だけど・・・そういえば、ドミニクは来られそう?」


「いいえ、残念ながら。天使のようなお嬢様が去った後、レミントン家はほんとうに暗いところになりまして、ゴーティエは晩餐だけでも旦那様と奥様を元気づけてさしあげたいと申しておりました。可愛いお嬢様に会えないことはひどく残念がっていましたが、わたくしにメッセージを託して、なくなく馬車を見送ったのでございます。」


やっぱりお父様もお母様もひどく落ち込んでいたみたいだった。無罪の連絡で少しは気が晴れたかしら。男爵からの事務連絡はもちろん、今ごろ私の書いた手紙も届いているといいのだけど。


「そう、お父様達を心配する気持ちはわかるわ。ドミニクの料理は恋しいけど、二人の気が晴れるならそれでいいの。ただ、ドミニクのパンナコッタで食いしん坊の従者を買収するはずだったのよね。どうしたらいいかしら。」


「お嬢様の類まれな閃きによって生まれたデザートですね!あれは絶品でございます!あれで従者を味方につけるとは、ルイーズお嬢様らしい天才的なお考えです!」


パンナコッタは私の『考案』前にもう現世に存在したみたいで、完全にオリジナルじゃないけど、でもドミニクのパンナコッタは一段上の絶品だと思う。


「ね、ねえ、ルイス様?なんかこの人、おかしくない?」


さっきまで黙っていたスザンナが、少しうろたえたような目をして私達の会話を遮った。



あなたに言われたくない。



「何を失礼なことを言っているの、スザンナ!?何がおかしいのか分からないけど、ともかくアメリアにとっては初めての宮殿なのよ?緊張するに決まっているでしょう?それにアメリアは化粧映えのする顔立ちだから、ちゃんと着飾ればスタイリッシュな感じになるのよ。メアリー王女や姫様の周りと並んでも浮かないわ。」


「お嬢様!!わたくしなどにそんな言葉をかけていただけるなんて、このアメリア、もう明日死んでも悔いはありません!」


今はショールを被っているけど、アメリアのストロベリー・ブロンドは髪にうるさいマージも黙らせた美しさ。私は自分のストレートヘアに自信を持っているけど、ナチュラルにカールしたアメリアの髪は、下ろすとほんとに天使みたいに綺麗でちょっとうらやましくなる。


「いや、そういうんじゃなくて・・・あたい、あんまり地方のお金持ちのこと知らないけどさ、そんないちいちおべっか使うもんなの?」


「チューリング様、お言葉ですが、お嬢様が天使のように可愛らしいのは客観的事実にございます。」


「もう、アメリアったら!」


レミントン家のメイドが私に気に入られても、私には使用人の給料を上げたりする権限はなかったから、アメリアはスザンナと違って正直なだけだと思う。


「かわいいって、ルイス様見た目はかわいいけど・・・んー、なんかもういいや。そういえば天使って男だよね。今のお仕事、ちょうどいいね!」


「ちょっと!!スザンナはどれだけひねくれたら気が済むのよ!!・・・ヘンリー王子も頑固に間違いを認めないし・・・あれ、アメリアは私のこの格好を見ても驚かないのね?」


男爵から説明があったとは思うけど、主人が宮殿のお風呂でウィッグを被っていたら、覚悟していても普通は驚くと思う。格好っていっても、ワンピース一枚で深い湯桶に入っているからシュールなだけだけど。


「お嬢様、今のようにたとえ少年のご格好をされようと、お嬢様の女性としての美しさは少しも衰えないどころか、むしろ粗い短髪のウィッグがお嬢様のお顔を引き立てております!」


「アメリア・・・実は私もちょっとショートヘア試してみたかったの。マージも驚いたあとはそれなりに気に入っていたわ。あの子は私が髪を切ったと思って最初はパニックだったけど。」


「・・・ルイス様、とりあえず体拭いたら?」


スザンナに言われて、そういえば桶に入ったままだったことを思い出した。


「そうね、そろそろ出ないと・・・あれ、桶に入るときは踏み台があったけど、中に踏み台がないから出られないわ。」


かなり深い桶に飛び込んだはいいけど、自力で出られなさそうだった。


「お嬢様!!なんということでしょう!!健気なお嬢様に桶の壁をよじ登らせるなんて、嘆かわしい・・・」


「ルイス様、木の踏み台、桶の中にいれたげるから、後は頑張って!」


スザンナはビジネスライクだけど、たまにこのテキパキ感が心強いこともある。


「ありがとう・・・これで桶からは出られそうだけど、今度は床に堕ちるのが怖いわ。」


「ルイス様わがままだよ!自分のことは自分でできないとさ。とくべつにもうひとつ踏み台もってきてあげよっか。」


スザンナはもったいぶってから、桶の外にも踏み台を用意した。私は踏み台から踏み台へふらふらと飛び移ると、ポタポタと水滴をこぼしながら、無事にリネンの敷かれた床に着地した。


スザンナが桶を片付ける間、アメリアが体を拭くリネンを広げてくれていた。


「髪はもう拭いてもらったの。だから後は自分でできるわ、アメリア。迷惑かけてごめんなさい、スザンナ。でも私だって別に入りたくて入ったわけじゃ・・・待って、スザンナ、私を騙して深い桶に入れたのはあなたじゃない!!なんで私が謝らないといけないのよ!!ごまかさないで!!」


そういえばアメリアに会えたショックで一瞬だけ忘れていたけど、さっきのスザンナの蛮行を許すわけにはいかなかった。


「ルイス様が勝手にごまかされただけだし、あたいは男爵に言われたことをしただけだし・・・」


スザンナはいつもどおり全然反省しなかった。こういうときアヒル口なのは、私を煽っているように見えたりもする。


「私、あなたのせいで何度も貞操の危機を迎えているのよ!?危機感が足りないわ。」


「なんということでしょう・・・麗しいルイーズお嬢様にお使えする栄誉を忘れて、みすみすと危険に晒すとは・・・」


「・・・ルイス様、とりあえず服着たら?できたての制服がここにあるよ?」


スザンナに警告が通じないのはいつものことだったけど、今回はスザンナに頼りっきりでもないから、私が言うことを聞く必要もなかった。


「私はさっきまで着ていたすみれ色のドレスに着替えるわ。アメリアの選んでくれた、私のお気に入りよ。マダム・ポーリーヌの制服はとりあえずもらうけど、着る予定はないわ。」


「お嬢様、わたくしが涙を堪えて選んだ、裁判期間中のご洋服、きていただけていたのですね。宮廷で支給されたものを着るばかりと思っておりました。このアメリア、感激しております。」


アメリアは私への支給品が紳士服ばかりだったと知っているのかしら。


「ルイス様、さっき男爵様が、王子様の数学の時間にルイス様が出るって言っちゃったから、男のかっこで行かないと探されちゃうよ?」


そういえば男爵がそんなことを言ってヘンリー王子をなだめていた気がする。女性の影におびえていた王子はそんな譲歩をしなくても撤退したはずなのに、余計なことをしちゃったと思う。


「・・・儀式を無理やり見学しようとしたあの王子のことだから、確かにそのリスクはあるわね。アメリアはどの馬車で来たの?」


王子が一人で女性のトラウマと戦っている間に私が逃亡できる可能性もあった。


「ウィンスロー男爵閣下の用意した馬車、と聞いておりましたが。」


「そう・・・」


今日はまだスタンリー卿とコンタクトが取れていないから、逃亡しようにもまだ移動手段がない。私はため息をつきたくなった。


「それにしても、お嬢様の世話係が、まさかあれほどのイケメンでいらっしゃるとは・・・」


少し顔を赤らめたアメリア。スザンナと違ってちゃんと審美眼がある。


「そうなのよ、男爵は議論の余地なくイケメンよね。アメリアが気づいたかわからないけど、あんなに渋い雰囲気をだしつつ、肌はけっこう綺麗なのよ?ずるいと思わない?」


「気づきましたとも!ちょっと影を帯びた危うさもありますし、お嬢様のタイプど真ん中じゃありませんか!!」


アメリアは私とイケメン談義をするときだけ言葉遣いがすこしナチュラルになる。


「危ういのがタイプってわけじゃないけど・・・でも男爵は内面がブラックなのよね。もちろんいつもの格好もブラックだけど。」


「あのお方には黒服が似合うじゃありませんか!黄色なんて着られたらちょっとがっかりです!」


「・・・ルイス様、とりあえず服着たら?」


なんだか呆れたようなスザンナの声で、私はさっきから床を水浸しにしていたことに気づいた。


「そうね。ヘンリー王子が捜索隊を出したら困るし、とりあえず今はマダム・ポーリーヌの服を着ることにするわ。ふたりとも一旦部屋を出ていて。あとアメリア、スザンナは最悪のタイミングでドアを開ける癖があるから、私が呼ぶまで注意深く見守っておいて。」


「・・・お嬢様。ご苦労をされていらっしゃるのですね・・・わたくしにお任せください!」


アメリアはスザンナを引っ張るようにして廊下に出た。


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