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CCCXLII 狩人ジェラルド・フィッツジェラルド


俺はランゴバルドに気付かれないように距離をつめた。狩猟に慣れた俺なら、これくらいのことは朝飯前だ。


だが、ランゴバルドに近づけば近づくほど、どうも疑わしく思うことが増えてきた。



こんなに頭が長かったか?



スカーフに包まれた頭は不自然に細長かった。ランゴバルドの顔をじっくり見たことがない俺は、魔女をスカーフでしか判別していなかったが、これだけ独特の頭の形をしていれば印象に残ったはずだった。ランゴバルドのスカーフを何者かが奪って被っているのだろうか。


悩んでいると、ランゴバルドらしき女が連れの女に何か話しかけるのに気づき、俺は息を潜めた。


「スザンナ、アンソニーとコンプトン先輩はいいとして、前から言っているけどモーリス君を『喘ぐ人』って言うのは今度からやめてあげて。ただでさえ本人も反応を気にしていたのに、なんだか申し訳なくなるから。」


言っていることの意味がわからないが、アンソニーとモーリスの名前が出ていた。高貴なアンソニーを呼び捨てにしているとは、やはりこの女は魔女か。魔女にしては、声はけっこうかわいい。ルイザもこんな声だといいなと思う。


俺はひっそりと距離を詰めた。


「うーん、じゃあ、『ぽけーっとする人』でいい?」


魔女の連れは恰幅のいい、なんだか鈍そうな女だった。遠目では筋骨隆々にも見えたから女用心棒かと警戒していたが、そこまでの戦闘力はないとみた。頭が回るようにも見えない。


あとは細い方の女がランゴバルド本人だと確認できれば、連れの女は放置して魔女をこのまま西棟に連れ去ってしまえばいい。甲冑姿の俺なら、指魔法ははじけるはずだ。


「モーリス君ってマッサージの後も『ぽけーっ』って感じはしないじゃない?せめて『ほわーっ』とか・・・違うわ、もうちょっといいオノマトペないかしら。」


なにやら失礼なことを考えているようだが、モーリスは無事だろうか。魔の東棟にいるモーリスは、アンソニーのようになっていないか心配だが・・・


だが今は任務が先だ。とりあえず、この女がルクレツィア・ランゴバルドであるという確証がほしい。名前を出せば連れが動揺するだろうか。


「・・・ルクレツィア・ランゴバルド・・・」


俺はぎりぎり二人に聞こえる程度の声でつぶやいた。


「えっ、何?」



・・・



名前を呼ばれて振り返るとは、どこまで単純な魔女だ。


この魔女にアンソニーがやられたと思うとなんだか泣けてくる。だが、これで乱暴に連れ去っても良心が傷まない。


改めて見ると、ランゴバルドはなかなか綺麗な顔をしていたが、俺の嫌いな化粧のけばけばしいタイプだ。蒼白な肌に、不自然に赤いチークと口紅が、なんだか淫らな感じに浮いている。化粧のせいで年齢を判断しづらい見た目だ。


でも、けっこう大きめの形の良い目はきれいだなと思う。ルイザと同じ明るい茶色の瞳をしている。ルイザと比べると、ランゴバルドはエキゾチックに目の輪郭がくっきりしている。あと、ルイザよりも眉毛が濃いな。ルイザと違って髪はシルバーブロンドだろうか。


顔に注目するとルイザ似でなかなかの美人だが、スカーフにかくれたおでこが広すぎて、全体の印象は全然美人ではなかった。ルイザより体型は女性らしいが、俺はそんなの気にしない。


「逃げるわよ、スザンナ!!」


ランゴバルドは逃げ出した。おそらく甲冑姿の俺の走力を見誤っているのだろう。


俺の鍛錬を馬鹿にするとは上等だ。


「待ってルイ、ひゃっ・・・」


「スザンナ!!」


慌てて逃げ出そうとしたせいか、ランゴバルドの連れの女はすぐに躓いた。中庭は消火作業のせいでぐちゃぐちゃになっている。素人が走り回れる環境じゃない。


俺は連れの女を助けようとするランゴバルドに向かって走り寄った。


「スザンナ、バスケットを貸して!」


ランゴバルドは逃げるよりも連れの女を助けることを優先したようだが、俺はランゴバルド一人しか狙っていないからありがたい。さっき名前を呼ばれて振り返ったくらいだ、きっと深い考えはないだろう。


バスケットを手にしたランゴバルドは、白い布のようなものを取り出し、俺に向き合った。


なんだ?この魔女は指魔法の使い手のはずだが、布をどう使うつもりだ。


「えいっ!」


俺のヘルメットに向けて、広げられた布が投げかけられた。


「なっ!!」


甲冑のヘルメットはそこまで小回りが効かない。なんとか布の端を手で掴んだが、大きな布は俺の視界を覆うのに十分だった。


「スザンナ、足をすくって!!」


「わかった!」


足をすくうだと?逃げるのではなく、甲冑で防護されている俺を倒すつもりなのか?


必死で布を目から払おうとしていると、足に何かが当たる感覚があった。


「いたあいっ!!!」


どうやら連れの女が俺の足を蹴ったようだった。甲冑があるのに、無駄なことをする。


それより布が外れない。布の一部をランゴバルドに持たれているみたいだ。


前が見えないし、甲冑のせいで布がどこにあたっているのか感覚もない。全体像のつかめない布に対して俺は苦戦していた。


「膝狙って、膝!!こんな感じで!」


近くでランゴバルドの声が響き、膝の裏の部分に衝撃がくる。


「ぬあっ!!」


なんだ、今のは?


痛いとも思わなかったが、膝が俺の意思に反して曲がってしまう。なんだか積み木が倒れるような感じで、俺は目隠しをされたまま地面に倒れた。


一体、なんだ!?何が起きたんだ?


「重いやつの下敷きになるところだったわ・・・スザンナ、この人の足を高く上げて!」


「んっ、重いよこの人!」


目隠しのまま倒れている俺に近づいて、女二人は俺の足を持ち上げようとしているようだった。甲冑で起き上がるのは一苦労だ。それを防ぐのを狙っているのだとすると、意外と頭がいいのかもしれない。


今はそれどころじゃない。


「何をするっ!!」


足を動かして必死で抵抗する。勝算はある。甲冑を着ているのだ。片足を持ち上げるだけでも、女手には大変なはずだ。


「逃げましょう、スザンナ!足は諦めて。」


案の定、ランゴバルドは逃げることにしたようだった。


今度こそ捕まえられると思っていたが、甲冑で起き上がってから追いかけるのはちょっとキツイだろうか。今回は引き分けだ。


「ねえ、これ騎馬用の甲冑だから、お股の部分開いてるよ!!魔法でムギュッと堕としちゃって!!」



・・・恐ろしい一言に、俺の体はすくみあがった。



「なっ、なんだとっ!?」


「絶対に嫌っ!いいから逃げるわよスザンナ!」


ランゴバルドも乗り気じゃないようだが、たしかに寝そべったとき甲冑には弱点があった。思わず慌てて手で防護する。


騎馬用じゃなくても、どうしてもトイレの都合で取り外しがしやすいデザインになっているのだ。立って戦っている分にはいいが、こうして仰向けになってしまうと弱点がさらされてしまう。


でもそこは攻撃しないのが騎士同士の暗黙の了解なのだ。そんなところを攻撃したら騎士として一生の汚名を背負うことになる。だから心配ない。



・・・と思ったら今回の相手は魔女だ!



たぶん男のルールなんて配慮してくれない。そんなところに魔法をかけられたら、もうどうなっちゃうだろうか。俺、まだ童貞なのに、そんなことって・・・


「もう、今日だけで二回も狙われるなんて、しかも今朝も今も相手の顔が確認できな・・・」


ランゴバルドはやっぱり騎士道精神があるのだろうか。弱点がバレているのに攻撃してこなかった。


今のうちに起き上がらないと・・・


俺がバタバタしていると、去ろうとしていたランゴバルドが足を止めたのがわかった。


まさか気が変わったのか!?


俺はまた慌てて手で防御をした。


「あ、足だけ革靴!?」


ランゴバルドの少し間の抜けた声が響いた。


足を狙われるとは思わなかった。足の甲は完全防御がされているが、倒れたときのことなんて考えていなかったから、足の裏を魔法から護る準備はしていない。


「スザンナ!足を掴んで!」


「わかった!V字にするの!?M字にするの!?」


・・・さっきから連れの女が恐ろしいことを口にする。俺は震えが止まらなくなっていた。


「よせっ!!やめろっ!!変態っ!!」


そんな格好で、魔法であんなことやそんなことをされたら、俺は・・・


「そうじゃなくて!靴を脱がせましょう!」


どうやら魔女は足の裏に落ち着いたようだった。一安心・・・



待て、このままだと指魔法でアンソニーみたいになってしまう。それは絶対に嫌だ。



「くっ!!離せっ!!」


俺は必死に対抗したが、脱ぎ履きがしやすい靴を履いていたせいで、魔女に簡単に靴を奪われてしまった。俺の足の裏が、ランゴバルドの前に無防備にさらされる形になる。



目隠しをされたままだったが、襲いかかる魔法の恐怖に、俺は思わず目をつぶった。


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