CCCXXXIX 乱入者コナー・マクギネス
「うぐあああああああああっっ!!!」
私が足の親指の付け根付近にあるツボを鋭く押すと、甲冑を着た男は悲痛な叫び声を上げた。甲冑の中で声が反響しているみたいで、耳が痛くなりそう。
「このあたりは?」
「・・・ぐあっ、・・・やめろおっ!!!!・・・」
身をよじろうとして甲冑のせいで身動きができない男が、鈍くジタバタしている。
重い甲冑を着て歩いているこの人は、体重と地面の間で足が押されているから、足の筋肉が固くなって血管も圧迫されているはず。そうなると、足裏マッサージはかなり痛い。
命を狙われている私としては、全然かわいそうだなんて思わないけど。
「降参する?」
「・・・うぐっ・・・この程度の痛みっ・・・たえてみせるっ・・・俺は・・・あがっ・・・」
甲冑の顔の前を布で覆っているからか、声はなんだかくぐもっていて、すこし不気味に響く。見た目は滑稽だからそこまで怖くないけど。
「あなたの名前は?」
「・・・おのれっ・・・魔女め・・・俺が・・・うっ・・・この俺が、この程度の魔法に・・・くうっ・・・く、屈すると・・・思うなっ・・・」
仰向けのままつらそうに悶えるせいで、甲冑がギシギシ音を立てている。
「誰に言われてここに来たの?」
「・・・この俺が・・・あぐっ・・・せ、成敗してやる・・・こっ・・・この・・・命にかえて・・・アーサー様を・・・おおっ・・・お、お守り・・・」
仰向けに寝っ転がって目隠しされた状態で強がられても、あんまり説得力がなかった。あなたのアーサー様は素直にマッサージされてくれたのに。いや、素直じゃなかったけど最終的には喜んでもらえたと言うべきかしら。
でもこの人はなかなか自供してくれない。
「とりあえず、これに懲りたら私を狙わないでほしいんだけど。」
「・・・ぐふっ・・・馬鹿にするな・・・島の誇りを・・・はがっ・・・俺を倒しても・・・くっ・・・第二第三の・・・」
「どこの悪役よ!!」
「ぐああああああああああっ!!」
突っ込んだ勢いで、小指の近くの痛い場所に指が入った。
スタンリー卿の甲冑で遊んだことがあるから覚えているけど、甲冑のヘルメットは基本的に頭で支える形式だから、首と肩に負担が大きいのよね。狙うなら、それぞれに対応した反射区のある親指の付け根と小指の付け根。
今は痛いはずだけど、明日になったら体が楽だと思うし、なんなら私に感謝してくれたっていいと思う。
「私を狙わないと約束できる?」
「・・・うう・・・あが・・・し、しぬう・・・」
ヘルメットと布のせいで表情は把握できないけど、このままアンソニーみたいに交渉できなくなったら困る。残念だけどさっきから交渉になっていないし。戦略を変えないと。
多分この人は内臓なんて悪くないけど、内臓とつながっている土踏まずの真ん中あたりの部分を深く押していく。
「・・・く・・・あっ・・・なんやこれっ・・・くあ・・・力・・・入らな・・・ひぎっ・・・」
さっきより甲冑男の声が落ち着いてきたと思う。体のプルプルとした振動でジャラジャラ音を立てていた甲冑も、今は少し静かになった。
足つぼマッサージは最初は痛いけど、慣れてくると『痛気持ちいい』という人もいる。個人差があるのよね。
「私と金輪際関わらないこと。イエス?それともノー?」
「・・・ふがっ・・・脳みそ・・・溶けるっ・・・よくも、おまえっ・・・俺を誰だと思ってっ・・・」
「だから誰なのよ!?」
私は甲冑で顔も見えない男を見下ろしながら尋ねた。
「・・・くっ、魔女に名乗る気は・・・うあ・・・俺の・・・俺のたましい、がっ・・・やばい・・・」
足つぼマッサージと魂にどんな関係があるのかわからないけど、効果は出ているみたいだった。
「とにかく、私に関わらないと約束できる?」
「・・・う・・・あ・・・もうあかん・・・体がっ・・・体が、俺のじゃなくなってっ・・・かはっ・・・親父・・・じいちゃん・・・あ・・・島のみんな・・・ごめんな・・・」
なんだか辞世の句みたいなのを詠みだしたけど、大丈夫かしらこの人。でもくまさんのときはあっさり全条件を飲んでくれたのに、この人は粘ってくる。
「・・・まさか・・・この俺が・・・魔女に・・・あ・・・あん・・・アンソニー・・・俺も・・・一緒・・・に・・・」
切なそうな声でアンソニーの名前が出たから、この人はアンソニーの恋人のジェラルド・フィッツジェラルドでほぼ間違いないと思う。
声が弱々しくなって、足にも力が入らなくなっているみたいだから、そろそろスパートをかければ、安全にこの人の顔を観察できるかしら。
「・・・あ、ルイザ・・・」
ふとフィッツジェラルドがつぶやいた名前に、私は驚いて手を止めた。
そういえばこの人は、ルイザ・リヴィングストンの認証式に警告の花束を送ってきたはず。ルクレツィア・ランゴバルドとルイザ・リヴィングストンが同一人物だってことは把握しているのね。
やっぱり、私はさっさと宮殿をでないといけない。昨日スタンリー卿に連れ出されたときに出なかったのが今になって悔やまれるわ。
「・・・う・・・きれいな・・・ルイザ・・・」
「・・・え、そう?綺麗だと思う?」
フィッツジェラルドは私が目隠しをしたから私のことは見えないはずだけど、はじめに見た私が綺麗に見えたのかもしれない。
思い出すとアンソニーも初対面のとき可愛いと言ってくれたし、このカップルはけっこう高感度高いかもしれない。やっぱり敵の良さを讃えられるなんて立派よね。
「聞いた、スザンナ?見る目のある人が見ればマリー・アントワネットも綺麗に見えるのよ。妖怪ばばあなんて言うのはスザンナくらいよ?」
「ルイザ・・・俺は・・・俺は・・・」
何か最後の力を振り絞るような感じで、フィッツジェラルドは拳を握りしめて何かつぶやいた。前が見えないはずだけど仰向けのまま頭を上げて、筋肉をふるふるさせている。
「どうしたの?やっぱり痛かった?」
「・・・もお・・・だめ・・・」
がしゃんと音がして、フィッツジェラルドは頭を地面に打ち付けて動かなくなった。
「大丈夫かしら・・・スザンナ、ヘルメットを取りましょう。チェックしないと。」
最後はちょっと痛そうだったけど、さあ、アンソニーの恋人はどんな顔をしているのかしら。マッサージ後のアンソニーみたいに原型をとどめていなかったら意味がないけど。
「若!!ああ、若っ!!若を離せっ!!」
急に声を上げて、西棟の方から私に向かって走ってくる人がいた。前世の映画に出てきたホビットみたいな、背の低い小人みたいな男の人で、やっぱり森の小人みたいなグリーンの服を着ている。まだ若いみたいだけどサンタさんみたいな赤いひげをはやしていて、なんというかキャラが濃い。
一件怖そうではないけど、片手を服に手をいれたまま走っていて、あそこからナイフか何か取り出されたら怖い。
甲冑のヘルメットを外すのは意外と大変で、私は逃げるほかに選択肢がなかった。
「逃げましょう、スザンナ。悔しいけど仕方ないわ。」
「はいよ、ルイス様。」
私達は走った。
スザンナの重さからくる逃げ足の遅さを私は心配したけど、森の小人は倒れているフィッツジェラルドの方に向かって私達を追いかけて来なかった。
私達が北棟につくと、事前に連絡が行っていたみたいで、門番が無言で入れてくれる。国王陛下が不在だからだと思うけど、北棟の中はあまり照明がなくて、昼間なのに少し暗かった。
「危なかった・・・今ので汗をかいて、体に毒なお化粧が目とか口に入ってしまったらまずいわね。スザンナ、さっさとお風呂に行きましょう。」
「あいよ、もう準備できてるってさ。」
スザンナの先導で部屋をいくつか突破しながら北棟の奥に向かうと、横のドアが開いて見覚えのある黒い影が現れた。
「ルイス!?ルイスなのかい?一体何をしているのかな、そんな目立つ格好で!!」
焦っていたせいか少し髪の乱れた男爵は今日もイケメンだった。声もよく通ってる。マイペースじゃないときの男爵はいつもより少し目が開いた感じがしていいと思う。今みたいにニヤつきがない渋い男爵は貴重なのよね。もうちょっと部屋が明るければ堪能できるのに。
でも男爵はシルエットも様になるからいいと思う。全体像を見ると、同じイケメンでもちょっと細いモーリスくんや、がっしりしすぎたヘンリー王子よりも均整がとれている気がする。マージは私は顔しか興味がないって言っていたけど、そんなことないんだから。
「お化粧は今から落とすから関係ないわ。これはもともと変装だったの。それより、私を狙ってきたのはジェラルド・フィッツジェラルド本人で間違いないみたい。甲冑を着ていたのと、相手に応援が来ちゃったから。顔は確認できなかったけど。」
「そんな危険な目にあってまで顔を確認してどうするんだい?フィッツジェラルドの肖像画は取り寄せられるし、顔を隠して襲われたなら逃げる役にも立たないよね。」
男爵は私を心配してくれたみたいだったけど、私には私の言い分があった。
「ノリッジまで追いかけてきたら怖いじゃない?宮殿を出たらフィッツジェラルドを知っている人はいないだろうけど、暗殺者の顔が分かれば周りの人にも警戒してもらえるわ。」
「まだ辞任する覚悟でいるのかい、ルイス?ルイスが危険人物になってしまった以上、ヘンリー王子が全力で応援してくれるここが一番ましな場所だよ?」
男爵はともかくヘンリー王子の誠意を疑う気はないけど、そもそもあの王子の警備自体に問題があるのよね。
「ヘンリー王子は警戒心が足りないし、今朝殺されそうになって『私が安全を保証する』って王子に言われてから数時間後にまた甲冑を着た男に襲われたのよ?ヘンリー王子周辺に警備面で当てになりそうな人がいないし、ここが安全だとは全く思わないわ。」
「男爵様、ルイス様ね、甲冑着た相手まで魔法で倒しちゃったんだよ!!もうあんあん言ってたよ!!」
興奮気味のスザンナが報告する。さすがにあんあんは言っていなかったと思うけど、今の私はフィッツジェラルドの名誉に関心がなかった。
「ロアノークがモードリンを連れて行ってくれればよかったんだけどね・・・それにしてもルイス本当に、想像を超える器の大きさだね。そんな道化師のような格好で甲冑をきた相手を倒すとは・・・」
男爵は本気で感心したみたいで、男爵が目を見開いたところは見ごたえがあったけど、でも聞き捨てならない表現があった。
「ピエロ!?妖怪の次はピエロなの!?もう少しはフィッツジェラルドを見習ってほしいわ。さ、スザンナ、さっさとお化粧を落としに行きましょう!急がないといけないんでしょう?」
「え?あ、うん、そうそう!!忘れてたけど、はやくお風呂に入らなきゃ!お肌がおばあちゃんになっちゃいよ!!」
スザンナはあのピンチのせいで私のお肌の危機をすっかり忘れていたみたいだったけど、思い出してくれたみたいで男爵に目配せをした。
「・・・そのようだね、ではまた、ありのままのルイスに会えることを楽しみにするよ。しかし目が慣れればその装束もなかなか・・・」
「もうフォローはいらないわ。よく考えたら、この格好はもともとフィッツジェラルドを騙すための変装だったのに、結局見破られちゃったし、もういいとこなしね。さあスザンナ、早くお風呂で落としましょう。」
からかわれるのは予想していたけど、男爵の反応にちょっと落ち込んだ私は、しずしずとスザンナの後についてお風呂に向かった。




