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CCCXXXVIII 提案者スザンナ・チューリング


東棟と北棟は直接行き来できるようになっていないみたいで、スザンナは私を連れて南棟に渡ってから下に降りて、荒れた中庭を通って北棟に行く、というかなり遠回りのルートを巡った。


「今朝はこの中庭でタルトを持ったドナ・エルヴィラを見かけて・・・あ、そういえば男爵の執務室にヘンリー王子を放っておいたままだった気がする。大丈夫かしら。」


私がいなくてもヒューさんもいたし、他の従者は来ると思うけど、ブランドンに見つかっていたらややこしいのよね、


「さっき目がうつろになる人が王子様がいないって騒いでたけど、静かになったから見つかったんじゃない?」


「目が虚ろになるって、まさかコンプトン先輩のこと?独特なニックネームをつけられても困るわ。」


スザンナが私のマッサージへのリアクションであだ名を決めているのはなぜかしら。


「スザンナ、アンソニーとコンプトン先輩はいいとして、前から言っているけどモーリス君を『喘ぐ人』って言うのは今度からやめてあげて。ただでさえ本人も反応を気にしていたのに、なんだか申し訳なくなるから。」


「うーん、じゃあ、『ぽけーっとする人』でいい?」


「モーリス君ってマッサージの後も『ぽけーっ』って感じはしないじゃない?せめて『ほわーっ』とか・・・違うわ、もうちょっといいオノマトペないかしら。」


「・・・ルクレツィア・ランゴバルド・・・」


「えっ、何?」



思わず声のした方向を振り返ると、全身甲冑姿の男が立っていた。鈍い銀色に輝く甲冑は蛇腹の多いタイプで、手の甲や肘のあたりなんかは蛇の鱗みたいに細かいパーツで覆われていた。胸に植物模様の修飾があって、いかにも高価そう。息ができるようにヘルメットの口の部分はすこしくちばしのように尖っていて、目と口の部分に縦に細かいスリットが入っている。顔は見えない。



正確に言えば男か女かはわからないけど、でも声からして男だったと思う。甲冑のせいでコーホーと息をする音が聞こえて、声も反響してちょっと怖い。


ちょっとじゃない。



「逃げるわよ、スザンナ!!」


甲冑を着た人相手なら、私はまだ逃げられる気がしていた。本当は東棟に戻りたいけど甲冑男の方向とかぶるから、全速力で北棟に駆け出す。


私は髪型も服装もいつもと違うし、布の位置も調整したし、スカーフまで被っているのに、何がきっかけでバレたのかしら。私だけで逃げてスザンナが捕まったら何をされるかしら。


「待ってルイ、ひゃっ・・・」


「スザンナ!!」


普段の言動からサバイバル能力が高そうな気がしていたスザンナだけど、体が重いせいか走るスピードは遅いみたいだった。甲冑男は甲冑のせいで動きは鈍いけど、思ったより身動きがとれるのか一応走れるみたいで、このままだとスザンナに追いつくのは時間の問題だった。走るのに邪魔な剣や槍は持っていないみたい。


私の身代わりでスザンナが殺されるなんて、そんなのは嫌!


「スザンナ、バスケットを貸して!」


私はよたよた入るスザンナのバスケットをひったくると、中にある体を拭くためのリネンを取り出す。ちゃんと長いやつ。


「えいっ!」


私は甲冑男のヘルメットをめがけて、バイザーの部分を塞ぐようにリネンを叩きつけた。甲冑は見るからに視界が狭そうだったから、それを遮れば逃げられそうな気がした。


甲冑男のヘルメットは顔をそむけたりするのに向いていないみたいで、私が広げたリネンは顔の正面を塞ぐ形になる。


「なっ!!」


「スザンナ、足をすくって!!」


「わかった!・・・いたあいっ!!!」


意外にも冷静なスザンナは甲冑男の右足を蹴ろうとしたけど、硬い甲冑に足の甲をぶつけるだけに終わったみたい。


「膝狙って、膝!!こんな感じで!」


後ろに回った私は、甲冑のつなぎ目になっている膝の裏の部分を足で押した。


「ぬあっ!!」


甲冑男の声がヘルメットの中で反響して、ドサッと私の方向に倒れてくる。私はどうにか避けられた。


「重いやつの下敷きになるところだったわ・・・スザンナ、この人の足を高く上げて!」


私はリネンでヘルメットの視界を遮るように縛った。甲冑はただでさえ起き上がるのが大変なはず。足の位置が高ければなおさら。


「んっ、重いよこの人!」


「何をするっ!!」


男が足をジタバタさせて、スザンナが怪我をしないか心配になる。甲冑姿で追いかけてきておいて、今更『何をするっ!』って言われても困るのよね。


「逃げましょう、スザンナ!足は諦めて。」


私は立ち上がるとスザンナの手をとった。でもスザンナはなぜか走り出そうとしない。


「ねえ、これ騎馬用の甲冑だから、お股の部分開いてるよ!!魔法でムギュッと堕としちゃって!!」


「絶対に嫌っ!いいから逃げるわよスザンナ!」


「なっ、なんだとっ!?」


スザンナの破廉恥なコメントに仰向けの甲冑男は慌てたみたいで、前世のサッカーのフリーキックでディフェンダーがとるようなポーズをとった。


自分のプランが却下されたことに納得がいっていない様子のスザンナを立たせて、私は手を引いた。


「もう、今日だけで二回も狙われるなんて、しかも今朝も今も相手の顔が確認できな・・・」


私はふと立ち止まった。


待って、ヘルメットを外せばこの暗殺者の素顔が分かるかもしれない。でも今ヘルメットを外したらせっかく前が見えなくさせた意味がなくなる。


私は起き上がろうとまだジタバタしている甲冑男を振り返った。


「あ、足だけ革靴!?」


足の甲は鉄の甲冑で覆われていたけど、足の裏は革になっていて、革靴の上に防護用の鉄板を吊るしていただけみたいだった。それで走れたのね。


この人がジタバタしていて誰も助けに来ないところを見ると、仲間が隠れている、なんてこともないと思う。


私は名案を思いついた。


「スザンナ!足を掴んで!」


「わかった!V字にするの!?M字にするの!?」


「よせっ!!やめろっ!!変態っ!!」


カタカタ音を立てている甲冑男が必死そうな声を上げる。


「そうじゃなくて!靴を脱がせましょう!」


さっきの王太子殿下は足裏マッサージをされても平気そうだったけど、それは私が手加減をしたから。ツボを狙えるなら色々と効果が期待できそう。


「くっ!!離せっ!!」


甲冑男は見えない私を蹴ろうと頑張っていてちょっと怖かったけど、靴はバックルでとめるタイプだったから王太子の紐靴ほどの手間はかからなかった。タイツに覆われた右足が顕になる。


私はツボの位置をさっと推測して、親指を当てた。


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[一言] 足裏は本当に痛いんだよな〜
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