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CCCXXXIV 訪問者ロドリゴ・ゴンザレス・デ・プエブラ博士


俺とノリスが王子様のお部屋に突入したとき、床には泡を吹いて気を失っているブランドンがいるだけで、王子様は今日お召しになるはずだったシャツやタイツを残して姿をお見せにならなかった。


「王子様!!どちらですか!?王子様あっ!!」


「コンプトン、ゲイジ達を呼んで、一緒に探すといいと思うんだ!」


ノリスは王子様を置き去りにして逃げてきたみたいだけど、あんまり反省していない感じだった。


「さっき会ったギルドフォードに探してもらってる。ゲイジはどこにいるか分からないから、俺たちで先に王子様をお見つけしよう!」


俺たちは庭園や東棟を歩き回ったが。王子様はいらっしゃらない。


「おうじさまがみつからないんだ・・・こうなったらリディントンの大声を使うんだ!」


「駄目だノリス!王子様は偽リディントンにつれ去られたみたいだし、そもそも俺と王子様を滅茶苦茶にしたリディントンは絶対にゆるさない。」


リディントンは絶対、王子様をたぶらかす偽リディントンとつながっているはずだ。昨日みたいに王子様と従者をへなへなにして、偽物と入れ替わって、王子様の純潔を奪うに決まってる。頼るなんて絶対したくない。


それにリディントンくらいの大声だったら俺だってだせる。


「王子さまあっ!!」


「(その声は、コンプトンか?)」


遠くからかすかに王子様のお声がした。落ち着いた感じで、そんなに困っているような感じではいらっしゃらない。


「一階だノリス!早く行こう!」


「でも、洗面所も厨房もさがしたんだ。」


「ううん、まだウィンスロー男爵の執務室が残ってる!」


男爵はなぜか東棟に部屋を持っていた。そこに王子様がお入りになるとは思わなかったけど、そこしかない。


俺はちょっと足の遅いノリスを置いて、ウィンスロー男爵の執務室に走った。


「王子様、ご無事ですか!!」


「(無事だ、コンプトン。モードリン、ドアを開けてほしい。)」


なんだか王子様は衛兵と一緒みたいだった。特に問題はなさそう。


ドアがゆっくり開く。


「探させてしまって済まないな、コンプトン。心配をかけたか。」


奥の肘掛け椅子から立ち上がった王子様は、爽やかな笑顔をお見せになった。起きたばかりの格好にガウンを羽織ったような服装でいらっしゃるけど、リラックスされていて、特に慌てて男爵の部屋にお隠れになったみたいには見えなかった。


「めっそうもありません!王子様がご無事でよかったです!こちらにおいでなのは、男爵に御用がおありですか?」


「いや、私の部屋でひと悶着あった。いきなり脱ぎだして挙動不審だったチャールズが落ち着くまでの間、ここにいるようにとリディントン達に誘導された。私としてはとどまってチャールズの事情を聞いても良かったように思うが、ハーバート達が妙に不安そうだったので、ひとまず申し出を受けただけのことだ。心配するようなことはなにもない。」


王子様はお優しいから、部下を安心させるためにとりあえずご避難されたみたいだった。


でもなんで避難したのかは納得できない。


「ブランドンが挙動不審?脱ぐのはいつものことではないのですか?」


「それもそうなのだが、今日は少し決意に満ちた顔をしていた。チャールズが取り乱した様子だったのは私も心配している。」


ここでブランドンが泡を吹いて気を失っていたのを報告すると、王子様にご心配をおかけしてしまうかもしれない。


「と、とにかく、王子様のご無事が一番大事です。ブランドンも落ち着いた・・・というか、とりあえず危なくはないので、お部屋にお戻りになりますか。」


「そうしよう。チャールズとも話し合わないといけないだろう。モードリン、このまま去っても構わないか。」


王子様はガウンをお整えになると、俺と衛兵と一緒に部屋からご退出されようとした。


「王子さまっ!!偽リディントンはどこにいるのっ!?」


少し息を切らしたノリスが部屋に入ってきた。そういえば王子様がおかわりないのに気を取られて、女の偽リディントンのことをすっかり忘れてた。


「偽リディントン?・・・ああ、それなら心配ない、ノリス。偽と言うのは失礼だ。あれが彼または彼女の本来の・・・いや、『本来』という言葉の使い方は実に難しい・・・あれは彼または彼女が真に望む姿であって『偽』ではなく・・・いや、『偽』という者たちの考えもわからぬではないが、褒められたものではない・・・」


「王子様っ!偽リディントンは女装したリディントンじゃなくて、絶対別人の女なんだっ!許しちゃだめなんだっ!」


ノリスが言うように、もし王子様が謎の女を女装版リディントンだと思い込んだままお過ごしになれば、スキを突かれて純潔をねらわれちゃうかもしれない。


「心配ない、ノリス。別人だと思うのも無理ないが・・・リディントン自身は別人扱いを望んでいるのだろうか・・・うむ、大変悩ましい。」


王子様は俺には分からない難しい議論をされているけど、身近に女がいるかもしれないのに落ち着かれている王子様の御姿にはびっくりした。


「お、王子様?女が近くに迫っているかもしれないんですよ?なんで落ち着いていらっしゃるのですか!?」


「心配ない、コンプトン。彼女は女であって女でなく、リディントンであってリディントンでないのだ。事情を説明したいのだが、本人に確認をとってからでないといけないだろう。二人共、今は何も聞かずに私を信じてほしい。」


「・・・わかりました、王子様。」


俺とノリスは困ってお互い顔を見合わせた。王子様が信じろとおっしゃるなら俺たちも信じないといけない。


ノリスが言っていたように、王子様は偽リディントンが女じゃないと思い込みになられたいだけかもしれないけど。


「おほん、此処に、ウィンスロー男爵、は、在られる、哉?」


異国風の訛りがある声がして、俺たちが振り返ると、片眼鏡をかけて頭がつるつるのおじさんが立っていた。


あんまり高貴にみえないし、見たことがないけど、なんで東棟に入れるんだろう。


「プエブラ博士か。ウィンスローは不在だが、急用なら衛兵に言伝を頼んでも構わない。」


王子様はこの人をご存知みたいだ。


「此れは、ヘンリー王子、殿下、でしたか。此の偶然の邂逅、光栄、ですな。ノリス殿、も、息災と、お見受けする」


驚いたようなおじさんは、なぜかノリスまで知っているみたいだった。


ちょこんとお辞儀するノリスに少し悔しい気持ちになる。ノリスはこの外国人とどこで知り合ったんだろう。


「要件は私達に話すのは難しいか。モードリンは信頼のおける衛兵だが。」


「滅相も、有りませぬ。単に、ルイザ・リヴィングストン、が、暫く姫様の局に居ると、お伝え願う。」


「承りました、プエブラ博士。」


衛兵は特に驚いた感じじゃなかった。ルイザ・リヴィングストンって男爵の手下かな。


「ルイザが・・・?」


少し上ずった王子様の声がした。



えっ?



思わず俺とノリスが振り向くと、王子様が少し困ったお顔をされていた。




ルイザって女の名前なのに、女の人と4年間会っていない王子様が、なんで!?




「如何、為さった哉?」


王子様の女嫌いを知っているのか、プエブラ博士も驚いた感じだった。


「・・・いや、義姉上はリヴィングストンのことをどれだけご存知かと思っただけだ。」


「成程。素性は、詳細に、知らざれども、共に過越し、具に観察し、信頼に、足ると、判断した、次第で、ありますな。南の、遣り方。ですぞ。」


ルイザが信頼できるかとか、南のやり方がどうかとか、俺は興味がない。でも俺達は王子様がとっさにファーストネームで女の人を読んだことに驚いたままだった。


それと会話にキャサリン様が登場したから、どうやらつるつるおじさんは南のお役人みたいだ。


「そうか、リヴィングストンはもちろん信頼に足る人物ではあるが、素性についても、問題はまったくないのだが、ただ観察しただけでは分からない事情があることは間違いない。風呂で観察するなら問題はないのだが。」


「風呂・・・です哉?」


ちょっとまって、なんで王子様が女の人の入浴の話をしているの!?


「王子様、目をお覚ましになってください!!女をお風呂で観察するなんて・・・」


「・・・いや、女ではなく・・・しかし、難しい。済まないコンプトン、わけのわからないことを話しているように聞こえるだろうが、リヴィングストン本人と合意が取れるまで詳しくは話せない。繰り返しになってしまうが、やはり私を信じてほしい。コンプトン達が心配しているようなことは一切ない。」


王子様は言葉を慎重に言葉を選ぼうとされていて、俺達はますます混乱した。


「リヴィングストン、に、問題、在ります哉?」


「いや、プエブラ博士。リヴィングストンは素晴らしい人物で、私が喜んで推薦を書こう。ただし、義姉上の寝室にだけは入らないようにと、関係者各位に伝えてほしい。それと、後でノリスを通じて、枢機卿に手紙を届けたい。よろしいか?」


「善く、心得、ました。」


さっきから俺たちの知らないリヴィングストンの話が進んでいて、なんだか俺は居づらかった。


それと枢機卿はもともと南の出身だから、このおじさんに話を通すのはわかるけど、なんでノリスが関わるんだろう。枢機卿は確か大陸にいるはずだから、ノリスが関わってもしょうがないし、そもそも伝令はあの影の薄いウッドワードの役割なのに。


「ではモードリン、言伝を頼む。ノリス、コンプトン、私はプエブラ博士ともう少し話しがしたいから、先に部屋の準備を頼めるか。まだだったら先に昼食をとっても構わない。探させてしまって済まなかった。」


「・・・とんでもないです。わかりました、王子様。お部屋でおまちしてます。」


俺はいまひとつ納得できないまま、ノリスと一緒にウィンスロー男爵の部屋を出ることになった。



女かもしれない偽リディントンに、王子様が信頼を置かれているのはなんでだろう。女嫌いでいらっしゃる王子様が、いつもお側にいる俺の聞いたことのない女の人をご存知でいるのはなんでだろう。推薦状までお書きになるなんて。



「わかんない・・・ややこしいよ・・・」


「コンプトン、とりあえずお昼ごはんなんだ。」


なんだか難しいことを気にしないみたいなノリスに連れられて、俺は食堂に向かった。


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