CCCXXX 糾弾者ロバート・ラドクリフ
私が駆け寄るとアーサー様は少し安心されたようなご様子になられたが、それでもいつもよりお顔が赤く、目のご様子もぼんやりされていることにお変わりはなかった。いつもはきちんとした身なりでおられるのに、グリフィスのマントを大雑把に纏っておられるのも不自然に拝見する。
どうみてもいつものアーサー様ではいらっしゃらない。
「アーサー様、一体何があったのですか?何か怪しいものを盛られたのですか?」
「いや、ミス・ラフォンテーヌに・・・妃のお医者さんに・・・診てもらっただけで、薬は飲んでいないよ。それに、元気になると言ってもらえて・・・」
「何をおっしゃるのですか!どう見てもお元気では・・・」
私が改めてアーサー様のお顔をよく見ると、確かにいつもより生命力があるようにも見える。
考えてみれば、汗をかかれ息を弾ませておられるアーサー様など、一度も拝見したことがなかったので動転した。しかし動悸や息切れがひどいようにも見えず、特に不健康なご様子ではない。
では、なぜなのか?
「アーサー様、いつもの殿下でいらっしゃらないのはなぜですか?涙で目まで赤くされて、一体何が起きたとおっしゃるのですか?」
「いや、その・・・恥ずかしくて・・・詳しくは言えないのだけど・・・」
恥ずかしくて言えない、とは一体何事か。アーサー様は言葉通り恥ずかしそうなご様子でいらっしゃったが、南の医者か付添いの人間が何か無礼なことをしたのだろうか。プエブラ博士が余計なことを言った可能性もある。
「アーサー様、詳しくなくて構いませんので、大まかに何が起きたか教えていただけませんか。」
「・・・その・・・とても・・・気持ちよくしてもらって・・・」
気持ちよくされた?確かに殿下のお顔はいつもよりリラックスされたご様子ではあった。リラックスしすぎていて心配になるくらいでもある。
「気持ちよくされた?一体誰に、何をされたのですか。」
「だから、恥ずかしいから、詳しくは言えないよ・・・ルーテシア・ラフォンテーヌ女史に・・・いろいろしてもらって・・・」
ルーテシア・ラフォンテーヌ・・・キャサリン妃とプエブラ博士から推薦のあった女医か。アーサー様が秘密にしたがっていることを問い詰めるのは憚られるが・・・
しかし、本来ならアーサー様に何か起きれば、キャサリン妃の立場が微妙になり南が困るはず。なぜ南の人間がアーサー様と部下二人に、人には言えないようなことをしているのか。
「いろいろ、ですか・・・ところでお召しになっているマントはグリフィスのものですが、アーサー様にふさわしくありません。ブランケットの代わりでしたら今すぐに用意しますので、少し失礼します。」
「あ、駄目だよロバート!」
アーサー様が弱々しく制止なさる直前に、私はマントを取り外してしまっていた。
思わず絶句する。
「・・・なぜ・・・なぜこのようなご格好を・・・」
アーサー様はマントの下に何もお履きになっていらっしゃらなかった。申し訳程度に布が載せられているが、玉座にこのお姿でいらっしゃるとは、昨日の晩話題になった露出狂もびっくりだろう。
「・・・私は恥ずかしくて・・・何度も断ろうとしたのだけど・・・最後は気持ちよさに抗えなくて・・・」
アーサー王太子は恥ずかしがっているご様子で、さらに顔を赤くなさっていた。
まさか・・・
「殿下、大事なことですので、今一度お伺いします。ルーテシア・ラフォンテーヌはアーサー様のどちら・・・いえ、どこにとはおっしゃらなくて結構です・・・一体どういった動作をしたのですか。」
「・・・その、じかに触れて・・・こう・・・さすってもらって・・・」
いつもより息が荒い、顔の赤くおなりになったアーサー王太子殿下のご様子は、お言葉にもまして雄弁だった。
やはりか・・・
私は思わず天を仰いだ。
南の送り込んだ『女医』は当然キャサリン妃に仕えている。リネカー医師の診察とは全く別の目的と持っていた可能性を考えておくべきだった。
アーサー様はキャサリン妃のところに久しくお渡りがない。初夜もうやむやであったと聞いている。南の国がアーサー様のご能力に対しその疑惑を持ったとしても、許しがたいが不思議ではなかった。
しかし、体調の良くないアーサー様に強引に迫り無理をさせるとは言語道断。そもそも、こちら側に通達もなく、だまし討ちで試してくるとは何たる侮辱か。
私がいたら全力で止めただろうが、純情なアンソニーと女性に手を出しがちなグリフィスは道中道連れになったのだろう。つくづくタイミングの悪い夜勤が悔やまれる。
いずれにせよ、このまま許すわけにはいかない。
「アーサー様、私からプエブラ博士に公式に厳重に抗議いたします。動機がどうあれ、これは許しがたい。この国に対する最大限の侮辱です。外交的に可能な限りの制裁を加えるべきです。」
「ロバート、抗議など必要ないよ、私も結局気持ちよくなってしまったわけだし・・・」
「アーサー様、どうかご自分を責めないでください。それは健康な男性として致し方ないことです。憎むべきは純粋に生きてらっしゃったアーサー様を、予告も事前相談もなしに襲わせた南の暴挙です。」
驚きが先行したが、信じがたき暴挙にはらわたが煮えたぎってくる。南は男のプライドを何だと思っているのか。キャサリン妃がその問題に興味を持つのは致し方ないことにしろ、このような『診察』は前代未聞。どうしてくれよう。
「襲う・・・?いや、確かに予告と違って、強引でもあったけど、私はミス・ラフォンテーヌに、幸せを教えてもらったことは感謝していて・・・」
「残念ながら、それはまやかしです。偽りの幸せなのです、アーサー様。」
「まやかし?」
この暴挙を以て『幸せ』を感じるとは、なんと気の毒なことか。
「はい。たしかにそうした行為によって刹那の快楽は得られるかもしれません。しかしある要素が決定的に足りないがために、ことが終わった後は空虚で満たされない気持ちになり、結局幸せは長続きしないのです。」
「私としては、今でも少しだけ幸せな気持ちが残っているけど・・・その要素、とは何かな?」
私は決意を込めて、殿下を今一度見つめ申し上げた。
「愛です、殿下。愛が足りないのです。」
南の女医にすっかり惑わされておしまいになっておられるアーサー様を、正しい方向に導いて差し上げるのは、幸せな結婚をした私の道義的義務と言えるだろう。




