CCCXXVII 報告者オズワルド・ホーデン
私は昼にとった仮眠で十分に回復できた試しがない。夜勤明けのだるい体を起き上がらせて部屋を出ると、ホーデンが待ちかまえていた。
「坊ちゃま、先程サー・クリストファーがお見えになりまして、礼拝の都合でアーサー王太子殿下の出発が延期になった件は私どもの方から説明させていただきました。」
「済まない、ホーデン。サー・クリストファーが気分を害されなかったことを願うが。」
魔女の件を経て急に当直を願い出たのは私で、仮眠をとっていることも当然周りには伝わっていなかっただろう。
「いえ、昨晩から宮殿はてんやわんやでございますから、サー・クリストファーにもご理解いただいたようにお見受けしました。」
「そうだと良いのだが・・・」
「それはそうと、坊ちゃま、サー・クリストファーが火事の晩、南棟で脱ぎ捨てられていたマントを拾ったそうで、ウィロビー閣下のものだろうとおっしゃっています。ご確認できましたら、本人に渡してほしいとのこと、伺っております。」
ホーデンが渡してきたのは、我がラドクリフ家の財政事情では手に入らない上等そうな生地のマントで、いかにもアンソニーが持っていそうな逸品だった。
しかし、ウィロビー家の紋章がない。
「アンソニーの持ち物にはマルタ十字が縫い込んであるはずだが。そもそも脱ぎ捨てるなど普通ではありえないな。昨日の避難中に何かあったのか・・・」
「いえ、Wのマークがあったらしく、ウィロビー一族のサー・クリストファー曰く、ウィルトシャーのウィロビー家が使う『W』ではないかと。」
ホーデンは話しながら、私にそのWのマークを見せたが、それはWにしては歪だった。
「・・・アンソニーは確かにWの意匠も使うが、これとは違う・・・これはむしろ、Lを二つかち合わせたマークではないのか。」
「なるほど、なかなか凝った意匠でございますね、坊ちゃま。そうするとウィロビー閣下のものではない、と。Lで始まる家で、Lで始まるファーストネームとなると・・・」
首をかしげるホーデンとともに、私は寝起きの頭に鞭を打って候補を考えた。
宮殿に入れる家で経済的に余裕があるところでいくと、レーンフォックス家、ロングヴィル家、レナード家、ラムレイ家・・・リネカー医師もLで始まるがファーストネームはトマスだ。
Lで始まるファーストネームは、ルーカス、レオナード、ローレンス、ライオネル、ルイス・・・
「坊ちゃま・・・ルイス・リディントンでは。イニシャルはLLでございます。」
私の頭をよぎった答えを、ホーデンが先に口にした。
「なるほど、彼がそこまで裕福な家の出身だとは思わなかったが、たしかにマントを広げてみるとリディントンと同じように小柄で、まるで女性物のような・・・待て、黒い外套だと男女の別がわからないのではないか。」
「確かにあの日は女性も多く中庭にいらっしゃいましたが、女性がマントを脱ぎ捨てるというのはいよいよ考えづらいのではございませんか?」
ホーデンの言うように、もし女性が無事に帰宅したとしたらマントは羽織っていただろう。よほどのことでもなければ・・・
よほどのこと・・・
「・・・ルイーズ・レミントンもイニシャルはLL。あの日フィッツジェラルドに狙われて南棟方面に逃走している。これは魔女のマントではないだろうか。」
「魔女と申しますと、フィッツジェラルド様がおっしゃっていたというルクレツィア・ランゴバルドもイニシャルがLLでございますね。」
「そうか・・・しかしあの晩逃走したのはレミントンで、マントが落ちていた南棟は彼女の逃走ルートに重なる。マントを脱ぎ捨てる状況を鑑みても、候補最右翼だろう。」
しかし黒い無地のマントは魔女についてこれ以上のヒントを与えそうになかった。脱ぎ捨てたマントを取り返しに来るならば話は違ってくるが。
「待て、親切を装って、落とし物を届けるだけであれば、レミントンもやってくるのではないだろうか。私はアーサー様の周辺は動けないが、レミントンの味方か中立的な立場の人間を使えないだろうか。」
昨日剣を交えてさえいなかったら、あまり計略が得意そうでないトマス・ニーヴェットを介して魔女を確認したかったが、昨日の今日で警戒されているだろう。
「・・・ヘンリー王子殿下か、ウォーラム大司教の名を使い、代理人を扮してマントを届ける、ということは可能かと思いますが。」
「レミントンと彼らとの距離の近さが未知数な以上、下手な手は打てない。」
下手をすると本人に確認を取られる。こちらの用意した代理人に対し、魔女の代理人が取りに来たとしてもヒントにはなるが、魔女が寝取った衛兵などが送られた場合は新しい情報など特に得られないだろう。
「坊ちゃま、サー・クリストファーのもとに滞在している姪御さまが、ルイーズ・レミントンの知り合いとの情報が入っております。彼女は今日、宮殿に上がる来客のリストに名前がございます。」
ホーデンにはルイーズ・レミントンの身辺を調べてもらっていた。
「それは使える、ありがとうホーデン。彼女が魔女にマントを渡す場に、私が居合わせることができれば良いのだが・・・彼女の名前は?」
「マージョリー・ヘイドンです、坊ちゃま。父親はノリッジ選出の庶民院議員サー・ジョン・ヘイドン。母親はサー・クリストファーの姉君に当たるレディ・キャサリン・ウィロビーです。」
ノリッジか。魔女ルイーズ・レミントンはノリッジでは有名人だったようだから、ニーヴェットのようにちょっとした名士の出なら知り合いでも不自然ではないだろう。
「ウィロビー一族か・・・アンソニーに紹介してもらえればスムーズだろう。アンソニーは今、アーサー様のもとに控えているだろうから、少し様子を見てくる。ホーデンは引き続きマージョリー・ヘイドンについて調べてほしい。」
「かしこまりました。お気をつけて、坊ちゃま。」
私はホーデンの見送りを受けると、マントを手にしてアーサー様のもとに向かった。




