CCCXXII 施術者ルーテシア・ラフォンテーヌ
モーリス君のときも思ったけど、私だって嫌がる相手に無理やりマッサージをするのは好きじゃない。抵抗されると指の位置がずれてしまうのもあるけど、やっぱりたとえ安全でも無理やり怖いことをされるっていうのは気分が良くないと思う。
でも今回、王太子は冷え性が難病だと思い込んだまま弱っていっているから、強引に介入するしかない。
「殿下、それでは足の指をゆっくり回して、その付け根をほぐして参りますね。」
「・・・回す?・・・そんな無茶なことをしたら私の体は・・・」
王太子のタイツは少し緩かったけど、もとがピッチリした作りだから足の指の形はよくわかった。
足裏マッサージは、足の裏の反射区を通じて内蔵を活発にしようというアプローチもある。その場合は土踏まずもマッサージをするけど、今回は血流が滞っているのが問題だから、足の先の部分を中心に刺激を与えて血行を促進する方針で行こうと思う。
「痛くありませんからね。大丈夫ですよ。右足から始めていきます。」
私は凝り固まった足の指を一つずつほぐすように、ゆっくり回していった。タイツの上からでもこれくらいはできる。
足の指先はやっぱりかなり冷えていた。ここまで冷え性がひどいと恒常的に辛いと思う。
「・・・っ・・・」
アーサー王太子は目をつむってつらそうな顔をした。目も口もキッと一文字に閉じていて、苦難に耐えていそう。
これくらいなら痛くないはずだけど。
「少し痛いですか?」
「お辛いですか、アーサー様!?」
「・・・ち、ちが・・・」
心配する私とアンソニーの前で、王太子はまた少し苦しそうな表情を見せた。
「一旦止めますね。どこが痛かったですか。」
「・・・痛くは・・・なかったのだけど・・・食いしばっていないと、その・・・なさけない声が、出てしまいそうで・・・」
少し頬を赤くしているアーサー王太子は、モーリス君並みの羞恥心の持ち主みたいだった。昨日のヘンリー王子は『善くてたまらないっ!蕩けてしまうっ!』なんて叫んでいたけど、同じ兄弟でもこれだけ性格が違うのは面白いと思う。
「アーサー王太子殿下、ここにいるのは医者の私とアンソニーだけですので、問題ありません。情けないなどと思うことは決してありません。」
「しかし、婦人の前で・・・」
その婦人が靴を脱がせて足に触れているわけだから、今更気にしてもしょうがないと思うけど。
「これはあくまで治療ですし、王太子妃殿下もそのために私を送り込まれたわけですから、お気になさらないようお願いいたします。それに体が力むとルシヨン式医術に支障がでてしまいます。我慢しないでくださいね。」
私は足の指を動かす動きを再開した。痛くない程度で少し指をそらすような動きをいれる。
「・・・っ・・・・っはっ・・・・う・・・ぁ・・・っふ・・・」
王太子はアンソニーと比べれば遥かに控えめな声をだしていた。
「それでは付け根をもみほぐしてまいります。」
「・・・そ、そんなことをして、指がとれてしまっては・・・」
足の指と指の間にも刺激を与えながら、指の付け根をもみほぐしていく。
「・・・ぁ・・・ま、まって・・・はっ・・・ぅ・・・ん・・・」
「指を丸めないでくださいね。足には力を入れずに、だらっとさせてください。」
びっくりしたのか体をこわばらせたアーサー王太子だったけど、固く閉じていた目がうっすら開いてきていて、すこし安心できてきたみたい。
手の指の腹を使って、王太子の足の指の付け根にゆっくり滑らかに力を入れていく。
「・・・っ・・・はっ・・・あっ・・・ふっ・・・まって・・・」
「これは応急処置に近いのですが、足の血行が少し良くなってきたのがわかりますか。歩くだけでも足が刺激されて血行を促進されますからね。先ほど申し上げた通り、歩行を含む無理のない運動は冷え性対策に大事ですから。」
マッサージだけで冷え性が解決するわけではないけど、一時的でも良くなった感じを味わうのは大事だと思う。王太子は長い間ずっと冷え性だったみたいだからなおさら。
「・・・んっ・・・っは・・・ぁ・・・っ・・・」
だんだんリラックスしてきたのか、王太子の表情が少し柔らかくなった気がした。
「あと、繰り返しになりますがタイツはよくありません。靴もきつすぎますね。こうして押し込められると凝り固まってしまうのでよくありません。療養中はゆったりしたものをお履きください。もちろん睡眠中もですよ?」
タイツは個人的に見た目が好きじゃないのもあるけど、仮に『フィットして動きやすい』『ずり落ちない』というメリットを認めるにしても、部屋で療養しているはずの王太子が履いても百害あって一理なしだと思う。
「・・・わ、わかっ・・・ぁ・・・ふっ・・・あっ・・・」
王太子が最初は縮みこむみたいにキュッと閉じていた目や口も、リラックスしたのか緩んできているみたいだった。化粧の上からも、顔色が少しよくなってきたのが分かる。
「どうしても痛かったら右手を上げてくださいね。」
「・・・痛くは・・・ないのだけど・・・はあっ・・・っ・・・」
指の付け根と指の腹を刺激する動きは、足の指をひっぱったり回したりする動きよりも気に入ってもらえているみたいだった。このあたりは目の疲れにもいいから、すごく疲れた目をしている王太子には最適だと思う。
「気持ちいいですか?」
「・・・それは・・・その・・・・」
アーサー王太子は恥ずかしそうに顔をそらした。次期国王がこんなシャイボーイでいいのかしら。でもヘンリー王子みたいに堂々と裸体を見せつけられても臣下が困りそうだし、中間地点がとれるといいと思うのだけど。
「左足に移っていこうと思いますが、変えたほうが良い点はございますか。」
「・・・いや・・・今のままで良いよ・・・」
さっきまで遺言状を書きたがっていたアーサー王太子も、すっかり警戒感はなくなったみたいだった。
「アーサー様、ね、気持ちよかったでしょう!?」
意外にもマッサージ中は割とおとなしくしていたアンソニーが、王太子のタイツを整えながら感想を聞いていた。
「・・・う、うん・・・とても・・・気持ちよかったね・・・かなり、恥ずかしかったけども・・・」
化粧の上からでも王太子の頬が赤くなっているのがわかった。でも良かった。『もうお婿にいけない!』とか言われたら困ったけど、王太子はそこまでラディカルな反応を見せなかった。
そういえば王太子は既婚だった。姫様とあまり交流があるようには見えないけど。
「殿下、このルシヨン式医術だけでは不十分ですが、食生活、衣服、生活習慣を改善し、全身浴をしていたければ、殿下の症状は良くなります。」
「良かったですね、アーサー様!!」
「はは、少し寿命が伸びたかな。」
王太子はなぜかそこまで嬉しそうには見えなくて、どこか遠くを見ているみたいだった。
「殿下、そもそも冷え性は寿命を縮めません。それに殿下のように体の端が冷えるタイプの冷え性は、内臓には血が巡っている場合が多いのです。場合によっては人よりも長生きできるかもしれません。」
「聞きましたかアーサー様!!お祝いしましょう!」
「・・・そうか、私は長生きできるのだね・・・」
アーサー王太子は寂しそうな笑みを見せた。
「それは・・・困ってしまうね。」




