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CCCXX 野蛮人グリフィス・ライス


アナウンス無しでの登場だったけど、それでも王太子殿下がやってきたのに、彼の従者を踏んだままでいるのは少し外聞が悪いかなと思った。


それ以上に色々まずいけど、今はできることを一つずつするしかない。


とりあえず足を外して王太子の方に向き直ると、さっとドレスを整えて、私はお辞儀をした。


「王太子殿下、紆余曲折がありましたが、野蛮・・・ライス様はルシヨン流医術がお気に召したそうです。彼は大柄で、こちらの指示に従っていただけなかったため足を用いた特殊な施術をせざるをえなくなりましたが、王太子殿下におかれましてはご心配に及びません。」


「オイ!だからやめんなっつってんだろうが!」


足元からやじが入った。王太子殿下は呆然としていて反応がない。


「・・・アーサー王太子殿下、確かに若干見苦しいところをお見せしてしまいましたが、しかしこれにはライス様の女性に対する対応に著しい問題が」


「グ、グリフィス・・・一体どうしてしまったんだい?」


蒼白さに拍車がかかったアーサー様は、震えながら私の弁明をスルーした。王太子はもともと顔色が悪いけど、白い人と違って一応顔色の変化が分かる。


今更恥ずかしい格好に気づいたのか、足元の野蛮人は赤くなったり青くなったり忙しそうだった。


「アーサー・・・くっ・・・俺は、このハト女に抑圧されて・・・」


さっきまでおねだりモードだった野蛮人はダイナミックに手のひらを返した。マリアさんたちが見ていたのに、プライドとかないのかしら。


私はピンチを察していた。許すまじ野蛮人。


「さっきあんなに恍惚としていたのに自分に都合の良い証言だけなさるのですね。アーサー王太子殿下、彼の証言は偽りです。私がライス様を抑圧したような事実は一切ございません。」


「・・・いや、私が見た限り、明らかにグリフィスを抑えて、圧していたよね?」


目が恐怖を訴えているアーサー王太子は、私を全く信頼していないみたいだった。野蛮人は床に寝そべっているけど、抑圧は言い過ぎだと思う。


「そういう見方もあるかもしれませんが、まずライス様を制したのはそもそも女性一般及びキャサリン王太子妃殿下に対して不謹慎極まりない言動があったためです。私も身の危険を感じたため、緊急避難的にこういう姿勢をとらせていただきました。それについてはマリアさんやドナ・エルヴィラも証言していただけるでしょう。」


り!」


「ルーテシアを罪するべからず!」


勢いのある南の国の二人に押されて、アーサー王太子はたじたじと一、二歩後ろに下がった。


「・・・グリフィスが荒々しいことをしてしまったなら申し訳なく思うよ。しかし誇り高きグリフィスがこんな玩具のような扱いを受けるなんて・・・」


家畜の次は玩具。硬いし踏むだけだから、特に面白い要素もなくて、子供にはおすすめできないけど。


「殿下、この扱いはライス様ご自身がご所望なのです。」


最初は嫌がっていたけど、まあ嘘は言っていないと思う。


「そ、そんなはずは・・・本当なのかい、グリフィス?」


「うっ・・・アーサー・・・ちげえ・・・んなわけねえだろ・・・」


アーサー王太子の前で認めたくなかったのか、野蛮人は気まずそうに前言を翻した。床に寝そべったまま嘘をつく『半島の征服者』ってなんなのかしら。


「おのれ家畜の分際で御子を誑かすか!!」


マリアさんは怒っているけど、『家畜』はこの際禁句にしたほうがいいと思う。


「よくわからないけれど、ひどい言われようだね。私としてもグリフィスの不名誉をこのまま許すわけにはいかない。そういうわけだから、ミス・ラフォンテーヌ、この件については強く抗議しなければならないよ。」


王太子は珍しく強い口調で言い放った。目には怯えが消えていないけど、私に立ち向かおうとする気持ちを感じる。


いや、立ち向かわれても困るけど。南の国に強制送還とかになったら言葉もできないしすごく困る。


「殿下、誤解でございます。ライス様は嘘をおっしゃっているのです。」


「グリフィスは嘘をつかないよ。」


「・・・では、ご覧にいれましょう。えいっ!」


私はさっき反応の良かった、腰の下の部分に靴のかかとを落として、少し動かした。


「ウオッ!?・・・ヤ、ヤメロッ・・・ウウッ・・・フオオオッ!!!・・・イイ・・・」


野蛮人がまたミノムシみたいに動きはじめた段階で、私は足をどけた。


「なっ、やめんなっ!!・・・だからやめんなよ!!・・・チッ・・・続けろっつってんだろ・・・」


懇願調になってきた野蛮人から目をそらして、王太子の呆然とした驚愕した表情を確認すると、私は詰めに入った。


「ライス様、先程嘘を言いましたね。撤回してください。あなたは私に手を出そうとして制され、後に私に踏まれたいと願った。つまり私は無罪ですね。このことをアーサー王太子殿下の前で認めますか。」


「なっ・・・汚えぞ、ハト女・・・」


私の要求は当然だと思う。自分こそさっきまで偽証していたのに、鏡を見てほしい。無精髭とかを見る限り、鏡は持っていないかもしれないけど。


「ハト女呼びもやめてほしかったのですが、残念です。ではこれにてルシヨン流医術は修了ということで」


「待ちやがれっ!・・・ラ・・・ラフォンテーヌ!!」


野蛮人はなぜか身分が高いみたいだから、まあ名字呼び捨てでもしょうがないかなと思う。


「なんでしょう?」


「・・・認めてやるっ・・・アーサー、全部俺が悪かった!!・・・だから踏みやがれっ・・・今度やめたら承知しねえからな・・・」


アンソニーと共通するものがあるけど、この対応はアーサー王太子のスタッフ教育に問題があるのかしら。それとも高貴な家はこういう育て方をするのかしら。


「証言していただきありがとうございます。ですが私は南の国の人間。罵倒されながらあなたを踏む義務などないのですけど。」


ついでにいうと変態に付き合う義務もないのよね。


「てめえ、ハメやがったな・・・」


赤くなった野蛮人は床でフルフルと震えていた。ちょっとかわいそうかも。


「誠意をもって謝り、礼節を保って頼む。これはたとえ身分が違っても大事なことです。ましてや私は南の国の人間で、こちらの身分制を存じませんから。」


「・・・悪かったつってんじゃねえか・・・バカバカしい・・・」


私がスルーすると、野蛮人は不安そうに私の方にチラチラ視線を送り始めた。


「調子に乗りやがって・・・いいだろう・・・やってやろうじゃねえか・・・スマン・・・チッ・・・これで満足か・・・さっさと踏めよな・・・」


「いいえ?あと謝る相手は私とドナ・エルヴィラ、マリアさんの三人ですよ?その姿勢だと見えないと思いますがお二人は頭の延長線上にいらっしゃいます。」


寝そべったままの野蛮人の目がぎょっとしたのが見えて、アンソニーみたいで少し面白かった。似ているのは働く環境が一緒だからかしら。


「・・・くっ・・・謝りゃいいんだろ謝りゃ・・・ったく・・・・・・ゴメンナサイ・・・・・・言ったぞ、俺は謝った!・・・文句ねえな・・・」


「はい、気持ちは伝わりました。丁寧に頼んでいただければ、施術をしないこともありません。」


「な・・・この俺様に・・・く・・・・・・たのむっ・・・オ、俺を・・・踏みつけてくれっ・・・」


リクエストも含めて私の無罪が立証されたので、注文くらいは聞いて上げることにした。


「・・・オアっ?!・・・ウ・・・もっと強くたのむ・・・オッアッ・・・ウハッ!!・・・や、やめらんねっ・・・」


「アーサー王太子殿下、以上を持ちまして、私の無罪が立証されましたね。間違っても国外追放などお考えにならないよう」


「グリフィス・・・一体なぜ・・・」


私のビクトリー・ラップを遮ったアーサー王太子は相変わらず蒼白で、さっきよりも明らかに具合が悪そうだった。


「・・・アッ、アーサー・・・クッ・・・オレはっ・・・オッ!?オオオオッ!!・・・たまんねっ・・・イイッ・・・やみつきにっ・・・ンオッ・・・なっちまって・・・あの女に・・・クオっ・・・忠誠を誓って・・・ムガっ・・・こいつの・・・家畜にっ・・・」


「家畜!?」


「その表現につきましてはライス様ご自身が言い始めたことでして、こちらから関連する要求は全くしておりません。ご本人の性癖について当方では一切の責任を負いかねます。」


私は必死でフォローをしようとしたけど、アーサー王太子は悲壮感に満ちた顔をしていた。


「私は、家畜として生きながらえるくらいなら、一人の人間として死にたい。」


「殿下、発言はかっこいいですが、文脈がひどすぎます。大丈夫です、こうなりませんから、お待ち下さい!!」


何かを決意したように、マントを翻して立ち去るアーサー王太子を、私は追いかけようとした。


「待ちやがれ・・・ンオッ・・・やめねえ約束じゃねえか・・・」


「ちょっと黙ってて。」


私は少し力を強めて、グッグッと速いペースで足を動かした。


「ンオアッ!?フッオオオオオオオオッ!!!??・・・ア、アタマ、イカれ・・・ちま・・・う・・・」


「お風呂入って、態度を改めないと、次はありませんからね!さあ行きましょう、マリアさん、ドナ・エルヴィラ!」


床で力尽きたようにグッタリした野蛮人を放置すると、私は南の二人を連れてアーサー王太子を確保しに向かった。


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