XXXI 女中スザンナ・チューリング
宮殿の玄関に当たるホールはちょっとした教会よりも天井が高くて、灯篭が置かれた夜にはとても幻想的な雰囲気になっている。本物の魔女が登場しそうな雰囲気がある。
はっきりとは見えないけど、ステンドグラスが張られていて、天井には寄木細工みたいな細かい模様があるみたい。
ノリッジにはこんなに立派な建物はなかったと思う。
「すごいところに来ちゃった。」
星室庁は見せかけの裁判のための出廷だったからあんまり緊張しなかったけど、ここが職場になると思うとスケールが違う。
「とにかく慣れるのが一番だよ。それと、今日はルイスの部屋で過ごしてもらうね。ルイザの部屋はまだ片付けが済んでいないんだ。道をよく覚えておいてほしい。」
男爵は小声で耳元で囁いた。なんだかんだでこの人の微笑を見ると安心する。
私たちはそのあと、ライトアップされたみたいに灯篭が設置された廊下を歩いた。男爵は時折すれ違う人たちに挨拶したりしなかったりする。
「男爵の顔見知りの人も多いみたいだけど、新入りの小間使いとして挨拶に回らないといけないのかしら。」
「キッチンだけで百人以上の人間が働いているんだ。皆の顔を覚えている人なんて誰もいないし、ルイザ一人がひっそり加わっても不自然ではないよ。それに教会付きのスタッフはそもそも人数が少ないしあんまり交流がないんだ。」
そういうものかしら。
しばらく歩くとルイスの部屋に着いた。男爵が鍵を開けると、割と広いがらんどうとした部屋が目に飛び込んでくる。
「ちょっとだけさみしい感じもするけど、広いのは嬉しい。」
「急に決まったからね。でもベッドは良いものを用意してあるし、オーク材の執務机もある。来客と話すように、小さな丸テーブルと肘掛け椅子が二つある。化粧台は女性用のものを用意したから、普段はついたての裏に隠してあるんだ。それと暖炉はこの季節は閉めてあるよ。」
男爵が大家さんみたいに家具の説明をしているけど、大体ホテルの一室みたいなレイアウトの部屋だった。ベッドは少し落ち着かない赤茶色の天蓋付きで、革張りのアームチェアも同じような色合い。壁には木目が貼ってあって、前世でいうお金持ちのスキーリゾートに立てる別荘みたいな感じかな。無駄に広いのでちょっと寂しい感じもするけど、いい部屋だと思う。
レミントン家の私の部屋は白をベースにしてベッドからピアノまで明るい色でまとめてあったから、この重厚な感じに慣れるのは時間がかかるかもしれない。
「慣れてくれば愛着が湧きそうな感じね。それに明るい時間帯に見たらきっと気にいると思うわ!ありがとうございます、男爵。」
「それは良かった。ルイスには事情を知らせてあるスザンナという女中を一人つけてあるから、日頃の細々とした用事は頼んでもらって構わない。下男は事情を知らないから、頼みごとをするときは気をつけてくれ。」
「至れり尽くせりね!私、男爵のことちょっと見直しました!あと、その、女中さんに髪は洗ってもらえるかしら。」
恥ずかしながら現世ではずっとお手伝いさんに髪を洗ってもらっていた。でもそのおかげで前世でシャンプーしていた時よりも髪の状態はよくなっている。
男爵は微笑よりもう少しだけニヤリとした顔をした。
「ちょっとしか見直してもらえないのは残念だな。女性は美が命だというからね、何なりと頼んでもらって構わないよ。ルイスの部屋なら男の下僕に湯を運び込ませることもできる。ただ水嫌いという設定は覚えておいてね。フランシスが隣の部屋に入るから、男に言えない頼みがあったら聞くといい。」
「わかりました。」
お風呂に入るにはお湯を部屋に運ばないといけないから大変なのよね。水浴びに同行しないでお風呂を正当化するいい理由はないのかな。フランシス君が役に立つ展開はあんまりなさそうだけど。
私の労働環境については、王子の性癖といい同僚との調整といい準備不足で情報不足な感じだったけど、私の住環境に男爵はだいぶ気を遣ってくれたみたいだった。
「男爵、私嬉しいです。火あぶりの代わりにこんないい待遇で働けるなんて夢にも思っていませんでした。本当にありがとうございます。さっきはひどいことを言ってごめんなさい。」
男爵の目を見て丁寧に謝った。
マッサージが済んだらポイ捨てされるかもしれない、行き当たりばったりで頼りないかもしれない、と不安に思っていたけど、部屋に家具にスタッフにと到着までに全て揃えるのは大変だったと思う。スタンリー卿が私に恥ずかしい手紙を送り始めてから何ヶ月か経つけど、王子マッサージ計画がいつ決定したかもわからないし、準備は私が思うよりもずっと大変だったのかもしれない。
「君から折れるとは、明日は雹か霰でも降るのかな。」
男爵は相変わらず茶化しているけど、いつもより微笑が穏やかな気がした。




