CCCXIII 番人サー・エドワード・ネヴィル
中庭が昨日の火事のせいで荒れているから、私達は西棟の庭園側を通っていくことになった。
西の庭園は姫様とトマトを食べていた部屋の窓から見たことがあるけど、改めて歩くと東側と雰囲気が違って面白かった。手前は幾何学模様にキッチリ刈り込まれた植え込みがあって、奥には野菜を育てているスペースがあるみたい。
塀があるだけの東側庭園と違って、西側は二階建ての建物に囲まれていた。多分使用人のスペースだけど、物置かもしれない。西の庭園も南の方に行くと噴水の周りにバラ園が広がっているみたいで、安全そうなら辞任前に一回行ってみたい。
私がキョロキョロしているうちに南棟の北側の入り口についていた。マリアさんが門番に何か言うと扉が開く。
「お待ちしておりました、ラフォンテーヌ様、ドナ・エルヴィラ、そしてデ・サリナス様。」
なんとなく見覚えのある、鼻が大きくてそれ以外は凹凸の少ない顔をした、30代くらいの男性が私達を出迎えた。胴部分が黒で袖とスラックスは暗めのグレー、胸に十字架の飾りの入った騎士の格好をしていて、意外と様になる。トマスに薦めてあげようかしら。
確か猫のルーテシアを拾って姫様と遭遇した時に、姫様の区画を警備をしていた人だと思う。前回は胴の甲冑があっていなくて少し野暮ったく感じたけど、今回はシュッとした格好でそれなりにスマートに見える。
「お迎えいただきありがとうございます。」
相手の名前がわからないけど、とりあえずレディらしく礼をとる。
顔を上げると、騎士の方が困惑した顔で私を見ていた。
「・・・ラフォンテーヌ様、前回お会いしたときと随分印象がだいぶ違いますが・・・この国の言葉もたいそう滑らかで・・・」
私はハッとした。
私は『ルイザ・リヴィングストン』の命を狙う王太子の従者達をだまそうと、『ルーテシア・ラフォンテーヌ』の格好をしているわけだけど、この人とは『ルイザ・リヴィングストン』の格好のときに出会って、しかも『ルーテシア・ラフォンテーヌ』を名乗っていたからややこしい。
「・・・されど・・・さは・・・しかるに・・・」
私がワタワタしていると、マリアさんから援護射撃があった。
「サー・エドワード!かの風体は、ルーテシアが国辺ルシヨンにて、御前に拝するときの格別な装束なり!」
「然なり!」
絶対嘘八百だと思うけど、私は相槌をうった。ちなみに目の前の鼻の大きな人はサー・エドワードというみたい。まだ納得はできないみたいで首をかしげている。
「・・・格別・・・しかし、印象が違いすぎますので、ご本人と確認しなければ・・・」
「かのネックレスは、姫様の心もて賜りしものなり!なほルーテシアの実を疑うか!」
「左様なり!」
正体が疑われているのにネックレスで押し切るのはどうかと思うけど、今はもうプロに任せることにする。
サー・エドワードは少し戸惑った様子で、私の胸元に視線を落とした。あまり古典語は得意じゃない雰囲気がある。
「・・・ええと、『賜る』の意味は・・・確かに、王太子妃殿下のネックレスですね。おや、胸・・・いえ体つきも少し前回と印象が・・・」
「思ひ鎮めルーテシア!」
後ろに控えていたドナ・エルヴィラが、なぜか私の右腕を抑えると前に出た。
「サー・エドワード、ルーテシアが人と為りは此の方で請けしこと。姫様と南を思ひ疑ふや?」
ドナ・エルヴィラはサー・エドワードを静かに脅しにかかった。私は姫様にいい推薦状を書いてもらっているから、さすがに追い返せないと思う。
「・・・決して疑うなどということは・・・ありません。お通ししましょう。」
がっかりした様子のサー・エドワードは自分の仕事をしているだけだから気の毒だけど、一応『ルイザ・リヴィングストン』の格好をしたルーテシアとマリー・アントワネット風ルーテシアは同一人物だから、別人だと疑っている彼は間違っている。
本来は別人にしておきたいからややこしいけど。でも私は近々辞任する予定だからなんとかなると思う。
「して、ジェラルド・フィッツジェラルド、ないしフィッツウォルター男爵は日嗣の御子に侍るや?」
ドナ・エルヴィラが気になることを尋ねてくれた。
「おふたりとも不在です。フィッツジェラルド閣下は火事で火傷をされ様子を見ていらっしゃいます。フィッツウォルター男爵は昨晩夜勤に就かれ、現在はお休みです。」
私を狙っている二人が不在と聞いて、私は少しホッとした。
フィッツジェラルドが火傷したって知らなかったけど、でもそうしたら朝私に斬りかかってきたのはフィッツジェラルドじゃない、ということかしら。それだと油断はできない。
でも今の私はマリー・アントワネット風だから、不審に思われないように堂々と振る舞わないと。
「奥の応接間にアーサー様がいらっしゃいます。私はここで失礼いたしますが、何かご要望があれば付添の衛兵にお伝え下さい。扉を開けよ!」
サー・エドワードの指示で開いた扉に一歩踏み出しながら、私はなんとなく覚悟を決めた。
何の覚悟かと言われると困るけど。




