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CCCX 送別者キャサリン王太子妃


注)お化粧直しの章です。


西棟まで強引に連れて行かれた私は、割とシンプルでかわいい内装の控室みたいな部屋で、ドナ・エルヴィラとマリアさんその他スタッフ数名に化粧直しをされていた。現世だと高貴な人は自分で髪をいじったりしないけど、今回は私の変装が侍女のみなさんのエンターテイメントになっているみたい。


あまりヘンリー王子を待たせたくないけど、オレンジタルトを人質にとられている私は自由に動けなかった。一応は男爵に連絡をしてもらったみたいだけど。


「ルーテシアや、鏡をみてみよ。」


ドナ・エルヴィラから渡された鏡を見た私は、驚いて硬めの椅子から滑り落ちそうになった。


「マリー・アントワネットみたい!」


後ろにあげられた私の髪はすごくボリューム感があった。ウールでできたパッドを頭の上にピンで固定されて、そこにぶわっとあげた髪をかぶせて、後頭部で複雑に結ってもらってある。こういう髪型を前世でボンパドゥールって言った気がするけど、マリアさん達は特に名前を知らないみたいだった。


その前にマリアさんは私の髪をカールしようとしてきたけど、ストレートヘアにこだわりがある私は『かもじ!!かもじをつかうべし!!』と叫んで、どうしてもカールがいい部分はエクステンションを使ってもらった。


あとは朝よりもおしろいが濃くなっていて、少しマスカラが大人っぽいやつになったけど、もともと濃かったお化粧の方はそこまで変わっていなかった。


「マリー・アントワネット?ルーテシアのともがきか?」


誰のことかとマリアさんが首をかしげているけど、マリー・アントワネットと私が友達だったらすごいよね。


「否、古代の国の后なり。」


「あなや、かやうな髪の古代にもありけるとは。いとめづらかなるものを。」


ドナ・エルヴィラは変装のために珍しい髪型を選んだみたいで、私がこの髪型に見覚えがあったのは不本意だったみたい。確かにノリッジで暮らしているとこんなインパクトのある髪型遭遇しないけど。髪は全部見せないのがなんとなく外出するときのマナーだったし。


「髪粉は銀がよろし!」


マリアさんはさっきから銀の紙粉を表面に揉み込んでいた。私の髪色がもともと栗色だから、若干銀とは相性が悪いかなと思ったけど、鏡の中の私は確実にマリー・アントワネット度を上げていた。


「眉が栗色では・・・」


ドナ・エルヴィラがつぶやく。前世だと金髪に染めても眉毛が黒いままでアンバランスになる人はけっこういたけど、銀髪に栗色の眉の私も同じ問題が起きていた。髪粉の成分が怪しいから、眉にはあんまり髪粉を使わないのよね。


「つけ眉毛をばせむ。」


マリアさんは何かを探し始めた。現世だと眉毛を描くよりもつけ眉毛の方がポピュラー。さすがに平安時代ほどじゃないけど、はっきりした眉毛のほうがいいとされているみたい。眉毛がそこまで濃くない私はつけ眉毛を薦められたこともあったけど、ある事情で断っていた。


「・・・種は何ぞ?」


ねずみの皮衣なり。」


やっぱり!


「やだやだやだやだやだっ!!やだっ!」


現世の人は駆除した鼠の毛皮が眉毛っぽいと思うらしく、リサイクルよろしくつけ眉毛に使われていたりする。


牛革とか毛皮なんかの製品は持っているけど、鼠は嫌。ダブルスタンダードだって言われても嫌なものは嫌。


「マ、マリアさん、私の年齢で銀髪の時点で、ナチュラルな髪色じゃないだろうなって向こうもわかるから!とりあえずそんな無理してリアリティ追求しなくていいから!」


マリアさんは確かこの国の言葉ができるはずだった。焦るとさすがに古典語じゃ話せない。


「さは、いかにせむ。」


「薄い墨で灰色っぽく眉毛を描いて。水で落とせるやつでおねがい。」


炭は付けぼくろを描くのに結構使う。マリアさんはさっと筆をとって、私の眉毛をなぞりはじめた。


「マリアや、ルーテシアが胸に糸筋をば描かむ。」


「だめだめだめだめっ!!!だめっ!!」


ドナ・エルヴィラが提案したのは、現世の夜会でよくあるお化粧で、肌の白さを強調するために薄い青を筆で塗って血管を浮き立たせたりする。たまに胸の見えている部分にもやるのよね。今の私の格好だと首まで隠れているけど、着替えまでする予定だったのかしら。


今の状態でそんなことされたら、少し入れているのが分かってしまいそうだし、また私の性別を巡ってひと悶着おきそう。


「いかでかは?」


「だめなものはだめっ!・・・こそばゆし?・・・はづかし?・・・のちにこのドレス召すなりっ!・・・とにかくむつかしっ!」


片言の古典語でわめいた私はダダをこねる5歳児に見えたかもしれないけど、ドナ・エルヴィラは意外とおとなしく引き下がった。


「よろし。マリアや、白のガウンを持て。」


私は白の縁取りのすみれ色のドレスを着ていたけど、マリアさんは白っぽい上着とオーバースカートを持ってきた。化粧の終わった私が立ち上がると、ドナ・エルヴィラの監督の下、控えていた女中さんたちが私のドレスの上から上着を固定していく。


現世では重ね着は当たり前だから、そんなに不自然にはならなかった。白いつけ袖みたいなものも登場して、すみれ色のペチコートも袖もすっかり隠れて、胸元に少しすみれ色が分かるくらい。残りは前世のウェディングドレスみたいに真っ白な格好になった。


フリルやレースで飾られたり銀のアクセサリーがつけられたりしているけど、鏡にうつる私の格好は完成し始めていた。


「・・・髪が銀だと、やっぱり淡い色があうのね。」


本来の私は栗色の髪だから、そこまでホワイトは似合わなかったと思うけど、おしろいに銀の髪の今の私は、ある意味で白い人に似て、クールな感じに全体の均整がとれていた。


「よろし!姫様にご覧ぜささむ!!」


「姫様!姫様!」


マリアさんが部屋の外に駆け出していった。そういえば今朝はまだ姫様に会っていなかったけど、元気にしているのかしら。


「ルーテシアや。姫様のおなりぞ。」


姫様の部屋からはちょっと距離があった気がするけど、姫様は登場が早かった。


「ルーテシア、またの対面、いとうれしや。」


かわいい声とともに、童顔のキャサリン王太子妃が登場した。朝だからか割とシンプルな銀のドレスに青いショールをなさっている。近くにいるマリアさん達と比べて、姫様はメイクがナチュラルな感じだった。もともと肌が白くてきれいみたい。


「ありがたきしあわせ。」


レディ風に礼をとった私に、キャサリン様は少し困ったような笑いを返してくれた。この格好、あまり気に入らなかったのかしら。


「いかが召されるや。こころづきなく思はされるか?」


不安になった私に、姫様はゆっくりと首を振った。


「否、ルーテシアはいとめでたげなる。気に病むことなかれ、猫のルーテシアの昨日より見つからざるが憂しけれど、大勢にてあなぐるは、追っ付け見つからむ。」


元祖ルーテシアが昨日から行方不明になっていたみたいだった。昨日は火事で中庭が混乱していたから、何もないといいのだけど。姫様もこの様子だと朝から探していたのかもしれないし。


「気の毒に思ひたてまつる・・・」


「ルーテシアや!!我が眼鏡をば賜らむ。」


私が猫を心配していると、相変わらず粗末な格好のプエブラ博士がやってきた。手に持っているのは、前世の洋画でおばあちゃんがかけていそうな、小さめの眼鏡。


「えっ、せっかくマリー・アントワネットだったのに、そんな眼鏡かけたらコメディになっちゃう・・・」


コメディ?何を言うか、賢者の眼鏡ぞ。ささ、支度は事成りし。いざ日嗣の御子のもとへ参らむ。」


プエブラ博士としては準備万端なのかもしれないけど、アーサー様の都合はついたのかしら。


「ルーテシア、信じて待つ。はなむけを。」


かわいい顔をできるだけ真面目な表情にしてうなずいた姫様は、今回は同行しないみたいで、私に長旅の餞別みたいな言葉をくれた。姫様直々に、女中が持っていたアメジストのネックレスを受け取って首にかけてくれる。


王族にネックレスをかけてもらうって、かなり光栄なことだと思う。


「このうえなきほまれなり。ありがたき幸せ。」


そうは言っても、一回のマッサージでそんな劇的に変わるものでもないから、そんな期待されても困るけど、逃げられないプレッシャーを感じる。


結局私はアーサー様をマッサージする流れになっていた。変装のおかげで多分正体はばれないと思うけど、男爵はこの連絡を受けてどう思うかしら。


「ルーテシアや、いざ。」


マリアさんとドナ・エルヴィラが手をだしてくれている。でも私はその前に言わないといけないことがあった。


「不躾ながら、立つ前に其のタルタを賜りたく思ひ奉る。」


部屋が一瞬だけしんと静まった。


「・・・召しませ?」


みんなが戸惑うのがわかったけど、ドナ・エルヴィラは罪悪感があったみたいで、私のタルトを持ってきてくれた。


「かたじけなし!!」


私はついに柑橘のタルトを確保した。


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