XXX 旅の医者ファブリウス・パウルス
馬車は宮殿の門に到着したみたいで、ゆるく減速して止まった。タイラーさんが門番と少し話しただけで、私たちはチェックもなく敷地に入った。
夜だから様子はよくわからないけど、すごく広い中庭みたい。ちょっとした村が一つすっぽり入ると思う。四方を松明に囲まれて、何か陣地にやってきたような感覚になる。まるで映画みたい。
「広いのね・・・」
「そのうち慣れるよ。」
男爵はまだフラフラしているフランシス君を支えて馬車から降ろしていた。
タイラーさんにお礼を言うと、三人で宮殿の入り口に向かった。シーンとしていた星室庁と違って、人が歩いているから誰かに見られているような気がして、視線が気になる。
自分の服を見てみる。小紫の柄物のワンピースに、モスグリーンのふわっとして前の開いたドレスを羽織っている。合わせて紫がかった茶色のインステップ・ストラップの靴を履いて、目立たない色のスカーフを前髪が出るように被ってきた。宮殿には地味かもしれないけど、この世界の基準ではオシャレだと思うし、侍女としてちょうどいいくらいじゃないかな。
日中男装するとなると、服に気を遣っても見てもらえないのかと思うとちょっと寂しい。
「男装しても、私が女だって他の従者にはすぐにバレると思うけどなあ。」
「いや問題ないと思うよ。」
「どこ見てるんですか男爵!」
明らかに私の首より下に目線をやっていた男爵をつっつく。この世界の人は本当に目線を気にしない。騎士道精神とかレディファーストとか言っておいて結局野蛮なのよね。
「声を抑えて、ルイス。皆が注目してしまうよ。それに見ようとしたものが存在しなかったので、結果的にはどこも見ていないということになるね。」
男爵は許しがたいけど、宮殿デビューで大声を出すわけにはいかない。落ち着いたらあとで報復を考えよう。
「今日は何も言いませんけど、次はありませんからね。それにしても。体型は別として私は声が高いでしょう?」
「大丈夫だよ、フランシスも声は高いがそういう疑いをかけられたことはない。」
それはそうでしょうけど。
「大丈夫だよ、ルイスは麗しい美少年という評判で推薦されたことになっているから、他の従者と違っても誰も驚かないはずなんだ。」
ルイスは見た目で採用された設定なのね。
「ええと、もう一回ルイスの設定を教えてもらってもいいですか。」
「いいとも、あとで羊皮紙に書いたものを届けるようにする。ルイス・リディントンは16歳、父はヨーマスの公証人バーソロミュー・リディントンで、母はすでに亡くなっている。母方の祖父は大陸出身の医師ファブリウス・パウルスで、ルイーズ・レミントンに医術を教えた旅の医者と同一人物だよ。ルイスもファブリウスから医術を学んだことになっている。体を触って悪いところが分かるのが特技という設定なんだ。契約書にこだわるのは父の影響ということにしてある。水が嫌いで、馬に乗れないので王子の水浴びや外出には同行しない。父の知人である私が推薦して宮殿に出仕することになった。」
その設定は確かにマッサージがしやすくなりそうだし、性格とかも偽らなくて済むみたい。男爵にしてはいい仕事をしてくれたと思う。
「いろいろ考えてくれてありがとうございます。ちなみに医者の息子じゃなくて孫なんですか。」
「流石によくわからない生まれの外国人を宮殿に招くのは躊躇するからね。」
それもそうかもしれない。
「さあルイス、気を取り直して宮殿に入るよ。」
男爵の掛け声と重なるようにして、重そうな扉が開かれた。




