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CCCVI 戦友ヒュー・モードリン


私はまだ何か言いたそうな王子を置いて、塔の階段のそばに控えていたヒューさんに駆け寄った。


「ヒューさん、ヒューさん!」


「これは、ルイー・・・様?・・・で、殿下!?」


ヒューさんは私をいつも通りにルイーズ様と呼ぼうして、後ろにいるヘンリー王子に気づいて驚愕したみたいだった。


「モードリン、早朝から警備ごくろう。」


「え、も、もったいなきお言葉にございます。」


ヘンリー王子は悠然と挨拶をしたけど、どもつくヒューさんの目は女の格好をした私と王子の間を高速移動している。いつもは落ち着いているヒューさんも今回はさすがに混乱したみたいで、顔は百面相みたいになっていた。細顔で細目のヒューさんは表情のバリエーションが乏しいイメージだったから、ちょっとだけ面白い。


「ヒューさん、ブランドンが殿下の部屋で少し興奮してしまっているから、落ち着くまで殿下の避難先を探さないといけないの。私以外に女性のいない、いい場所はないかしら?」


「女性・・・状況がよく読み込めませんが、取り急ぎウィンスロー男爵の応接間が使えるかと。」


男爵の部屋はまた変な細工をしていないか心配だけど、他のヘンリー王子名義の部屋だったらブランドンが飛び込んできそうだから、相対的には安全かもしれなかった。


「男爵のスペースは確か一階ですよね。それでは殿下、そちらに行きましょうか。」


「リディントンに任せよう。本来ならチャールズと良く話し合うべきなのだが、また機会を改める必要がありそうだ。」


いまだに危機感のない王子は呑気なことを言っているけど、やっぱりさっきの事件は修羅場だったという実感がなかったみたい。


「ではヒューさん、行きましょうか。」


私達はなんだか危機感の薄い避難を継続して、階段を降り始めた。


「ええ、ルイー・・・ああ・・・今日はいつもと違う・・・お化粧・・・かと思いますが、どういった・・・ご趣向でしょうか。」


ヒューさんが王子の顔色を伺いながら私に問いかける。多分『なんで王子の前で女の格好をしているんですか!!』と言いたいみたいだけど、王子本人の前でそれに答えるのは至難の業ね。


「ええ、殿下に本当の自分を分かっていただこうと、あえてはっきりした化粧をしたのだけど、私の力不足でお伝えできなかったみたいで・・・そうだわ、今日の顔料は体に悪い材料が混ざっているから、早く落とさないと・・・」


現世の化粧品は健康に悪い原材料を使うことが多いのよね。いつもの私はもっと厳選された素材でナチュラル系のメイクをしているけど、今日はスザンナに他の女性が使うようなお化粧をしてもらってきた。


ファウンデーションになるおしろいには鉛が入っていて、口紅とルージュはバーミリオンという硫化水銀とお酢を混ぜたものが使ってある。眉毛は錫のすすを使って濃く見せてあった。


他の貴婦人もだいたいこんな感じだけど、夜会でキスなんかしたら絶対体に悪いよね。パーティーの貴公子は文字通り命がけで女性に言い寄っているのかしら。


「心配する必要はない。リディントンの情熱はしっかりと私の心に響いた。体に悪い顔料など使わなくても、心は伝わる。」


「誠に恐れながら、全然伝わっていないのです、殿下。」


さっきからヘンリー王子が分かってくれないことよりも、分かった気になっているところがもどかしい。


女装スピリットが心に響くってことは、王子も本当は女装したいのかしら。ノリス君のピンクファッションはやっぱり王子の趣味なのかもしれない。現世だと前世ほどはピンクと女の子を連想しないけど。


「(ルイーズ様、ついに魔法の力で殿下は女性が平気になったのですか!?)」


王族の前で耳打ちするのはマナー違反だと思うけど、私もさっきからマナーを守っていないからヒューさんをとやかく言えない。


「(違うの。なぜか『リディントンは女装男子』っていうウォーズィー司祭の設定を真に受けてしまって。)」


「(それは・・・賢い設定ですね。)」


「(・・・そんな、ヒューさんは私の味方だと思っていたのに・・・)」


いかにも納得したような様子のヒューさんを見て、私は悔しがった。ヒューさんもゴードンさんもいい人なのに、なんで男爵の手下なんてやっているのかしら。


「どうかしたのか、リディントン、モードリン。」


普通なら目の前で臣下がヒソヒソ話していたら気を悪くするかもしれないけど、心の広いヘンリー王子は純粋に心配そうな声をあげた。


「いえ、ヒューさんは・・・そうだわ・・・ヒューさんは私の本当の性別を知っていますので、そのお話をしたのです!」


「ええ、殿下。私はリディントン様の心の性別を存じておりました。事情が事情だけに申し遅れてしまい申し訳ありません。」


私はヒューさんを巻き込んで今度こそ性別証明をしようとしたけど、結局華麗にかわされた。さっきまで目を回していたヒューさんが男爵達の設定にしれっと乗っかっているのは悔しい。何も説明しないほうがよかったかしら。


「気にすることはない、モードリン。リディントンの秘密を守るその心意気、私は感嘆した。」


王子はさっきから無駄に感嘆が多かった。ヒューさんがうやうやしく礼をする。


「ありがたきお言葉、この上ない光栄に存じます。さて、ウィンスロー男爵の応接間に尽きましたので、殿下にはやや狭い場所かとは思いますが、しばしリディントン様とご歓談ください。」


2階に比べると食堂や洗面所のある1階の廊下は質素で、男爵の執務室の入口もごく事務的な作りだった。


「ありがとう、モードリン。しかしリディントンは赴任したばかりなのに、衛兵と仲が良いのだな。」


王子は今回だけはそこそこ的を射たコメントをした。


「え・・・えっと、ヒューさんには鎮火の際に協力してもらったので、そこで仲良くなりました。」


「はい。共に危機を乗り越え、交流を深めました。」


私のとっさのでまかせにヒューさんが乗ってくれた。近いうちに辞任するつもりだからあんまり私の設定に気を遣わなくてもいいけど、でも男爵の計画はさすがに王子には知らせられないから気をつけないと。


それにしても、この後で無事に辞任できるかしら。王子は全力で引き止めにかかっているし、私の味方は誰もスムーズな辞任を手伝ってくれそうにないけど。


「なるほど。あのときの働きぶりは実に見事だった、リディントン。まさに獅子奮迅の活躍だったと言えるだろう。しかし、医療と法律に通じた中の従者としての推薦だったが、軍人を指揮する経験もあったのか?」


さっきから王子は鋭い。特に私のことを怪しんでいる様子はなくて、単純に疑問に思っているだけだと思うけど。


なんでこの洞察力が私の性別にむけてもらえないのかしら。


「えっと・・・実家の水道工事の監督をしていたので・・・あとはキッチンスタッフに注文をだしたり・・・」


「・・・殿下、まもなく鍵があきますので、お入りください。」


今回はヒューさんも続けない方がいいと判断したみたいで、まだ開いていない鍵をガチャガチャといじった。


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