CCCIV 名人ハーバート男爵
部屋をさっと見回した私は、強烈な違和感に襲われた。
赤、黒、金の服に身を包んだ三人の男、すみれ色のドレスを着た華奢な女、部屋着のハル王子・・・
ハル王子は堂々としているが、男三人は三者三様に動揺しているようだ。ウォーズィー司祭、ウィンスロー男爵、ハーバート男爵の三人か。奥の女も困惑して・・・
待て・・・
女だと!?
「チャールズ、低地諸国からのフィリップ大公とフアナ妃の訪問が近づいているが、その機会にマルグレーテ公女が同行するとの情報が入り、現行の体制及び制度を維持したまま政治・外交面での影響を最小限に抑えるべく・・・」
ハル王子が何か言っているが、あまりの衝撃に話が入ってこない。
「・・・ああ、そうだな。」
まさかこの部屋で女を見る日がくるとは・・・ウォーズィー司祭が業を煮やして無理に女を連れてきたのだろうか。それにしてはハル王子が穏やかだが。
「・・・ついては、道徳・道義的な問題については教会の承認を得た上で、場所及び時間を限ったかたちにおいて、話を進めれば問題も解決できるだろうと・・・」
ハル王子はまだ続けているが、それどころではない。
「・・・ああ、それがいい。」
適当に相槌を打ちながら、白いフリルで可愛げのある、すみれ色のドレスを着た女に目をやる。
ささやかだが淑女然とした体つき。ボリューム感はなくともバランスは取れている。私自身の好みとは違うが、こうした控えめな女らしさもまた一興だ。ハル王子が平気でいられるのもそのせいだろうか。
上に目を転じると、少しエキゾチックな結い方をした美しい栗色の髪が目に入る。手入れが行き届いているせいか、ストレートヘアの描く曲線が美しい。
困ったような表情をしているが、くっきりとした輪郭の大きな目は艶やかに男を誘い、少しダークの口紅が潤った唇に視点を誘導し見るものを誘惑する。
思わず触れたくなる真っ白な肌。化粧は少し濃い目だが、一見して華奢な全身の印象にグラマラスなアクセントをつけていて、控えめなすみれ色のドレスとのコントラストはどこか妖艶な印象を与える。
「・・・つまり双方の利害が一致するという、この上なく幸運な状況にある。それが故に宮内卿シュールズベリー伯爵の申し出てくれた協力のもと、あくまで臨時の便宜的な方策としてではあるが・・・」
「・・・ああ、それでいいんじゃないだろうか。」
私はハル王子の演説を聞き流しながら、謎の美女を堪能した。
朝からなかなかそそるものを見せてもらった。男に囲まれて平然としているところを見ると、ウォーズィー司祭が練習台につれてきたプロだろうか。それならば後で一戦申し込みたいが・・・
「・・・以上の状況を鑑みて、私とリディントンが婚約をすることになったと」
「なんだと!?!?」
急にハル王子から衝撃の言葉が発せられ、私は我に返った。
「どうしたのだ、チャールズ、今までの説明からいって、理にかなった結論だと思うが。」
首をかしげるハル王子の説明など聞いていなかったが、それどころではない。
「どんな理由があろうとも、それだけは認められない、ハル王子!!」
私は王子の前に進み出た。今から悪漢にして裏切り者リディントンの糾弾がはじまるのだ。
「ちょうどいい、証人もいる。今ここで、リディントンは王子の隣にふさわしくないと証明して見せよう!」
私はガウンを脱ぎ捨て、ついでダブレットを脱いだ。
「チャールズ?」
人を疑わないハル王子はリディントンの悪行を見てどう反応するか読めないが、間違っても婚約を続けることはないはずだ。
「・・・ブランドン、それをどうやって証明するというのかね。」
ハーバート男爵は不安そうに私と王子、それに謎の女に目をやった。女の前で変なことをするなと警告したいのかもしれないが、やましいことのない私は、傷つけられたとはいえ自慢の体を見せることなど気にはしない。
何より一刻も早く王子を目覚めさせなければならないのだ。
「この私の肉体で証明する!よく見ているといい!」
険しい顔のハーバート男爵らに言い捨てる。私の体は腹も背中も、リディントンの残した傷痕に覆われている。しかし礼儀として、ハル王子に向かって脱ぐのが適切だろう。
「待て、殿下の貞操を何だと思っているのだ!?」
ハーバート男爵は何をいっているのだ?リディントンが『腰の治療』で王子を堕としてしまったのは知っているだろうに。
「今頃言い始めても、もう遅いだろう!」
「・・・確かにそうだが、公式にはまだ無事なのだから、早まるなブランドン!」
公式に無事だから何の意味があるのか。王子はすっかりものにされてしまっているではないか。
訳のわからないことをいっているハーバート男爵を無視すると、私はシャツに繋がれていたタイツを外し、手早くおろし始めた。
「きゃっ!」
例の女が黄色い声を上げる。どこかで聞いたことがある声だが。
「待てブランドン、それをしてもお前の獣欲の証明にしかならないと思わないのか!」
「そうだブランドン、体を重ねるだけでは愛は証明できないだろうよ!」
「人前で既成事実を作ろうなんて、騎士にしてはせせこましいじゃないかな、ブランドン!?」
男三人は三者三様に意味が不明な叫びを上げると、私の体にしがみついてきた。
「くっ、何をするっ・・・」
タイツを脱ごうと体を屈めていた私は、初動が遅れた。ムチで打たれた部分をつかまれ、雷のような痛みが全身をめぐる。
「ぐはっ・・・」
私が苦しんでいると、意外にも腕っぷしのあるウォーズィー司祭が頭に何かをかぶせてきた。
赤い布か何かだろうか。前が見えない。
「くっ・・・脱がねば始まらないというのに!」
「始まらせはしないよ、ブランドン。君がどんなに愛を貫こうとも、絶対に公式なものになることはない。この国の未来がかかっているんだ。」
顔の見えないウィンスローの声が響く。
この三人はリディントンの悪行を隠蔽する気なのだ。やはり北に通じているのか。ウィンスローが一味なのはわかっていたが、これほどハル王子の周りが侵食されているとは・・・
つまりもはやハル王子は北の国の掌中にあるも同然。一体どうしたらいい。伯爵ならなにか名案があるだろうか。
「放せっ・・・ぐっ・・・とにかく脱がせろっ!」
「リヴィングストン、殿下を安全な場所へ!」
私の右肩を抑え込んでいるハーバート男爵が叫んだ。体格は私が有利なはずだが、抑え込む技術があるのか、身動きが取れない。三人がかりで来られてはやはり敵わないか。
しかしリヴィングストンとは誰だ?まさか例の女か。ハル王子が女に誘導されることはさすがにないはずだが。
「チャールズ、一体・・・」
顔は見えないが、ハル王子の声には困惑が読み取れた。
「ハル王子!!聞いてくれハル王子!!リディン・・・うぐっ・・・」
肩と首が閉められる。布を被っているせいで息が苦しい。
「ハーバート男爵、一旦ブランドンをおとなしくさせる方法はないのかな。」
「・・・外すと危険だが、仕方がない。」
一体何をする気だ。
「ウガッ!!・・・」
グッと腹の中心辺りに拳が入った。
「ア・・・ガ・・・」
自分の体がその場に崩れ落ちたのを感じた。
そのほかは何もわからなかった。