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CCCIII 負傷者チャールズ・ブランドン


警告1: この章及び次の章は、直接的な描写は一切無いものの、性的な表現および示唆的な表現、現代ではセクシャル・ハラスメントにあたりかねない表現を含みます。ご留意ください。これらが苦手な方が飛ばせるように、この二つ後の章にこの章と次の章のあらすじを載せます。なおこの小説は「小説家になろう」のガイドラインを遵守しています。




警告2: チャールズ・ブランドン視点です。


「(イヤアアアアッ)」


何者かの不快な叫び声で私が起きたとき、部屋はまだ真っ暗だった。隣でアニーが寝息をたてているほかは、何もわからない。


「ぐっ・・・」


ベッドから起き上がろうとして体が悲鳴を上げる。リディントンに鞭打たれた箇所が、体を蝕むように痛みを訴えていた。


「くっ・・・やはり塗り薬は気休めにしかならなかったか・・・」


痛みに耐えながら、アニーの暖炉まで歩くと、携帯できるランタンに火を移す。オランジの灯りで体を照らすと、色はわからないが痣になっているムチの跡が見え、場所によってはミミズ腫れに近い様子だ。


「あの悪しき北のスパイめ・・・私の自慢の体をこうも傷つけるとは・・・どうしてくれよう・・・」


アニーを起こさないよう小声で悪態をついた私は、さっと手元にあったシャツを羽織る。ムチの跡が布に触れる違和感。


「クシュッ・・・」


くしゃみが出た。昨日の晩はレース一枚で走り回るには、やや肌寒かっただろうか。コンプトンを部屋に戻した後は服も用意し、不完全ながらもアニーと温まることはできたが。


「(ヒャアアッ)」


また金属板をひっかくような金切り声がした。これでは念の為、東棟の従者の招集がかかるだろう。今晩の当直はゲイジだから私が東棟に出向く必要はないのだが、奴は警備ができてもハル王子への報告で手こずりそうだ。一応はハル王子のところに出向いてやらねばならない。


「アグネス、私のタイツを・・・そうか、もう下がってしまったな。」


アニーの部屋には時計がなく、今何時頃なのかはわからない。おそらくは一番寒い夜明け前だろう。アニーの侍女がいるはずもない。


灯りが不十分ななか少し時間はかかるが、今度はタイツを履くことにする。小さなランタン一つで探し当てるのに、少し時間がかかった。


「クシュッ・・・風邪をひいてしまったか・・・これも全てはリディントンのせいだ・・・」


レース一枚だったとはいえ、走り回っていた私の体は十分温まっていた。この程度で風邪をひくようなヤワな体はしていないが、リディントンの奸計で地面に倒れていた間に冷えたのかもしれない。ムチの痕が傷んだせいで、それどころではなかったが。


今度は体が冷えないよう、きちんとシャツのボタンとめ、タイツもブーツも入念に縛る。タイツを履こうと体を屈めるたびに、腹の傷痕が痛みを主張する。本調子ではないが、亡命までは仕事をまっとうするつもりだった。


叫び声は屋外だったはずだ。東棟で護られているハル王子が危険にさらされているということはないだろう。現場にはゲイジが向かっただろうし、急ぐことはない。


ガウンを着終えた私は、きちんとタイツの紐がシャツに繋がれているのを確認すると、起きる様子のないアニーの頬にキスを落とし、簡単に香水をふりかけてから部屋を出る。アニーには結局は二日続けて相手をしてもらったが、昨晩は私の傷跡が傷んだせいで激しくならず、体にそこまでの負担はかからなかっただろう。


北棟の外に出ると、日が昇りかけているところだった。あの叫び声で起きた人間は私だけではなかったようで、外の様子を伺おうとする人間の影が建物から見える。服を着るのに時間がかかった私は、現場に野次馬にいっても仕方がないだろう。そのまま東棟に向かう。


北棟に近い東棟の入り口から入ると、私は少し緊張感のあった衛兵に通され、二階にあるハル王子の居室に向かった。


「(そういう問題じゃないんですってば!!信念って何ですか!?)」


憎きリディントンの大声が廊下に反響する。数日前に会ったばかりの王族に向かって、なんと無礼な口のきき方だ。


ハル王子の体を落として調子に乗っているのだろうが、王子にこの体に残る傷痕を見せて、リディントンの本性を暴けばやつの居場所はない。いくらハル王子がリディントンの体を求めようとも、部下を傷つけ襲おうとする人間をそばに置くことは絶対にしないだろう。本来は昨日見せるつもりだったが、私の手で目前のリディントンを追放できるとは、愉快なことになりそうだ。


私がリディントンを追及する文句を考えながらドアをノックしようとしたとき、今度はハル王子の声が聞こえた。



「(だから婚約しよう、リディントン。)」



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・おお、神よ・・・



ハル王子は一体どうしてしまったというのか。すべてを投げ捨ててまで婚約するというのか。やはり馬鹿になってしまったのか。私も星の数ほどの女性経験の中で『きもちよすぎてバカになっちゃうう!』と言わせたことはあるが、実際に継続的に馬鹿になっている例は一人も知らない。


もはや救いの道はないのか。やはり亡命を前倒しにするほかないだろうか。


「振り出しに戻っちゃった!?とりあえず私の話聞いてくださいっ!!」


待て、リディントンは急いで婚約を進めようとしていないようだ。考えてみれば、確かに北のスパイがそんな目立つようなことをすることはないだろう。どう考えても各方面から顰蹙を買うに違いないし、精査が入って正体がばれるだろう。それ以前の問題だが。


いや、北としてはリディントンとヘンリー王子が共倒れすれば十分なのだろうか。ジェームズ王子即位のための捨て駒ということも考えられる。


ここは私の体にあるリディントンの悪行を見せつけ、王子にリディントンとの縁を切らせるのが最優先だろう。ハル王子の今の発言は記録と記憶から抹消するほかない。


「ハル王子!!ハル王子!!リディントンの大声がするが、大丈夫か!!」


私はドアを強く叩いた。


「チャールズか、ちょうどよかった。チャールズには特に説明しなければならないことがある。入ってほしい。」


ハル王子の声は思いの外落ち着いているが、まさかリディントンと婚約すると、私にまで告げるつもりなのか。


警戒しながら、ノリスの開けたドアに滑り込むようにして、私はハル王子の部屋に入った。




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