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CCCII 情熱家ウィンスロー男爵


私は話し出す前にヘンリー王子の瞳をしっかり見つめた。王子も真剣に見つめ返してくる。堂々とはしていて威厳があるけど、睨まれるような怖さを感じないのは人柄のおかげかもしれないし、肌がつるつるで目が小さめなせいかもしれない。


総じて爽やかイケメンなラグビー選手といった感じで格好いいけど、ある意味でベビーフェイスと言うか、大人になってもマフィアのボスみたいには見えないと思う。


私は説明を始めた。


「殿下、私は今日未明、法服姿で南棟のお手洗いに行こうとしたところ、何者かに剣を向けられました。夜盗などではなく、私の命を狙っていたのは確かです。幸い、通りかかった第三者に助けられましたが、そうでもなければ私は助からなかったでしょう。」


そういえば辞任して宮殿を退去する前に、ラドクリフ様へのお礼を誰かに託さないといけない。名字しかわからないけど所属はどこなのかしら。人気のない夜警の仕事をしていたしトラウザーズにつぎはぎがあったから、多分森番とか給料の低そうなところよね。


「何ということだ・・・命を狙われていたのか。」


王子は心から心配そうな目をした。気のせいか顔が青くなったかしら、よく見ていないとわからないけど。肌が宮殿の他の人達に比べて日に焼けているせいか、表情は豊かでも顔色が変わったか判別するのは難しい。


「ええ、しかも複数名に狙われています。まずアーサー王太子殿下の侍従、ジェラルド・フィッツジェラルドは『ルイザ・リヴィングストン』宛に警告の花束を贈ってきたほか、以前は王都で遭遇して縄で縛られそうになりました。話しぶりからして、今朝私に斬りかかろうとしたのはフィッツジェラルドか彼の手下です。」


魔女裁判の話をするとややこしいからやめておく。フィッツジェラルドは星室庁で顔がわからなかったから、本人と遭遇してもわからないのよね。


「兄上の部下が・・・まさかそんな・・・」


王子はさすがにショックを受けていた。王子は気持ちによって声の勢いがけっこう変わるから、顔色よりもそっちで判断しやすいかもしれない。


意外だけど、後ろの三人は私の説明を邪魔しようとしなかったので、続けることにした。


「さらに、アーサー王太子殿下の別の侍従、フィッツウォルター男爵は、ゴードンさん・・・ゴードン・ロアノーク経由で私に警告を送ってきたほか、『ルイス・リディントン』の評判を傷つけて行動をしばるような、虚偽の証言をしています。私は会ったことも見たこともないのですが。」


ルイーズ・レミントンの名前は出さないようにしようと思う。婚約にこだわって実家に圧力がかかったら嫌だし。まだ見ぬフィッツウォルター男爵はルイス・リディントンもルイーズ・レミントンも狙っているようだから、一人二役を想定しているかもしれないけど。


「フィッツウォルター・・・そうか、最近復位していたな。しかしそんな卑怯な手段を使うとは信じがたい。誇り高い人間と聞いていたというのに。」


優しいヘンリー王子の目が、少しだけ怒りをはらんだ気がした。被告本人がいないから、ちょっと密告みたいでよくないかもしれないと思ったけど、フィッツウォルター男爵には私の婚約騒動で苦労させられたし、これくらいはいいよね。見たことがない人に迷惑をかけられると、どうしてもあんまり同情心が沸かない。


「また、今は和解して友人になったのですが、アーサー王太子殿下のさらに別の侍従、アンソニー・ウィロビー・ド・ブロークも私の身柄を拘束しようとしてきたのです。後で仲良くなって話を聴きましたが、彼はエドマンド・ダドリー枢密院議長から命令を受けていたそうです。」


「ダドリーが?そういえば彼は兄上に近いが・・・いや、そんなことが・・・」


王子は腕を組んで何か考え事を始めた。シリアスな空気になってきたし、さすがに婚約話は流れたよね。


「おわかりいただけたかと思いますが、私にとってこの宮殿は安全ではありません。また高位貴族であるアーサー王太子殿下の侍従たちが処分されることはないだろうと考えます。したがって命の危険から遠ざかるため、この宮殿を離れ、縁のあるダービー伯爵家に保護してもらおうと考えています。つきましては、契約を守れなかったことは大変申し訳なく思いますが、可及的速やかに私の辞任を承認いただきたく存じます。」


私は言いたいことを言い終わった。ヘンリー王子は無言で宙を見つめていて、試合前に精神統一するスポーツマンみたいな貫禄がある。


黙っていた三人の中から、ハーバート男爵が前に出た。


「殿下、アーサー王太子殿下の侍従が三人も、ヘンリー王子殿下の自慢の従者、それも手柄をたて名をあげた従者を葬ろうとしたのです。残念ながら、これはアーサー王太子陣営と我々の権力闘争にほかなりません。もはや宣戦布告同然です。」


権力闘争と言うか、単に『魔女』を排除したいだけだとは思うから大きな話にしてほしくないけど、でも私にとっては大事だし、そもそも王太子陣営が何を考えているかは私もわからないのよね。


「兄上はそのような性格をしていない、ハーバート!」


いつになくキリッとした鋭い王子の声が部屋に響いた。少し気圧されたようなハーバート男爵に代わって、ウォーズィー司祭が前に出る。


「ハル王子、確かにアーサー様はお優しく、悪意から遠い存在です。ですがアーサー様を優位に立たせようと暗躍する従者や重臣たちの統制が取れずに、暴走を許し混沌としてしまっているとしたら、どうでしょうか。想像はつくはずです。現にキャサリン様一行は勝手気ままに」


「ウォーズィー!義姉上のことを悪く言ってはならない!心を開ける相手が少ない中、異国の地で強く明るく生きていらっしゃるのだから!」


さっきから王子の鋭い声にも緊迫感が感じられた。この王子は誰のことも悪く言わない。あのブランドンと10年以上友達でいられるわけだから、心は大海原みたいに広いと思う。友達以上になってから何年経つのか知らないけど、女嫌いになったのは4年前と言っていたかしら。


「殿下、少し昔の話をさせていただけませんか。」


今まで静かにしていた黒服の男爵が、さっきの二人に比べて静かに話し始めた。


「続けて構わない、ウィンスロー。」


王子の声は少し警戒感を含んでいた。


「ありがとうございます。さて、四代前の国王陛下は善良な方でしたが、お体が弱いこともあって、摂政がおかれることとなりました。国王ではなく摂政が事実上の権力者となる、そして高位貴族ならば摂政になれる。お世継ぎのない国王の後継者を決めるにあたり、摂政はキングメーカーになる。それがはっきりしたとき、血で血を洗う戦いが始まったのです。」


男爵の淡々とした演説に、少し熱がこもっていることに私は気づいた。スタンリー卿は男爵が自分の一族の境遇を王族と重ねていると言っていたけど、そうするとやっぱり熱くなるのかしら。


「・・・続けてよい。」


王子はさっきよりも穏やかな声で続きを促した。



「アーサー王太子殿下が善良なお方であることは間違いありません。しかし残念なことに善良な王子が善良な王になるわけではないのです。誰もが、部屋にこもりご自分ではご意見をおっしゃらないアーサー様の代弁者を名乗り始めたとき、平和は崩れるのです。またその自称代理人達の中で、アーサー様の弟君でいらっしゃるヘンリー王子殿下の地位を煙たく思う人間は多いでしょう。


ですから、ルイスを襲おうとした者たちが心からアーサー王太子のためを思って行動していたとしても矛盾はしません。しかしそれは、殿下、我々が甘んじて運命を受け入れるべきだということではありません。私としても、ルイスを襲った者を許すつもりなど到底ありません。国王陛下とも議論をしながら、この国の未来を考えて行動をするべきときです。」



男爵の演説後半はすごみがあった。男爵の芸術的な目が、静かに怒りを湛えているのに私は気づいた。


でもちょっとまって、男爵はアーサー王太子を廃位する気なの?最初からそんな過激なことを考えていたのかしら。私の仇なんて討とうと思わないでほしいけど。


「・・・言いたいことはわかった。だが私に兄上の代わりが務まるとも思えない。人間、首をすげ替えれば物事は良くなると信じるものだ。一人の力で変えられることは、そう多くはないというのに。もう良い。今はこの話はやめにしよう。」


ヘンリー王子の目は少しせつなそうだった。姿勢と体格がいいせいで一見せつなそうにはみえないけれど。


部屋はしんみりとした沈黙に包まれていた。


「あの・・・私の辞任は受理されたということでよろしいでしょうか。」


私がおずおずと申し出ると、ヘンリー王子は勢いよく首を振った。


「怖い目に遭わせて本当に済まなかった、リディントン。心から申し訳なく思っている。だがリディントンを狙った者達の捜査は私が全責任を持って請け負うとしよう。それにダービー伯爵家は居館が分散していて一箇所に大きな人数を避けない。その点私と一緒にいれば安全だ。部屋でも、食事でも、温泉でも」


「恐れながら、温泉は無理です。先程から信じていただけていませんが、私は女なので。」


ダービー伯爵家はたしかにチェシャーの本邸の他にも王都にもノーフォークにも館があるから、一箇所に警備を大勢雇えそうにはなかった。でも宮殿と違って色々な人が出入りしないから、ずっと安全だと思うけど。


とりあえず温泉ほど無防備な場所はないよね。


王子は何かを覚悟したようにうなずいた。まっすぐな瞳がなんだかドラマチック。


「案ずることはない、リディントン。仮に温泉で男だと確認できてしまっても、きっと信念の力で見なかったことにできるだろう。」


「そういう問題じゃないんですってば!!信念って何ですか!?」


「だから婚約しよう、リディントン。」


「振り出しに戻っちゃった!?とりあえず私の話聞いてくださいっ!!」



「ハル王子!!ハル王子!!リディントンの大声がするが、大丈夫か!!」



廊下からドアをどんどんとたたくブランドンの声がした。


「チャールズか、ちょうどよかった。チャールズには特に説明しなければならないことがある。入ってほしい。」



え?二人だけのときに説明してほしいのに、この場に入れちゃうの?



予期しない秘密の恋人の登場に、私も男爵たちも困惑を隠せなかった。




確実に修羅場になる気がした。


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