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CCCI 雇用者ヘンリー王子


『王子に婚約を申し込まれちゃった、てへっ』なんて思う心の余裕は私にはなかった。


「恐れながら、謹んで辞退申し上げます。」


私はスカートを掴んでレディとしての礼をした。王子がほう、と息を呑むのが聞こえる。


「・・・女性の所作まで完璧とは、日頃からの鍛錬を思わせる。リディントン、素晴らしい努力だ。もちろん、偽りとは言え同性と婚約話がでることに困惑する気持ちは良く分かる。しかし・・・」


「殿下、今一度申し上げますが、私達は異性です。」


言っても無駄な気がするけど、私は顔をあげてまっすぐヘンリー王子を見つめた。王子はうんうんとうなずいているけど、私のレディの礼を見ても機嫌を損ねていないようで、どうやらすっかり女装男子説を信じ切っているみたいだった。


「そういう設定だったな。触れられたくない話題を蒸し返してしまって済まない。しかし、この任務が騎士ルイス・リディントンの評判には差し障りのないようにすることは可能だ。一人二役で心労をかけてしまうが、それ相応の待遇と報酬を保証しよう。もちろん二人分の労働を要求することは絶対にない。フィリップ大公の来訪を無事乗り切れたなら、里帰りの休暇とドレスや宝飾品一式の払い下げも約束する。」


ヘンリー王子はホワイトな職場の実現に邁進していたけど、そういう問題じゃない。それと財政が苦しいはずなのに、こんなに安請け合いして大丈夫なのかしら。


ちょっとだけドレスはほしいかもしれないと思ったけど、王子の婚約者のドレスってたぶん豪華すぎてノリッジで着ても白い目で見られそう。


「殿下、お気持ちは大変ありがたいのですが、私は設定上誰も知らない旧貴族の娘なのですから、奇異の目、疑う目にさらされ続けるでしょう。私の心はそんなに強くありません。とても任務に耐えることはできないのです。」


後ろで男爵がクックッと笑い声を抑えようとするのが聞こえて、そういえば男爵もいたことを思い出した。


王子は優しそうな表情でゆっくりと首を振った。


「心配ない、リディントンなら大丈夫だ。もちろん私もリディントンが心の平穏を手に入れられるよう、協力を惜しまない。私の目の届くところでは男女どちらの格好でも良いし、口調や所作が女性のものであっても構わない。女性として話す相手は事前に調整し制限するので、外交儀礼だけ覚えてもらえればよい。チャールズたちには私から話を通しておこう。信仰心の問題であれば、事前にウォーラムや枢機卿と打ち合わせる。」


王子はさっきよりも勢いよく話し始めて、少し小さめの目はキラキラと輝いていた。私はさっきからノーと言っているのに、条件闘争だと思われたのかしら。


あとブランドンとの交渉は絶対こじれると思う。それに王子は信仰深いって聞いていたのに女装の男性と偽の婚約をするのはいいのかしら、とも思ったけど、その問題に触れると私の性別問題がややこしくなりそう。


「殿下、フィリップ大公のご来訪が迫る中で早まるお気持ちはわかりますが、現実的に考えて、貴族としての教育を受けていない私に王族の婚約者は務まりません。」


これが無難な逃げ方よね。


「いや、今のリディントンの立ち居振る舞いは十分すぎるほど優雅だ。心配はない。チャールズだって王侯貴族とのパーティーはそつなくこなしている。」


王子は自慢げだけど、私の歓迎会を思い出してもブランドンがパーティーをこなせているとは思えない。でもヘンリー王子の恋人をあんまり悪く言わないほうがいいかもしれない。


「貴婦人となると貴公子よりもマナーは複雑ですし、それに私は演技が得意とは言えません。ルールを守っても不自然さに気づかれてしまうでしょう。」


「リディントン、演技と言われるのは不快かもしれないが、今も・・・なりきった素晴らしい演技だと思う。その、とても自然体だ。」


王子は珍しく歯切れが悪かった。


「だから演技じゃありません!!本当に女です!!」


「もちろん、それはわかって、いるつもりなのだが、その確信も含めて好演技と言ってしまっては、やはり失礼なのだろうな。なんというべきか・・・」


いつも自信たっぷりの王子がいつになく自信がなさそうに言葉を選んだ。もごもご言ってはいるけれど、堂々とした肩も褐色のつやつやした肌も寝癖がなぜか華麗に立ったオレンジゴールドの髪も、全部強そうで漢らしい。


大柄な王子の優しいハートは伝わってくるけど、どう頑張っても失礼です。


「殿下、どうかウォーズィー司祭の話だけ一方的に信じずに、私の言い分を聞いてください。」


「ルイザ!ヘンリー王子に対して無礼じゃあないかい?そもそも王子の従者として、困っている王子の手伝いをするのは本望じゃなかろうか?ハル王子、ルイザの演技は心から女になりきることによって完成するのですよ。つまり心から婚約者になりきることで、自分も他人も騙される演技となる、といったところです。」


ウォーズィー司祭がまたデタラメを披露した。よくできるわよね、こんな即興で。


「それは納得できる。しかし私の婚約者になりきった後婚約解消となったとき、リディントンの心は空虚感に襲われるのではないだろうか。」


待って、さっさと納得しすぎだし、色々先走っています、王子。心配してくれるのはありがたいけど、まるでお金がないのに遺産相続で悩んでいるみたい。


「ハル王子、もしルイザの心が空っぽになってしまったら、ここにいるレジナルドが引き受けることになるでしょうね。」


司祭様はさっきからずっと黙っていた男爵を指した。


どういうこと?


「トマス?」


困ったような表情の男爵も久しぶりに声をだした。司祭様を見つめるすこし憂いを含んだ目が素敵。


私、王子から解放されたら男爵に引き取られるの?それは・・・


「ハル王子、ルイザの喜びは女装をすることにあるのですから、エスコートを得てパーティーなどで心置きなく女装をする機会があれば、それで満足できるのですよ。殿下が将来まで責任を感じることはないのです。どの道ルイザはドーセット侯爵令嬢レディ・エリザベス・グレイとの婚約話もまとまっているのですから、今のうちに思う存分女装を楽しませてあげるのが、私達にできる最善のことです。」


ウォーズィー司祭は一連のゴタゴタを『若気の至り』で片付けようとしているみたいだった。男爵はそのエスコート役二人目ってことね。ちょっとびっくりした。


王子は驚いたように目を見開く。常に爽やかには見えるけどポーカーフェイスではないのよね。


「婚約していたのか!おめでとうリディントン!もちろん、婚約者が心の広い女性であることを願っているが・・・だがむしろ共通の話題が増えるだろうか・・・なるほど、それなら善は急げというわけだ。結婚前にたくさん着飾って、良い思い出にするといい。」


祝ってもらっても素直にありがとうと言いたくないけど、どう返したらいいのかしら。



「えっと、色々と情報に間違いがありますが、残念ながらレディ・グレイとの縁談は私の性別もあってなかったことになる見込みです。それと、私は別に夜会にでたいわけではありませんから、急ぐ必要もなくて・・・


・・・もう、埒が明かないので、私が辞任を申し出た本当の理由について話させてください。私は性別問題が解決されても、もうこの宮殿にいられません。」



私はいちいち細かい話をするのに疲れてしまっていた。女だから辞任、が駄目になった今、安全上の理由で辞任、に切り替えるしかない。王子は責任を感じてしまうと思うけど、私が宮殿で斬られそうになったのは確かだし。


「ルイス・・・」


後ろで男爵が息を飲むのが聞こえた。


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