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CCC 融和の象徴ルイザ・リヴィングストン


部屋のみんなが注目する中で、派手な格好のハーバート男爵はゆっくりと話し始めた。


「この度、低地諸国のフィリップ大公殿下とフアナ妃のご来訪に、大公の妹君であるマルグレーテ公女が同伴する見通しとなりました。ヘンリー王子殿下とマルグレーテ様の会見の席が設けられるのは自然な流れかと存じます。」


私の女装疑惑と何の関係があるのかわからないけど、王族同士のお見合いが計画されているみたい。そういえばフィリップ大公の来訪のときに、私はリアルテニスの試合に駆り出される予定だった気がする。


「その話はドーセットに断ってもらったはずだが・・・」


さっきまで私の『苦悩』に感動していた王子は、一気に冷めたような表情になって、勢いのない返事をした。やっぱりこういう話題自体、苦手なんだと思う。


「残念ながら低地諸国側からの申し出が直前になったため、こちらからの返答の使節は彼らの出発に間に合いません。事実上の見合いとは言え公式には表敬訪問ですので、縁談はともかく会見自体を断ることは難しいでしょう。残念ながら第二王子が女性を苦手としているという理由では、ご来訪をお断りすることは外交儀礼上できませんから。そもそも大公妃のフアナ様もいらっしゃるのですし。」


ハーバート男爵はいつもののっぺりした顔のまま、淡々と続けた。確かに大公が連れてきた妹が王子に会わせてもらえなかったら、それなりに失礼かもしれない。


「フィリップ大公は歓待したいが、女性のいる場で私だけ席を外すことはできないのか。」


「社交儀礼の上では難しいでしょう。忌避すれば殿下を悪く言う者たちに格好の攻撃材料を与えかねません。」


ヘンリー王子は渋い顔をした。といっても、張りのいい肌にシワが少ない顔をしているから、悩ましい顔もある程度爽やかには見えるのだけど。


「私自身は心無いものにどういわれようと構わないのだが。」


「ヘンリー王子殿下、殿下の評判に傷がつけば、リディントンを始め、殿下を慕う多くの人間が逆境に直面することにもなりかねません。」


ハーバート男爵は部下思いのヘンリー王子を攻め立てていた。ちなみに私は辞任する予定だからヘンリー王子の評判は気にしないけど。


「それは私も望まないが・・・」


「ただし殿下、すくなくとも非公式な見合いについては、婚約者さえいれば断ることができるでしょう。」


なるほど、ハーバート男爵の言いたいことがわかってきた。


追い込まれる前に先手を打たないと。


「殿下、ハーバート男爵、その婚約者は名目上の存在で良いのでしょう?公爵家か侯爵家のご令嬢に、お名前だけお借りすればよいのでは?そうしたら殿下も女性と同席することなく、円満に縁談を断れるはずです。」


私はいいアイデアだと思ったけど、意外にも王子の反応は良くなかった。ハーバート男爵はゆっくり首を振る。


「いえ、女性払い制度を知る者たちの疑念を払拭するには、やはり大公や各国の大使の前でお披露目が必要でしょう。それに大貴族のご令嬢の婚約事情については隣国にも伝わっています。さらに名前だけ借りる交渉が頓挫ないし漏洩した場合、それなりの外交問題になる可能性さえあります。」


ハーバート男爵は当然のように語っているけど、『縁談を断るために女装した男と婚約した』と発覚するほうがダメージは大きいと思う。私は男じゃないけど。


「ハーバート男爵、まさかとは思いますけど、だからといって私を偽の婚約者にしようなんて、そんな馬鹿なことを考えてはいませんよね?付け焼き刃の偽物だとわかってしまうでしょう。」


私はハーバート男爵を正面から見つめたけど、ハーバート男爵はヘンリー王子をまっすぐ見据えたままだった。


「考えてもみてください、殿下。リヴィングストンと一緒にいれば、殿下は女性と関わらなくて済みます。リヴィングストンは思う存分お姫様の格好ができます。ブラ・・・もし殿下が特別に思われている方がいたとしても、事情をあらかじめ説明しておけばむしろ安心してくれるでしょう。」


ハーバート男爵は王子の恋人、ブランドンの名前を思わず出しそうになったみたい。一応は秘密ってことになっているのね。


でも男の秘密の恋人がいるのに、女装している別の男と婚約したいなんて、普通は思わないはず。きっと大丈夫、王子はわかってくれる。


「しかしそれでは、リディントンが危険ややっかみにさらされないだろうか。」


そこじゃないでしょ。ヘンリー王子は心配するポイントがずれていた。このままだとまずいかもしれない。


「殿下、やっかみ以前に、私は貴族でもないし、架空の貴族をでっちあげるわけにもいけないでしょう?私には仮の婚約者は到底務まりません。大公一行が異議を挟めないような、高貴は女性を選ぶべきです。あと、何度も言っているけど私は女です。」


私を婚約者にするメリットが『女に見えて実は女じゃない』だとしたら的外れだし、冷静に考えてデメリットが多すぎる。


「確かに今のリディントンは完璧に女に見えるだろう。低地諸国の使節団も信じるに違いない。しかし、リディントンが女性として虐げられては本末転倒だ。」


悩む素振りを見せるヘンリー王子は、さっきから壮大に脱線していた。優しいのは分かるけど優しさを向けるところが間違いすぎていて困る。


ハーバート男爵は頃合いを見計らったように口を開いた。


「殿下、シュールズベリー伯爵家がリヴィングストンを女として養女にとり、伯爵令嬢ルイーズ・タルボットとする用意ができています。宮内卿である伯爵と宮廷女官長である伯爵夫人の力添えがあれば、多少のやっかみは抑えられるでしょう。」


「待って、そんな急ごしらえの養子縁組、上流階級や大使達はみんな見透かせるし、きっと評判は良くないはずです。」


王子との婚約直前に養子縁組だなんて、そんな嘘はみんな分かるはず。妙齢の貴族令嬢は結婚市場で話題になっているわけだし。


さっきから私はハーバート男爵に向かって話しているけど、彼はヘンリー王子から視線を動かさなかった。


「殿下、『ルイザ』は内戦後に爵位返上となった旧キンバリー伯爵家の令嬢ということで、当主バートラム・ウッドハウスと同意がとれています。つまり設定上は実在の旧貴族の令嬢となります。内戦後の社交界でウッドハウス家はあまり知られていませんから、発覚する心配も小さいのです。」


私が考えたルイザの設定が、バートラムおじさんの同意を得られたみたいだった。私のところに手紙が届かないからどんな交渉があったのかはわからないけど、ウッドハウス家はちゃんと見返りの支援が受けられたかしら。私の辞任で複雑なことにならないといいのだけど。


でも今はとりあえず辞任を最優先しないと。


「でも内戦で負けて廃止された貴族の家の出身者なんて、王子の婚約者にふさわしくないでしょう?低地諸国としても対抗馬として大公の妹様を推してくるはずです。」


さっきから私が何を言ってもハーバート男爵は表情も視線も変えなかった。


「ヘンリー王子殿下、没落した旧白軍派貴族の令嬢、ルイザ・リヴィングストンが、勝者側である旧赤軍派貴族のシュールズベリー伯爵家に養子入りするのです。内戦後の融和が最重要である今、まさに両陣営の融和の象徴、架け橋であるルイザ・リヴィングストンは、殿下の婚約者にふさわしいのです。その内政面での価値を強調すれば、低地諸国の大公一行も引き下がらざるを得ないでしょう。」


私が没落貴族令嬢ということにして、ハーバート男爵は陳腐なシンデレラストーリーを描こうとしているみたいだった。ヘンリー王子は考え事をするように手を顎の近くに当てている。


「ハーバート、それは名案かもしれないな。」


ちょっとまって王子。どこが?


私はヘンリー王子の方に向き直った。


「殿下、お忘れかもしれませんが、私はルイス・リディントンとして火事の指揮をとりましたし、メアリー王女周辺を含めて多くの宮廷貴族にお会いしています。彼らは当然入れ替わりに気づくかと。」


「ルイザが鎮火の指揮をとったのは夜だったじゃあないか。あまり顔は判明していないのではないかな。ハル王子の周辺には事情を知らせて、婚約者のお披露目は大公一行と大使たちの前だけですれば良いかと思うね。あとは噂がなんとかしてくれるさ。」


割り込んできたウォーズィー司祭が余計なことを言っているけど、明らかに楽観的すぎる。


「その通りですヘンリー王子殿下、婚約者が同席する機会を外交的な場に絞り、『賓客の安全上の都合』で出席者を限定すれば、リヴィングストンを一切知らない人間と、リヴィングストンの女装を既に知っている二通りの者のみにのみ姿を披露する、ということも可能です。」


ハーバート男爵が同調した。王子の婚約者がそんなに秘密主義でいいのかしら。でもアーサー王太子が部屋からでないくらいだから、できないわけではないのかもしれない。


つまり私、ピンチ?


「でっ、殿下っ、いくら偽の婚約とは言え、ブラ・・・もし殿下の大事な方が仮にいらしたら、それは裏切りになりかねません。」


ブランドンの名前を出しそうになったけど、必死で飲み込んだ。私が女装の男だと思っているならなおさら裏切りになるはず。


「いや、もし仮にそのような方がいたとして、しっかりと説明すればわかってくれるだろう。」


いや、ブランドンはわかってくれないと思う。絶対逆上する。


それにしても、王子は『特別な人がいるかもしれない』、ということは頭ごなしに否定しないのね。王子とブランドンの関係は思ったよりオープンなのかしら。


「ハーバート、もしリディントンが仮に私の婚約者になるとして、シュールズベリー達の圧力があってもよく思わない者も多いだろう。リディントンの安全は確保できるのか。」


王子、気乗りしすぎでしょう?これってまずいよね。


「殿下、ルイーズ・タルボットは深窓の令嬢として、列席者を統制できる特別な機会にだけ現れればよいのです。普段は火事の英雄であるサー・ルイス・リディントンを狙おうとする人間などいないでしょう。」


ハーバート男爵は簡単に言うけど、つまり日頃は男装しろということかしら。


なんだか婚約が既定路線になっていないかしら。


「殿下、落ち着いて考えれば私との婚約がどれだけ無謀かおわかりに」



「リディントン、私と婚約してほしい。」



ヘンリー王子は私の訴えを聞いてくれなかった。


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