CCXCIX 有徳者トマス・ウォーズィー司祭
私は状況を飲み込むのに少し時間がかかった。後ろを振り返ると、さっきの三人ともいつの間にか部屋に入ってきていた。ノリス君が結局ドアを開けちゃったみたい。
とりあえず反論しないと。
「違います!私は・・・」
「ハル王子、実はリディントンは女性の格好をし、女性のように振る舞うのが何よりも好きなのですよ。ですが女嫌いのハル王子の手前、男らしくあろうとしてきたわけです。しかしついに限界に達し、こうして女の格好で辞任しようとしている、と。どうかこの哀れな魂に御慈悲を。」
ウォーズィー司祭はまた私を強引に遮って、嘘八百を並び立てた。
「そう・・・だったのか・・・」
ヘンリー王子は相変わらずショックを受けているようだったけど、気のせいかさっきよりも表情が明るい。ちょっとほっとしたような感じがする。
まさか納得しちゃったの!?
「殿下、違います!本当に女で・・・」
「・・・リディントン、今まで済まなかった。だがどうか辞任は思いとどまってほしい。私にはリディントンが必要だ。私の特殊な要望のせいで辛い目に合わせていたのだな。さぞ苦しい思いをしたのだろう。もう大丈夫だ。存分に女の格好をして良いのだから・・・」
ヘンリー王子が今にも涙ぐみそうな表情で私に近づいてきた。色々早合点しているみたいだけど、それにしても女装する部下を受け入れるのかなり早い気がする。でも本人がブランドンを愛している以上、やっぱりマイノリティに理解があるのかしら。
「だから違います殿下、私、本当に、正真正銘、女です!」
「女・・・?」
ヘンリー王子の前進が止まった。身長差も体格差もかなりあるから、優しい顔でゆっくり進んできてもなかなか迫力があった。あと、足は引き締まっているけど結構太くて、岩みたいな威圧感がある。王子がタイツのときは下に視線を向けなかったからあんまりわからなかったけど。
「ハル王子、女の格好を愛するリディントンは、自分はなぜ男に生まれてしまったのだろう、という葛藤を繰り返すうちに・・・とうとう・・・とうとう自分を本当は女だと思うようになってしまったのです。」
ウォーズィー司祭が話しながらわざとらしく涙ぐんだ。
どういうこと?
「そうか、悩みに悩んだことだろう・・・私はリディントンの良き理解者でありたい。」
王子が神妙な顔つきで一人感動しているけど、ほんとどうしよう。
「殿下、もちろん、体の性別と心の性別が異なり、それについて苦しむ方もいらっしゃいます。それに理解を示す殿下の優しいお心は素晴らしいものだと思います。しかし私は生まれてからずっと、生物学的に女で・・・」
「ルイザ、大丈夫だ、優しいハル王子は分かってくれる。無理して意地を張ることはない。」
優しい保護者を気取っているウォーズィー司祭が、しみじみとした表情で頭を振りながら私を追い込みにかかっていた。無駄に演技力があるのね。
私は決意して、立ち上がってくるっと一回転する。
「意地も何も、ほら、どう見ても私は女で・・・」
「もういいんだ、ルイザ。ハル王子には嘘をつかなくてもいい。自分らしくいていい。今のように胸に詰め物をしなくてもいい。」
「それはっ・・・」
なぜ、なぜバレてしまったの?
誤差の範囲だと思ったけど、念の為女性らしさをアピールするために、ちょっと入れてきただけ。それだって例の男爵がブランドンに私の体型を強調した一件があったからで、別に他意はなかったというか・・・まさかこの場に敵がいるなんて・・・
感動を偽っているウォーズィー司祭と違って、ヘンリー王子は本当に感情的になっているみたいだった。
「悲しむことはない、リディントン。女の胸を再現しようとすること自体は、決して罪ではない。その痛ましいまでの情熱を今まで分かってあげられず済まなかった。それよりウォーズィー、ルイザとは?」
さっきから司祭に騙されっぱなしの王子。本当に人を疑うことを覚えてほしいと思う。
それより痛ましいってどういうこと?ひどいよね?
「待ってください殿下、再現ではなくて、別に、ちょっとほら、ディテールの調整をしただけで、大半はオリジナルだし、大幅な改ざんはないというか・・・」
「ハル王子、リディントンが少しでも女の格好で過ごせるよう、私は彼を『ルイザ・リヴィングストン』の名で、小間使いとして採用していたのです。騎士として、不本意であっても男らしくあらねばならないリディントンが、ときおり休息を取る宿り木になってあげたいと。」
ウォーズィー司祭がルイザ・リヴィングストンの設定を美談にしている。ルイザはあんなに一生懸命設定を考えたのに、あっさり架空扱いになった。
「そうか・・・私はウォーズィーに師事したことを、心から誇りに思う。明晰な頭脳と暖かい心を兼ね備えるものはそういない。」
どんなくもりガラスを使ったらこの人の心が暖かく見えるのかしら。
私のプランA、Bが立て続けに失敗したけど、まだプランCがあった。
「えっと、感動のストーリーを遮ってしまって申し訳ないですけど、今から男性には出せない高い声を出します。これで私が本当に女だと分かっていただければと。」
私の声は女性としても低くないし、それなりに音域もあると思う。さすがにこの年齢で高い声を出せる男の子はいないはず。
「ハル王子、ウッドワードも声が高いですが、男性ではありませんか。何よりあのチャールズ・ブランドンが男だと判定したのです。もはや議論の余地はないではありませんか。」
「そうだ、リディントン、無理しなくて良い。私はチャールズを信頼しているし、下手をすると声帯を痛めてしまう。私はリディントンの綺麗な声が擦り切れるのを望まない。」
フランシス君はあんまり喋らないけど、そういえば声は高めの気がする。そして少年合唱団のパトロンをやっているだけあって、喉の使い方には一家言あるらしいヘンリー王子。
愛しいブランドンの当てずっぽうを信頼しているのは、恋は盲目ってやつかしら。
もう、どうしろって言うの?
「・・・とりあえず、誰がなんと言おうと私は女なので、早急に辞任させていただけますか。」
「どうかそんなことを言わないでほしい、リディントン。性別の話題が辛ければ封印して構わない。人前では難しいかもしれないが、二人だけのときならルイザと呼ぶこともできる。できるだけ女の格好ができるように取り図りたいが・・・騎士になると困難を伴うだろう・・・どうすれば・・・」
ヘンリー王子はかなりの気遣いを見せているけど、ずれているというかありがた迷惑というか。
「ヘンリー王子殿下、そこで最適の提案がございます。」
今まで黙っていたハーバート男爵が声をあげた。
私は嫌な予感しかしなかった。




