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CCXCVII 現実主義者ルイーズ・レミントン


部屋に帰った私は、眠そうなスザンナに少し濃い目の女性らしいメイクをしてもらって、髪は少しふわっとしたサイドアップに結ってもらった。口紅はいつもより少し派手なものを選ぶ。原材料がちょっと不安だけど。


白い縁取りで少しフリルの入ったすみれ色のドレスに、真珠のネックレスをして、白いフェルト生地の小さな帽子をちょこんと被る。いつもは絶対にしないけど、今日に限ってはほんの少しだけトルソに生地を入れた。


靴だけは動きやすいように、白い革のブーツを履いた。現世はスニーカーがないから、普通の靴よりも薄皮のブーツのほうが動きやすのよね。ドレスの丈がそこそこ長いから、そんなに目立たないと思う。


「ルイス、私だよ。トマスとハーバート男爵もいる。」


廊下の外から男爵の声がした。ゴードンさんに呼んでもらった三人が到着してみたい。男爵がトマスというときはウォーズィー司祭のことだったわね。


「スザンナ、開けてあげて。」


まだ眠そうなスザンナが無言で開けたドアから、三人が横並びで登場した。相変わらず黒服黒帽子の男爵。帽子の羽とグレーの襟が少しアクセントになっているけど。ウォーズィー司祭はいつもの仰々しい臙脂色のローブに赤い帽子をしていて、ハーバート男爵は若干ゴールド系の礼服一式を着て、襟や袖に白いフリルが覗いている。三人そろうとかなり派手だった。


でも朝は役立ったからか、三人の格好はところどころ適当だった。みんな外出用ではなくてスリッパみたいな構造の靴を履いている。


「みなさん、朝早くに来てくれてありがとう。ゴードンさんには起きている人だけでいいと言ったんですけど、みんな早起きなんですね。男爵は特に意外だわ。」


「あんな悲鳴が二回も聞こえてきたら、思わず起きてしまうというものだよ。」


ウォーズィー司祭が肩をすくめた。私が死にそうになっていたのに、妙に緊張感のない答えね。


「すみません、命の危機でしたから。」


「ルイス、ロアノークから報告は受けたよ。無事で本当に良かった。」


男爵が珍しく真剣な顔で私を見据えた。


これももう見納めかしら。ちゃんと見ておかないと。


男爵は鋭いけれど怖くない目をしているのよね。渋い感じのイケメンなのに肌が綺麗なのも貴重だったわ。彫りが深いのに、ゴツゴツした感じがしないのも素敵。朝日よりは夕日の方が似合うんだけど、贅沢は言えないと思う。


「ルイザ、そんなに真剣にレジナルドを見つめても、多分メッセージは伝わらないんじゃないと思うがね?」


ウォーズィー司祭は私が目で何かを訴えていると思ったみたいだけど、これでも私は弁護士の娘。ちゃんと口を使います。



「無事ではあったのだけど、たまたま通りがかりのラドクリフ様が助けてくれなかったら、今頃男爵達はお葬式の準備をしているはずね。それでも心配してくれてありがとうございます。


結論から言うと、私は一年間ヘンリー王子のお世話をするという契約を守れなくなりました。理由は命が危ないから。契約破棄に伴う補償についてはお父様を通して話し合いたいけど、私の安全が確保されなかったことと、契約時にいくつか重要な情報が秘匿されていたことは考慮してほしいわ。


私としても見通しが甘かったことは謝ります。裁判で無罪になっていたし、宮殿で暗殺されそうになるとは思わなかったの。スタンリー卿やマージが警告してくれていたけど、殺されそうになって初めてこれは続けられないと実感しました。」



剣士に遭遇するまで私は妙に楽観的だった。さすがにスリルを追い求めていたとは思わないけど、今になってみると向こう見ずだったかなと思う。


「リヴィングストン、危険に遭ったのは本当に気の毒に思うが、今回はロアノークが警護を申し出たのに断ったそうだね。」


ショックを受けるかと思ったけど、ハーバート男爵は冷静に事務的なコメントをした。


「でも、だって恥ずかしいでしょう!?お手洗いに付いて来られるなんて囚人と一緒よ?レディとして、誇りをもって生きていたいです。」


「別に見られるわけじゃないんだし、いいんじゃないの?」


スザンナが呑気な発言をした。三人を見回すと、信じられないけどスザンナに同意している感じがある。特にハーバート男爵は既婚者なのに。


「それでも・・・お・・・音とか気になるでしょう!?」


なんで私がこんな解説をしないといけないの。屈辱だわ。


「音が気になったら、お庭ですればいいじゃん。あたいはいつも」


「ストップ!そこでストップ!!その先聞きたくない!」


宮殿の規模に比べてトイレが少ないなとは思っていたけど、救命ボートが足りなかったタイタニック号みたいに美的景観を優先しただけだと思った。なんだか真相を知りたくない。


「とにかく、常日頃からピッタリと警護が付いていないといけない状況だなんて聞いていなかったし、それだって大勢の敵に囲まれたらおしまいだわ。」


「しかし、危ないという状況はノリッジのご実家でも同じだと、昨日話さなかったかい、ルイス。」


男爵の目は本当に私の身を気遣っているように見えた。


「ええ、その通りよ。結局はスタンリー卿のご実家、ダービー伯爵家に当分お世話になるしかないと思うわ。あそこなら敷地の警備もしっかりしているし、みなさん頼りになるもの。ここと違ってノリッジの実家との連絡も取りやすいわ。」


部屋に逃げ帰ってから考えたけど、それしか安全そうなルートがなかった。


「リヴィングストン、そもそも魔女裁判を始めたのはスタンリー卿夫人ではないのか。」


「奥様はご実家に戻られているし、どう考えてもあの人が黒幕とは思えないわ。裁判はきっかけになっただけで、ご実家も要職にはついていないし。」


結婚式での印象に評判を含めて考えても、スタンリー卿のお嫁さんはそんなに権謀術数を駆使するタイプではない人。私を魔女裁判にかけたってことは多分プライドの高い人だったんだと思うけど、暗殺者を雇ったりはしないと思う。


そんな状況でスタンリー卿に保護を求めるのってなんだか悪い女みたいだけど、でも人命最優先ってことでお願いします。


「・・・スタンリーのお父上に起きた不幸を忘れたのかい。」


男爵が言いづらそうに目を伏せながらつぶやいた。男爵はダービー伯爵家にお世話になっていたから、多分スタンリー卿のお父様を知っていたのよね。


「あんな悲しいこと、忘れるわけ無いでしょう?真相究明にあたったのはうちのお父様よ?でもあの出来事があってから、ダービー伯爵家は社交にも警備にも細心の注意を払っているわ。トイレに行くだけで命がけの宮殿よりずっと安全よ。」


「ルイザ、そうなると君はなし崩し的にスタンリー卿を受け入れる羽目になるだろうねえ。いいのかな、スタンリー卿は醜男ではないが、決してハンサムでもないじゃあないか。」


ウォーズィー司祭はいつものように私を馬鹿にしているみたいだった。


「・・・それは考えたけど、でもスタンリー卿は無理やりになにかすることはないし・・・無理やり馬には乗せられたけど、でもそれくらいよ・・・仮にそう追い込まれたとしても、見た目のいい男爵と一緒になったら何者かに斬られるのよ。しかも男爵だと守ってもらえる気がしないわ。やっぱり命には代えがたいというか・・・」


「一緒に、とは、ひょっとしてレジナルドと結婚するつもりだったのかねえ?」


「ちがうの!・・・あくまでシナリオよ!たくさんのシナリオのひとつ!いろいろなシナリオを想定するのは大事でしょう!?ね!?」


ウォーズィー司祭はさっきから意地が悪かった。大きな顎が意地の悪さを強調している。


「レジナルド、もう一息でルイザを落とせそうじゃないか。」


「ちょっと!だから違うの!それに女の子は結婚になるとリアリストなのよ!?」


「しかしリヴィングストン、騎士に叙任される直前のヘンリー王子のお気に入りが忽然と消える、となったら大騒動になる。このまま出奔すればスタンリー卿も罪に問われるだろう。」


のっぺりとした顔のハーバート男爵が、ウォーズィー司祭の品のないからかいを遮ってくれた。


「もちろん、ちゃんと後始末はするつもりよ。今日、ヘンリー王子にはお別れの挨拶をするわ。」


「しかしルイス、そんな綺麗な格好をしているということは、スタンリーと今すぐ駆け落ちするつもりじゃないのかい。」


ちょっとお化粧が派手かなと思ったけど、男爵はこの格好を気に入ってくれたみたいだった。


「いいえ、これはヘンリー王子に会うための格好よ。」


「ルイス、まさか・・・」


男爵が目を見開いた。綺麗な目。


「ヘンリー王子に本当のことを伝えて謝るわ。そうしたら失踪しても納得せざるをえないでしょう?騎士の話もなくなるし、婚約だってどうにかなると思うの。私としても契約を守れなかったのは残念に思うけど、私の命がかかっているし、あの王子のことだもの、誠心誠意謝ればきっと許してくれるわ。」


「ルイザ!!これは裏切りだ!ハル王子を人間不信にしていいというのかい!?」


さっきよりも鋭い口調のウォーズィー司祭は、不満を隠そうとしなかった。


「契約違反は認めるけど、仕方のないことよ。それに、ヘンリー王子は多少、周りを不審がるべきだと思うの。自分が嫌って言っているのに腹心がこうやって女性を差し向けているし。ヘンリー王子周辺は警備も甘いから、これくらいの無害な裏切りが発覚すればきっとちょうどいいのよ。」


どうもヘンリー王子はピュアすぎるのよね。今回のショックで多少ブラックになってもしょうがないと思う。このままだとスザンナに襲われると思うし、ブランドンとの愛を貫くつもりなら、もっとしっかりしないと駄目。


「リヴィングストン、殿下は気分をひどく害されるだろう。君に刑罰が下ることもありうる。」


「第二王子には法律上そこまでの権限はないわ。ここはヘンリー王子の領地じゃないし、もし私に性別偽装の罪で刑罰が降りるなら、ここの部屋にいるみんながそうなりますからね。」


ハーバート男爵はあんまり法律に強い感じはしないし、こういう面では私の敵じゃない。


「ルイス、本当にヘンリー王子が傷つけてもいいというのかい。考え直してくれないか。」


男爵は懇願するように私を見据えた。情けないはずなのに格好いいのはなぜ。


「いずれ私が女であることは暴露するはずだったでしょう?それが早まっただけじゃない。それに王子が傷ついたとしても、心配する周りの人間に女嫌いの理由を話そうとしない本人にも責任の一端があると思うわ。」


「ルイザ、理由のいかんに関わらず、我々は今暴露することを認められない。この国の将来に関わることなのでね。絶対にやめるんだ。」


ウォーズィー司祭は議論さえしたがらないみたいだった。認めないと言い張ったって、私はヘンリー王子の従者だから、どう考えても私が暴露したければ好きなタイミングで暴露できるはずだけど。


「ウォーズィー司祭様、そんなに強引に私をとどめたとして、私がこの先ヘンリー王子のマッサージに協力するはずがないでしょう?」


「リヴィングストン、頭が冷えるまでヘンリー王子への謁見許可は出せない。当面の間謹慎してもらう。」


「私はヘンリー王子直属の従者なので、謁見にいちいちあなたの許可は要りません、ハーバート男爵。それに謹慎になったら心配したヘンリー王子がお見舞いに来そうですね。」


私達の議論はヒートアップしていたけど、多分平和的な解決は見込めそうになかった。


「みなさんの同意が得られないことは分かっていたわ。でも私としては一応説明してから行動にでようと思ったの。契約を守れなかったのは本当に悪かったと思っているから。」


「・・・なにするつもりだい、ルイス?」


男爵が不安そうにつぶやいた。『魔法』を警戒したのか、ウォーズィー司祭とハーバート男爵が身構える。


「ドアの前に秘密兵器を用意しているのよ。さあ、ドアを開けて、スザンナ!」


「秘密兵器・・・?」


戸惑う三人をよそにスザンナはドアが開けて、三人とも廊下の方を見た。



今よ!



私は三人をすり抜けて、廊下に走り出る。


「待て!ルイザ!」


「早まるな!ルイス!」


後ろで声がしたけど、私はヘンリー王子の部屋に向かって走り出していた。


ドレスは走りづらいけど、三人に対して私は靴のアドバンテージがあった。でもお化粧が崩れないように、ほどほどに走りたいけど。


追手との距離を測りながら、私は階段を駆け下りた。


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