CCXCIII 島出身者コナー・マクギネス
俺が目を覚ますとあたりは真っ暗で、側に控えるマクギネスが座ったままウトウトと体をふらつかせているのが、かろうじて分かった。
「マクギネス・・・ここは・・・」
「はっ・・・若がお目覚めになりはった・・・」
簡易椅子をたたむマクギネスに動きで、俺の部屋のベッドに寝ていることにようやく気づいた。やけどの手当の後安静にしろと言われていた俺は、疲れもたたって結局あの場で寝てしまったのだ。家の人間がここまで運んできてくれたのだろう。
それにしても、ルイス・リディントンが指揮したらしい火傷患者の手当はやたらと合理的で、思わず感心してしまったものだった。さすがは天使だけある。直接礼を言おうにも、暗くてどんな姿なのかさえあやふやだったが。
今も足はヒリヒリとした痛みを感じるが、燃え盛る油に足をついた割には、恐れたほどの辛さではない。手当もよかったのだろうが、やはりすぐに水に浸かったのが良かったのだろうか。
「マクギネス、今は何時だ・・・」
「4時と5時のあいさやと思います。」
マクギネスは針が進むのが遅い懐中時計を取り出した。故障も多くそろそろ買い替えたいが、宝石を散りばめた意匠がかっこいいので売るに売れないでいるやつだ。
「中途半端な時間に寝てしまったな。足の具合は思ったよりいいが、ひどく腹が空いた。」
「疲れてはったんですな。厨房が火事で閉まっとります。若は夜の炊き出しを逃しはったんで、今何か食べはるのはむつかしいと思います。日が明けてから朝餉をおあがりやす。」
「・・・マクギネス、そこは俺の分も確保してくれなかったのか。あと宮廷ではアクセントに気をつけないと、キルデーン伯爵家が本土の連中から下に見られる。」
マクギネスは本土の喋り方を習得していたが、本人は東の国の訛りが混じった島言葉に妙なプライドがあるらしく時折使いたがる。確かに島では優雅な響きなんだが、ここの宮廷では周りからあざ笑われることもあった。本人は気にしていない様子でも、主人である俺がどうしても気になる。
それにしても食べ物がないと分かると、やたらと空腹が気になるものだ。さっきまで死ぬ覚悟だったのに気楽なものだが、いかんせんこの感覚は長時間耐え難い。
「そやかて・・・失礼しました、若。若の寝られている間にサー・アンドリューとその部下達が取り調べにやってきまして、私も食事する暇もなかったのです。つっけんどんな連中にせせくられました。」
「そうか、サー・アンドリューが調査担当か・・・とにかく、うちがライトアップを担当したのはラドクリフの指示で、灯籠が倒されたのは我がキルデーン伯爵家のせいじゃない。俺の消火への貢献も含めて、なんとかならないか・・・とりあえず腹が空いた。作戦を練る前になにか腹ごしらえをしたい・・・」
「アーサー様の周りは人手不足が深刻です。報告書がどうなろうと、若の立場を考えれば厳重注意まで済むかと。」
俺の人質という立場はある意味では免罪符になる。それでもマクギネスら、俺に島からついてきた人間が帰されてもこまるので、サー・アンドリューとのやり取りは穏便に済ませたい。
「それと若、夜勤の見張りにはビスケットと水の配給があるはずです。代わられてきては。」
「いいアイデアだな。足も痛いことは痛いが、思ったより動きそうだ。それにしてもマクギネス、俺が炎に立ち向かったときに、付いてきてくれなかったことは未だに許していないぞ。」
「ほやかて、炎に突入した後何をされたいのかさっぱりで・・・いえ、若のご勇姿、しかとこの目に焼き付けました。島の旦那様にもご報告いたしましょう。」
確かに帯剣もしていないマクギネスが噴水に入ってもできることは限られただろうが、炎の中で俺は孤独だった。それでも逆境の中、一騎当千の気概で精一杯の戦った様子を島に伝えたいところだ。
「ありがとう。俺が寝ていた間に変わったことは?サー・アンドリューの事故調査意外でだが。」
「火事で水道が寸断されたせいで、王族は他の宮殿に散らばります。アーサー様御一行は月曜日の朝にもエルサムに出立されます。キャサリン様御一行は1日遅れて出発です。若も火傷の程度が良ければ同行してほしいと。」
エルサムはなかなか雰囲気の優しい宮殿だ。アーサー様も羽を伸ばせるだろう。王太子妃一行が来るとなると少し手狭だろうか。
「俺の足なら大丈夫だ。その他の王族は?」
「陛下とメアリー王女殿下がグリーンウィッチの宮殿に、マーガレット王太后殿下は王都のクロスビー・ホールに、ヘンリー王子殿下はエイヴォンの温泉地に行かれます。」
「温泉?こんな非常事態に美少年たちと遊ぶ気なのか?」
島からの人質として苦労した俺は、ヘンリー王子自身は嫌いであっても冷ややかに見られるその境遇には同情していた部分もあった。だが宮殿が火事にあってこれ幸いと温泉で従者たちと遊ぶとは、あまり感心できない。
いかん、このままでは天使が危ない。鎮火に動員されていたところを見ると『外の従者』だろうから寝室の世話は担当外だとは思うが、ヘンリー王子だってリディントンを前にして見境がなくなる可能性もある。なにせ天使だ。
「新任だと警戒心も薄いだろう、なんとか警告してやりたいが・・・待て、そんなばらばらになって警備はどうなる。近衛兵の配置は?」
「改修中もリッチモンドに残るものもいるようですが、大半はグリーンウィッチとエルサムにそれぞれ分散されるようです。バウチャー子爵とサー・アンドリューは当然グリーンウィッチに行きますが、なぜかウィンスロー男爵はエイヴォンに送られる見込みです。あとは教会関係者の多くがケニントンに退避する見込みです。」
「ウィンスローはまた何か企んでるんだろうか。教会はケニントンか、エルサムから遠くないが、ルイザに会うのは難しいかもしれないな。」
ルイザに一目惚れしてからというものの、俺は何度か教会方面に足を運んだが、そんな都合よく会うことはできなかった。日曜日のミサが狙い目だろうが、求婚する雰囲気ではないかもしれない。
いや、構うものか。炎と水のカオスで死を覚悟した時、あれだけ後悔したではないか。タイミングを見計らっていたらいつまでも告白できない。例のブランドンあたりにかっさらわれる可能性だってある。
とりあえず腹がもう限界だ。
「近衛兵には顔見知りもいるし、夜勤を代わるといえば嫌がる人間はいないだろうから、代わってもらってくる。伯爵家の誇りにかけて食べ物をねだるような真似は絶対にしたくないが、食べ物を確保しないと頭がはたらかない・・・なんとかうまく立ち回らないと・・・」
「おはようおかえりください、若。」
マクギネスは俺がさっと軍服を着るのを手伝うと、俺を送り出した。
* 一部誤字脱字を修正しました。