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CCXCI 警戒者ゴードン・ロアノーク


東棟と南棟の境にある階段に向かっていくと、境界を警備していたゴードンさんが私に会釈した。暗くて顔はよく見えないけど、ランタンに黒い口ひげが照らされている。


「(ゴードンさん、日の出前なのにお疲れさまです。)」


東棟は壁が薄いから、モーリス君やフランシス君を起こさないように少し声を抑える。


「(ルイーズ様、お体は大丈夫ですか。)」


ゴードンさんの心配そうな低い声が響く。考えてみればゴードンさんは男爵と違って私を『ルイーズ様』と呼んでくれる。


「おかげさまで今日は昨日ほど二日酔いしていないです、ありがとう。ただ、飲みすぎちゃったから、その・・・」


「わかりました、警備の都合上南棟の離れがいいでしょうから、一階までご一緒しましょう。この場所の警備は本来なら不要ですので。」


ゴードンさんは飲み込みが早かった。こういうところはトマスも見習ってほしい。


「どうもありがとう。ところで私をルイーズって呼んでしまって大丈夫ですか?私はルイスよりもその方が嬉しいけど。」


ゴードンさんの先導で階段を降り始めると、私は少し気になっていたことを尋ねた。男爵がルイス呼びを徹底するのも、場所を考えれば不思議ではないのよね。


「これでも気をつけていますから、どうか心配しないでください。今の時間帯の場合、ヘンリー・ノリスはヘンリー王子殿下の部屋に控えますし、殿下はウィリアム・コンプトンに家を買い与えたので、彼はめったに部屋に戻りません。ブランドンやゲイジが三階にいることはほとんどありませんから。」


「王子、先輩に家買ったの・・・」


前世の愛人を囲う大富豪みたいなことをヘンリー王子がしていてびっくりした。財政が苦しいって聞いていたけど。


私があっけにとられているうちに一階について、南棟を西方向に進んでいく。ゴードンさんが合図をすると、奥にいた衛兵がトイレにつながる渡り廊下の鍵を開けてくれた。ここまで閉まっているとは思わなかったけど。


「どうもありがとう、ゴードンさん。でも門が全部閉まっているのに、わざわざゴードンさんが夜通しで三階にいる必要があったのはなんで?」


「今日は特別です。王太子の従者が、『東棟から出る魔女を監視している』と警告をしてきました。手出しはしないと言ってはいたものの、万が一ルイーズ様の身に何かあってはと。」


「・・・そう・・・それって、まずいですよね。」


私が東棟にいるのが王太子派に発覚しているということかしら?また誘拐犯が来たらどうしよう。こんなに苦労して男装しているのに、やっぱり男爵の計画は欠陥が多すぎる。


「それはフィッツジェラルド?それともなんとか男爵?ルイス・リディントンが魔女だとはバレているのかしら?私、逃げたほうがいい?」


考えてみれば、私を逮捕しようとしていたフィッツジェラルドは一昨日私宛の警告の花束を送ってきていた。ハーバート男爵は怪しい人にランダムに渡しているのだろうと言っていたけど。


「男爵・・・?そうか、そういえば、復位したはずですね。今はフィッツウォルター男爵と名乗られていると思います。警告を発したのは彼ですが、ルイーズ・レミントンの名前を口にしたものの、ルイス・リディントンについては言及しませんでした。いずれにしても東棟の警備は万全ですから、こちらにいらっしゃる方が安全だと思います。」


エリーとの婚約に勝手に書かれていたフィッツウォルター男爵のサインを思い出す。私との接点は今のところあれだけのはずだけど、モーリス君の友達だった気もする。


「フィッツウォルター男爵は、やっぱり私をはめようとしたのかしら。もしルイス・リディントンとレディ・エリザベス・グレイの婚約話を進めたのが策謀によるものだったら、その男爵は私の正体に気づいていることになるけど。」


全貌が判明してしまっているとしたら、もうこそこそと一人二役する意味もないのかもしれないけど、私を誘拐する第二弾が手配されるのかしら。騎士になっている場合じゃないと思う。いずれにしても、アーサー王太子をマッサージするというゴールからは遠ざかりそうで、ちょっと落ち込む。


「事態が事態ですから、厠まで付きそいましょうか。」


ゴードンさんも心配そうにしているし気持ちは分かるけど、答えはノー。


「気持ちはありがたいけど、それはレディーとしてのプライドがあるから遠慮させて。さすがに四六時中狙っているということはないと思うわ。今の私は男の格好でここは南棟だし、外はまだ暗くて私のランプも小さいから、ルイーズ・レミントンだと気づかれることもないと思うの。」


念のため、人相がわからないようにスカーフを深めに巻き直しておく。背丈だったら私はアンソニーとあまり’変わらないし、ノリス君よりもある。


「わかりました。通路は真っ暗ですが、その小さなランプで怖くはありませんか。それに外は風が冷たいですよ。」


「大丈夫、私は昔から怖くないの。弟が小さな頃は付き添ってあげたこともあるくらい。火事の混乱でマントを南棟のどこかに脱ぎ捨てちゃったから、男の格好で暖かいのが残ってないし、我慢しますね。」


私が大規模に改修したレミントン家のトイレと洗面所、それにお風呂場は、上下水道を敷設する都合で屋敷と少し離れた別館みたいになっていて、夜に歩くのを怖がるパーシーは宥めるのが大変だった。可愛かったけど。


「弟様ですか。魔女裁判でご家族も大変だったと思いますが、弟様はお元気でいらっしゃいますか。」


「ありがとうゴードンさん。パーシーは今、ウィンチェスターの寄宿学校にいるの。私の一連の騒動をどこまで聞いているかわからないから、早く安心させてあげたいのだけど。」


パーシーは私に懐いていたから少し心配していた。裁判期間中にノリッジにいなかったのは良かったと思うし、両親が手紙に何を書いたか私は知らないけど、心配させないようにごまかしているかもしれない。


むしろ心配していなかった兄さんが一悶着起こしているみたいだから、まずそっちを先に解決する必要がありそうだけど。


「じゃあ、行ってきますね。」


「お気をつけて。」


なぜ夜にお手洗いに行くのが一大イベントになっているのかわからないけど、緊張感のある面持ちのゴードンさんに見送られて、渡り廊下を歩く。誘拐犯も怖いけど露出狂にも警戒しないと。そういえば昨日の露出狂は結局何者だったのかしら。相応の処分が下ったことを祈っているけど。


渡り廊下からはうっすらと朝日がのぼってきているのが分かったけど、外はまだ暗かった。ゴードンさんが警告したほど寒くはないと思う。法服はそれなりに地が厚いのよね。



シュッと、少し耳障りな金属音がした。



何かしら?



私は立ち止まった。ランプを高く掲げて、周りを見回す。



「(ルクレツィア・ランゴバルド・・・)」



誰かが小声でつぶやくのが聞こえた。



声の方向を振り返ると、夜の闇に剣を抜いた男の影がうっすらと見えた。




*諸事情により6月中旬まで更新頻度が遅くなります。申し訳ありません。プロットは決まっているので、突然途切れる心配はありません。しばらくゆっくりにはなりますが、今後とも『指魔法』をどうぞよろしく’お願いします。


*作者間でも『指魔法』が読んでいただいている皆様にどう受け取られているかはわからないので、感想を募集中です。キャラクター人気投票をしたらアンソニーがダントツで1位だろうという見解は共有されていますが、色々と手探りなのでコメントを頂けるととてもありがたいです。


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