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CCXC 再婚者サー・ロバート・クレア


私が起きたとき、日はまだでていなくて、部屋はほとんど真っ暗だった。火種を絶やさないよう置いてある、部屋の外れの小さなオイルランプだけ、ぽつんと光っていた。


「何時かしら・・・」


昨日の晩も結局時計は巻いていなかった気がする。この広い部屋だったらやっぱりゼンマイよりも水時計の方がいいかもしれない。スザンナは大体の家事はしっかりこなすけど、こういうところは気が付かないのよね。


上半身を起こすと、後頭部は痛いけど昨日みたいに二日酔いしている感じはなかった。割とスッキリしていると思う。スザンナが着替えさせてくれたみたいで、楽な格好だし髪も梳かしてあった。


目が慣れてくると、起きてすぐに目につくベッド脇のテーブルに、何かが書かれた紙が置いてあるのが見える。ベッドの下にあるつっかけ靴を探し当てると、私はオイルランプのほうに走り寄った。


現世だとライターは当然ないし、ピストン式の発火器とか硫黄のマッチはあるみたいだけど扱いが難しくて、大体は火打ち石か集光レンズを使って頑張ってつけた火をこうやって保存しておく。あんな火事の後では皮肉な話だけど。


オイルランプでぼんやりと照らされた紙に、見覚えのあるスタンリー卿の淡麗な筆跡が連なっていた。あの人、絵とか字は綺麗なのよね。


『1.ライオネルは無事。私が身元引受にいくので、無理して探さないこと。』


そうだった、兄さん逮捕されたショックで気を失ったんだった。早く直接会って元気にしているか確かめたいけど、『魔女』が王都を放浪しているとろくなことがないと思う。今の段階だとスタンリー卿に任せるしかない。


兄さんはそんなドジを踏むような性格をしていなかったはずだけど、何かあったのかすごく心配になる。心配しても今はどうしようもないし、とりあえずは続きを読まないと。


『2.ルイーズは気を失っても目を閉じたまま可愛かったから心配することはない。』


また余計なこと・・・と思ったけど大事だった!白目で泡とかふいていたらどうしようって思ったけど、粗相はせずに済んだみたい。気を失った時点で粗相どころではない気もするけど。


でも可愛く失神できるのってレディのたしなみよね。婦人の失神が多いのは小さい頃から無理なコルセットをしているからだってお父様が言っていて、私はもっと楽な格好をさせてくれたけど・・・私が現世の平均と違うのはひょっとすると・・・


気を取り直して続きを読む。


『ここから先は倒れたり仰け反っても大丈夫な位置・姿勢で読んでほしい。』


どういうことかしら。たぶん私が昨晩の二の舞を踏まないようにってことだと思うけど、さすがに二度もあんなことにはならない。


実の兄弟が逮捕されたら動転するのも当然よね。それと比べたら大半のニュースは驚かないと思う。


『3.ちなみにサー・ロバートが再婚するらしい。』


そうなんだ。知らなかったけど、お祖父様はかなり元気だしお祖母様が亡くなってかなり経つから、のけぞるほどのニュースではないと思う。現世は離婚がめったに許されないけど、疫病や出産で若くして亡くなることもあるから、再婚はけっこう多い。


結婚パーティーには出席したいな。母方の一族はお坊ちゃまお嬢様然として人が多くて、話はあまりおもしろくないけど、口八丁手八丁の父方の親戚に比べると一緒にいてリラックスできる。


『4.相手はルイーズの又従姉妹、アリス・ブーリンだ。』


へえ、アリスなんだ・・・


え・・・


「ちょっと!!!私と歳あんまりかわらないじゃない!!」


がらんどうの部屋に私の叫び声がこだました。


アリスは私より少し年上だけど同年代。あの子が義理のお祖母様になるって複雑だし、あの家はそこそこずる賢いから遺産狙いかもしれない。お父様がしっかりと岳父のサポートにまわってくれないと、色々騙されちゃうんじゃないかしら。クレア家を継ぐはずのビル叔父さんはちょっと頼りない上に独身だし・・・


なにか補足情報がないかと思って先を読む。


『5.ライオネルやサー・ロバートのように、ルイーズ欠乏症で奇行に走る人間が出始めている。機会を作って構ってやってほしい。』


欠乏症って何よ、欠乏症って。それを言ったらスタンリー卿自身が一番深刻な気がするけど。


そういえばアリスの背格好は私に似ていたと思う。でもマッサージのできないアリスにお祖父様が惹かれる要素があったかしら。口は達者だと思うけど、うちの父方の親類縁者はみんなそんな感じだし・・・


スタンリー卿のメインのメッセージはその5つだったみたいで、後はいつもの『さて、私と結婚しないか、ルイーズ。そうすれば〜』のくだりがあったからさらっと読み飛ばす。


最後にスタンリー卿よりも拙い筆跡で誰かが書き足していた。


『あんなに のんで ルイス さま おもらし しなかった ね! よかった ね!』


「なんのつもりなの、スザンナ・・・」


一応は主人にあたる私を赤ちゃん扱いしてくるのは教養やマナー以前の問題だと思うけど。


それにしても、現世では読み書きできる人が少ないから、たどたどしくても読み書きができるスザンナはかなり異例な存在だと思う。一体何者なのかしら。庶民で頭がいい子供は教会に預けられることがあるけど、スザンナの言動で教会にいたらとっくに破門されていると思う。でもいかにも庶民って感じの立ち居振る舞いが演技とは思えないけど。訛りは矯正が難しいし・・・


さて、と・・・


私は寝間着姿で、髪も梳かしてあった。トイレは一階の離れにある。ヘンリー王子が夜に徘徊しているとは思わないけど、女性としてもはしたない今の格好で外に行くのは多少リスクがあった。


「マントがあれば・・・」


マントを探そうとしたら、火事から避難するときに脱ぎ捨てていたのを思い出した。あの時はまだ火事だって分かってなかったけど。それにしても、あのマントはけっこういいやつだったのに・・・


自力でウィッグはつけられないし、これだけのために暗い中コルセットを付ける元気はなかった。


大丈夫、ヘンリー王子直属の従者は労働条件がいいから、夜勤で警備している人はきっと男爵の配下の衛兵なはず。だとしたら見られたって大丈夫だと思う。夜だからガウンを着ていれば性別はわからないと思うし。


でもそういえば、さっき露出狂がいたのよね。男爵が取り押さえたはずだけど、この時間帯ってそっちの犯罪者が現れそうな気がする。味方のはずの衛兵がセクハラをしてきたらどうしよう。この格好だと現世の裁判で勝てるか怪しい。鞭は男爵に預けたままだと思う。


確か裁判のための法服ローブがあったはず、あれを着たら女性だと思われて襲わることはない気がする。


小さなランタンにオイルランプから火を移すと、クローゼットから探し当てたローブをすっぽりとかぶる。法服の下に髪をたくし込むと、念の為スカーフでターバン風に頭をくるんでおく。ヒザ下までのかんたんなタイツにガーターをして、楽な靴を履いて、ガウンを羽織る。そのまま私はそっと部屋を出て階下に向かった。


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