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CCLXXX 策謀家ダグラス・キンカーディン=グラハム大使

警告1: この章は、直接的な描写は一切無いものの、性的な表現及び強く示唆的な表現を含みます。ご留意ください。後の展開で何が起きたかははっきりすると思うので、どうしても苦手な方はスキップしても問題ありません。なおこの小説は「小説家になろう」のガイドラインを遵守しています。


警告2: 他の章に比べ、少し長くなります。


我々三人を先導するドナルドは、丸めたカーペットを抱きしめるような形で抱えていた。東棟の芝に合わせた色と柄になっている。


「いくら夜とは言え、芝生柄のカーペットにかくれても不自然なだけではないだろうか。せめて芝生を移植できないものか。」


「すぐに枯れてしまいます、キンカーディン様。これは緊急避難用で、あくまでハーシュマンさんの持っている、移動式垣根がメインですから。」


皆の目がハーシュマンの抱える偽の垣根に向けられる。枯れ木と緑の布を浸かった本格的なもので、隠れ場所を提供するのに良いだろう。ただしこの国の人間の監視下で、昼の保管場所を探すのには一苦労であった。


「運びづらいですが、この程度の月の夜では、まず偽物と気づかないでしょう。」


「そうだろうな。さて、露出狂騒動で遅れてしまったが、ようやく盗聴器具の確認ができる。しかしまったく、ヘンリー王子の周りは変態ばかりのようだ。」


少なくとも一人の衛兵が我々の動きに気づいていた以上、場を混乱させた露出狂には感謝するべきかもしれないが。


「しかし、ホーズバラ様に秘密通路まで案内していただけなかったら、私達はあの衛兵から逃げ切れなかったでしょう。」


我々のミッションでは紅一点の少女がドナルドを褒め称える。


「それはどうも。今は通路の入り口をみはらせていますから。展開によっては侵入もできますよ、キンカーディン様。」


ドナルドはいつになく前のめりである。


「やめておこう。今日はあくまで盗聴器の確認がしたい。ドアノブやクローゼットの細工を確認するのは後日だ。一晩に二度も秘密通路を使うと、発覚する可能性も高まるだろう。」


焦ってはなるまい。放りおけばジェームズ様は徐々に有利になるはずであった。ヘンリー王子とトマス・ハワード・ジュニアに傷はつけても、ジェームズ王子の評判が共倒れになっては仕方なかろう。


話しているうちに我々は目標地点に到達した。人は減り、棟から漏れる明かりも少なくなっている。垣根が設置される


「しかしキンカーディン様、ジェームズ王子の後継指名に前向きとの噂があるヘンリー王子を貶めすぎても、まずいのではないですか。」


ドナルドは好戦的なのか平和裏に収めたいのか、はっきりしない部分がある。


「ヘンリー王子は16歳。これから先どう化けるか分からない上に、禅譲がかなっても我らがジェームズ王太子殿下と15歳差しかない。そもそもヘンリー王子の姉の子であるジェームズ様は、明確に継承権が劣っているわけではない。」


この国の第三代国王が一人娘に王位を継がそうとした際、女性の王位継承を認めない甥と内戦となり、結局その娘の男の子が継ぐことに決まったということがこの国の女系継承の始まりだった。なし崩し的に始まったこの慣行は、ルールが自明なものではない。母と父方の祖母が王族出身である現国王にも引き継がれている。


今の国王は有能だが、虚弱だというアーサー王太子が即位して以降なら、いくらでも選択肢はあるだろう。この国が権力闘争に明け暮れる間、北にいるジェームズ様は護られている。


「銅線の先のカップを確保しました。」


ハーシュマンは、隠してあった盗聴器の受話器の部分を取り出した。


垣根に隠れるようにして、我々三人は耳を傾ける。ドナルドは周囲の警戒に当たった。



「(だめっ・・・やっ・・・だめえっ・・・あうっ・・・そんな・・・そんなはげしっ・・・あっ・・・)」



雑音が激しくて、会話の一部しか聞き取れない。聞こえてくる内容が断片的すぎて意味を推察することも難しい。王子ではない何者かが、何かを嫌がっているようだが。


「これはウィリアム・コンプトンの声だと思われます。いつもよりも高い声ですが。」


少女はこの限られた情報から話者を特定したようだが、しかしもう少し細い導線にしたほうが聞こえがよかっただろうか。切れてしまうリスクがあり、極限まで細くはできなかったのだが。



「(コンプトン、腰の具合はどうだ。)」



今度はしっかり聞き取れる声だ。


「ヘンリー王子です!」


少女のあげた小さな歓声に、我々の期待が高まる。



「(気持ちいいよお・・・あっ、声に出て・・・んああっ・・・こんなじはずじゃ・・・)」



なんだと?



「盗聴器の確認としてはこれ以上ない収穫だが、話が報告と違う。王子は昨日リディントンとしたのが初めてで、しかもやられ役ときいていたが。」


「分かりません。やられ役が昨日初めてで、コンプトンとは長い歴史があるのかもしれませんが。」


いつも冷静な彼女もさすがに当惑を隠せていなかった。



「(こんなのっ・・・・こんなのはじめてえ・・・)」



我々に都合のいい解説が入った。


「やはり、現にコンプトンも初めてだと言っています。」


「しかし、王子が手慣れすぎている。」


コンプトンが初めてにしても、ヘンリー王子の冷静さはとても初心者には聞こえないが。



「(痛くないのか、コンプトン?)」


「(いたくな・・・いですっ・・・んやっ・・・きもちよすぎ・・・ふお・・・快感に・・・まけちゃう・・・)」



先程から王子とコンプトンの温度差が気にかかる。


「さすがに初心者同士でこうなることはないだろう。」


「いいえ、コンプトンは初めてと言っているのですし、昨日ヘンリー王子は確かに初めてだと言っていました。天賦の才能が開花したのかもしれません。」


だとしたら天も奇妙な才能をお与えになったものだ。



「(おほおおおおおっ!・・・それだめっ・・・だめになっちゃうっ・・・もうわけわかんないよお・・・)」



ヘンリー王子が手練なことは間違いないだろう。少し厄介なことになった。


我々はトマス・ハワード・ジュニアの芽をつむべく、サリー伯爵が流した噂として、ヘンリー王子が従者を襲ったという噂を広めようとした。


しかし、あれだけ美少年を侍らせて入ればそんな噂など自然に立つもので、反ヘンリー王子勢力は噂を知っていても証拠に欠け、親ヘンリー王子の政治家は聞かないふりをしている。結局噂は所定の効果をもたらさなかった。


もちろん、低地諸国の訪問団に目撃させ、決定的な証拠にするというのが計画ではあるが、王子が美少年を襲っているよりも、美少年に侵されているほうがインパクトは大きい。信仰深くない諸侯でさえ、軍を率いるはずのヘンリー王子がそれではと、愛想をつかすだろう。だからこそ昨日の報告は都合が良かったのだが。



「(おうじさまあ・・・おれ・・・もおだめ・・・きもちいいのにまけちゃうっ・・・にげ・・・あっ・・・ほああっ・・・)」


「(コンプトン、大丈夫か、コンプトン!?)」



王子の声には危機感が混じっていて、本気で快感にやられた従者を心配している様子だった。


「キンカーディン様、やはり王子は素人です。天賦の才能はあるようですが、加減がわかっていないのです。」


「そうかもしれない。だが王子は一度も満足そうにしていない。これが一過性のものに終わっても困る。」


失脚のためには、王子には文字通り堕ちてもらわねばならない。まだその兆候はない。


「もし南がヘンリー王子をキャサリン妃にあてがうことができれば、王太子と同じ目と髪の子供が生まれるかもしれませんでしたね。」


「あのプエブラのことだからその可能性は考えただろうが、ヘンリー王子の女嫌いは筋金入りだ。我々としてはアンソニー・ウィロビーが容疑者最右翼だと考えている。」


アーサー王太子に『子供』ができるのはややこしい展開だ。王太子の健康状態を知るものには自然と疑いが生まれるだろうが、あのプエブラがどう力技を使ってくるのか。


策を巡らせていると、先程より低い声が聞こえてきた。




「(心配ありませんよ殿下、御覧ください。この満足そうな顔を。)」


「(確かに辛そうではないが、目が虚ろなように思うが。)」



まさか・・・


「立会人がいるというのか!?」


王族の床に立会人がいるのは国によっては珍しくないが、この国は見はせずに、従者が初夜に廊下に控えるスタイルだったはずだ。


アーサー王太子とキャサリン妃の確認がとれなかった件があり、やり方を変えていたとしてもおかしくはないが、今回ばかりはおかしい。


「この声はウィンスロー男爵です。」


今まで押し黙っていたハーシュマンが声をあげた。やはり内部事情に精通した人間がいるのは素晴らしい。


ふと見れば顔が青くなっている。



「(殿下、ルイスと殿下が昨日戯れていらしたあと、殿下もこのようになっておりました。しかし殿下ご自身はお辛くなかったでしょう。)」


「(なるほど、あの感覚をコンプトンも味わっているのだというなら、それは良しとしよう。)」



昨日もいたというのか。


「ウィンスロー男爵は国王の侍従長だろう。なぜグリーンウィッチの国王のところにいないのだ。」


「男爵は東棟でよく目撃されています。なぜかはわかりませんでしたが。しかし、彼はヘンリー王子の即位を望む勢力の一員とは見られています。近頃魔女裁判に関わっていたらしく、留守が多かったようで。」


少女は男爵の事情をよく知っていたようだった。だがヘンリー王子の即位をするなら、なぜこのスキャンダルを止めさせないのか。



「(では殿下、ルイスが上に乗りやすいよう、ベッドに横たわっていただけますか。)」


「(上に乗るのか。それもいいかもしれないな。)」



王子にとっては、部下の勧める夕食のメニューを選ぶ感覚なのだろうか。おかしくはなかろうか。


「た、体位まで指定するんですね。」


いつの間にかドナルドが隣に来ていた。


「ドナルド、警戒はどうした。」


「ハーシュマンさんと変わりました。気持ち悪くなったそうです。」


さっきから顔が青いとは思っていたが。


「しかし、どう思う。王子に男をあてがうとは、王子の即位を望んでいるようには到底思えないが。王子の弱みを握って売る気だろうか。」


この国のウォーラム大司教はヘンリー王子と距離が近いようだが、教義に反する確たる証拠を見せられれば王子を護ることはできないだろう。ヘンリー王子は上層貴族に味方が少ない上、これが明るみにでれば頑丈な王を望む軍の一部も態度を翻すはずだった。


「分かりません。しかし王子の指南役なのは確かなようですね。王子もいやいや従っているようには聞こえません。」


少女は冷静な分析を披露した。確かに、王子はこの男爵に信頼を寄せているようだ。そちらの道にいざなったのはウィンスロー男爵なのだろうか。だとすれば我々から見て功労者だが。



「(殿下、一応ベッドの端のほうに、うつ伏せに寝そべってもらえますか。ベッドの端を使うとバリエーションが増えるので。)」



また違った声がした。


「ルイス・リディントンです。つい先程女性の相手をしていたはずですが、体力が残っているのでしょうか。」


「女のように高い声だな。いよいよか。どこかで聞いた声だが。」


「避難指示でどなっていたのがリディントンですよね。でも展開を考えるって、指示がもうプロですね。」


ドナルドは覚えていないようだが、もっと静かな場でこの声を聞いた気がした。



「(構わない。本来私は他人に触れられるのは好まないが、リディントンは実績があるからな。今日もよろしく頼む。)」


「(こちらこそ、よろしくお願いいたします。)」



他人に触れるのは好まなくとも、自分がコンプトンの体を滅茶苦茶にしたのは許せるのだろうか。


「なんだかあまりロマンのない始まり方ですね。」


「王族はこんなものだろう。性別はともかくとして。」


さっきからコンプトンとリディントンが女であれば、やや性豪な王族というだけだったろう。部屋にいるウィンスローの存在はそれでも不自然すぎるが。



「(ん・・・心地よい・・・)」


「(固い!!これだと指が入りません。ちょっとほぐしていきますね。)」


「(そうか?)」



たしかにヘンリー王子は硬そうな体をしているが。


「キンカーディン様、私はリディントンと絶対に握手しません。」


「ドナルド、私から強要することはない、心配しないでいい。」


そういえばリディントンは驚いたように聞こえたが、王子と昨日はどうしていたのだろうか。



「(ええと、少し四つん這いになって、腕を前に放り出すようにしてもらえますか。)」


「(こうか?)」


「(そうです、ありがとうございます。ではちょっと触りますね。)」



恥辱にまみれたことが起きているようだ。


「キンカーディン様、王子はかなり破廉恥なポーズを取らされていますね。」


「王子が気にしていないのは、自覚がないのでしょうか。それとも・・・」


「とにかくこの時点でもはや威厳は地に落ちているな。己の目で確かめ・・・たくはないが。」


ヘンリー王子が屈辱的な格好をしているのは愉快かもしれないが、目に焼き付いて夢に出てきたらどうする。悪夢だ。



「(んっ・・・少しばかりこそばゆい・・・やや恥ずかしくも思うが・・・)」


「(わかりました。では寝そべってください。私が上に乗るので、力を抜いてくださいね。殿下、ベッドから足が出るくらいの位置まで移動してもらえますか。)」



乙女の反応を見せる王子に対して、リディントンの指示はテキパキしていた。


「一応、王子も恥ずかしいことをされている自覚はあるみたいですね。」


「でも嫌がっているようには聞こえません。」


確かに王子の従順ぶりには驚かされる。



「(では、痛かったら言ってくださいね。)」


「(ああ、頼む。)」



どうやら本番に入るようだ。


「導入が長かったですね。」


「何を言っているんですか。ちゃんと準備するのが大事なのでしょう。」


我々の中で男女の諍いがおきつつあった。


「おそらくはほぐすのに時間がかかったのだろう。さあ注意を払わねばならない。」


今までの言動から考えて、今度はコンプトンと違いヘンリー王子がやられる側だ。我々が公にする王子のスキャンダルの本質が、今から聞く内容にかかっている。四つん這いの時点でかなりのスキャンダルだが。



「(元始に神、天地を創造たまへり。地は定形なく曠空くして、黑暗淵の面にあり、神の霊水の面を覆たりき。神、光あれと言たまひければ・・・光ありき 。)」



なぜ急に説教が始まったのか。


「食事の前の祈りみたいな感じで、その前にも祈るんですかね。」


「しかし、何に感謝しているというのだ。むしろリディントンは聖書に興奮する変態なのではなかろうか。」


「いえ、痛みから気をそらそうとしているのかもしれません。」


謎の展開に三者三様の解釈があった。



「(神、光を善と・・・善・・・善っ・・・善すぎるっ・・・くっ・・・駄目だっ・・・耐え難いっ!・・・はっ・・・)」



王子はすぐに神聖さを失った。元始のくだりはとうとう謎だったが。



「(あんまり腰を振らないでください。腰にも悪いですし、適切な場所を押すコントロールが難しくなるので。)」



いくらよがっているとはいえ、王子に対してそんな冷たい対応をとっていいものなのだろうか、従者の立場で。



「(・・・つっ・・・済まないっ・・・快感を追って・・・腰が勝手に・・・動いて・・・ぬあっ・・・)」



これは期待以上だ。


「キンカーディン様、もうこの王子の政治生命はおしまいですよ。」


「そうだな、この痴態を見たものは、誰もが彼の即位を望まないだろう。あきらかに快感に狂わされ、従者のしもべに成り下がっている。」


従者の『コントロール』とやらのために腰を振らないようにする王子、か。滑稽を通り越して少し不憫に思う。ジェームズ様のため、当然追及させてもらうが。



「(そんな腰を突き出されても困ります。ちょっとゆっくりにしますから、できるだけじっとしていてくださいね。)」


「(ああ・・・善い・・・心地いい・・・ふう・・・)」



「また言葉で羞恥心を煽るとは、さっきからリディントンが冷徹ですね。」


ドナルドの言う通り、リディントンからは王子への愛情が伝わってこない。


「いいえ、王子の体を気遣っているとも言えます。たしかに愛はなさそうですが、尽くしている感じがあります。」


少女の言う通りリディントンは奉仕をさせられているのだろうか。その割には王子に対して言いたい放題のことをいい、かなり辱めているが。


「釣った魚に餌をやらない性格なのかもしれない。とりあえず、我々は王子の痴態が確認できればそれで良いのだが。」



「(おお、リディントン!リディントン!!)」


「(殿下、腰の具合はいかがですか。)」


「(・・・くうっ・・・腰が・・・溶けそうだっ・・・くはっ・・・はっ・・・とっ・・・蕩けてしまうっ・・・)」



王子は完全に陥落していた。


「もういいのでは。今晩の目的は達しましたし、誰もいないうちに撤収しましょう。ハーシュマンさんの二の舞になります。」


先程までは調子に乗っていたドナルドも、さすがに嫌気がさしてきたようだった。


「私とて好きで男の喘ぎ声を聞いているわけではない。これほど詳細に解説されるのなら、わざわざ見る必要もなさそうだな。部屋の前を通るだけで良いだろう。今日は満足いく任務だったといえよう。」


「惜しむらくは、フィリップ大公一行がやってくる頃には新鮮さを失っているおそれがあることでしょうか。これを聞かせたていれば誰も文句が言えなかったでしょうに。」


少女は悔しそうだったが、それくらいは仕方がない。我々は撤収の準備を始めた。



「(ところで殿下、私の騎士叙任の件ですが、ハーバート男爵の臨席で、私の希望通りにしていただく形でよろしいですね。)」


「(・・・しかし・・・うくっ・・・それは・・・それを譲っては・・・うぐっ・・・)」



騎士の位を要求しているのか?



我々は声を失った。



先程から王子に愛情も思いやりもなさそうだったリディントンだが、これは全部騎士の位を得るためだったのか。



「(同意していただけたら、気持ちの良いようにしてさしあげますよ。)」


「(・・・くうっ・・・こんな誘惑には・・・はぐっ・・・負けな・・・あふっ・・・)」



なんということか。


「悪漢め。」


ドナルドが思わずつぶやく。盗聴している我々も正義漢ぶることはできないが、王子を性的に誘惑して騎士に上り詰めるとは、後世に語り継がれる暴虐さだ。


だが・・・


「実に、実に都合のいいことだ。」


「なぜですか、キンカーディン様。」


ドナルドはこのメリットがわかっていないようだった。


「二人共、この国の九代前の国王が、なぜ廃位された上牢獄でむごたらしい死に方をしたか、覚えているか。」


「覚えています。今回の計画のモデルケースでしょう。」


「同性愛に走った国王が、王妃とその愛人のクーデターで廃位され、獄中で性的に陵辱され続けたという。残酷な痴話喧嘩に近いと思いますが。」


二人には過去の譲位や王位簒奪のケースは勉強させてあった。


「そうだ。なぜ諸侯が、東の国出身の王妃が権力を握るのを傍観したと思う?」


「国王が同性愛で教会の支持を失ったからでは。」


「それだけではない。国王が恋人だった屈強な騎士を、身分違いの出世をさせ権力を握らせたからだ。」


二人が息を飲んだ。


「それはまさに・・・」


「そう、まさに今回のリディントンと同じ。庶民出身の従者が、前例のないスピードで、高い地位に上り詰める。当然ながら、誰もよく思わない。理由を知れば特にだ。」


これはいける。奸臣リディントンに乱されたヘンリー王子は退位。リディントンを倒すのは聡明なジェームズ王子だ。時間軸ではすこし先になってしまうだろうが。



「(これはいかがですか。)」


「(つあっ・・・かっ・・・固いっ!・・・うっ・・・かき回されるっ・・・)」



聞きしに勝る、凄まじいテクニックのようだ。


「聞いているだけでもすごい技ですね。『コントロール』を要求するだけはある・・・つまり、リディントンのテクニックに夢中になった王子が、リディントンを真の権力者にしてしまうと。」


「そのとおりだ。そうすれば反ヘンリー連合ができるのは時間の問題だろう。騎士叙任はその一歩だ。」


ドナルドは納得したようだった。


「しかし、強引な要求ではありますが、リディントンが鎮火の指揮を取ったのは事実です。出自が不明な上に異様なスピードではありますが、業績だけを見れば騎士に上がるのも不審ではないのではないでしょうか。」


少女の方はまだ首をかしげている。


「その火事自体、怪しいと思わないか。あれだけの騒ぎで、死人はゼロ。建物は一つも燃えていない。」


「ですが、灯籠を設置したのは王太子の従者たちだということははっきりしています。」


これについては憶測でしかないが・・・


「王太子の従者で男色の噂がたっているものがあっただろう?」


「ジェラルド・フィッツジェラルドとアンソニー・ウィロビー・ド・ブロークです。ウィロビーの方はキャサリン妃の浮気相手の候補として監視しています。灯籠を設置したのはフィッツジェラルドだという噂です。」


それは都合がいい。



「(お具合はどうですか。)」


「(ああ、リディントン!!・・・善くて・・・善くてたまらないっ!!・・・この角度がっ・・・善い場所に・・・ああっ・・・)」



「いいか、リディントンがこの驚異のテクニックでフィッツジェラルドもやり込めていたら、話は変わってくる。」


「まさか・・・しかし、どう立証すれば。」


「真実かどうかはどうでもいい。こういう不可思議な出来事は、誰もがそれらしい説明を探しているものだ。リディントンの騎士叙任の建前として、火事が起きたことにすれば、リディントンだけが活躍して被害のないまま鎮火したことも説明できる。鎮火で役に立たなかった連中の面目も立つというものだ。正しいストーリーではなく、皆が欲しがっているストーリーのほうが、噂は広まりやすい。」


リディントンがデビュー時から黒い噂に囲まれているとしたら、失脚にもっていくのは簡単だろう。


問題は、その前にリディントンは一度権力を握ってもらう必要がある。奸臣が小物では倒しがいがない上、ヘンリー王子が気の毒な被害者で終わりかねない。ヘンリー王子を操ってこの国を好きに動かしてもらう必要がある。



「(そろそろ終わらせることもできますし、続きをしてもよいのですが、では私が騎士になる件については・・・)」


「(ああっ・・・すべてっ・・・望み通りっ・・・くふっ・・・リディントンの望むように・・・はからうといい・・・んっ・・・つづきを・・・つづき・・・んくっ・・・)」


「(殿下、腰の調子はいかがですか。)」


「(・・・さ、最高だ・・・ああっ、リディントン!!・・・)」



我々が聞き入る中、事実上の売官行為が行われた。


「これはもはや汚職だ。ジェームズ様が王位についた暁には、この国のたるんだ慣行を一掃せねばならないな。」


「王子もあっさり快楽に落ちて、情けないですね。私達には都合がいいですが。それにしても、名誉ある騎士の位を、剣ではなくアレで勝ち取ったのは、前例がないでしょうね。」


「前例があるからすばらしいのだ。九代前と同じ展開をたどりつつある。」


「なるほど!」


ドナルドはさっきからうなずいていたが、少女の方はまだ納得しない様子だ。


「始めから王子はリディントンへの期待でいっぱいだったようでしたが、王子が騎士叙任を渋ったのはなぜでしょうか。やはり愛人と家臣は分けようとしたのでしょうか。」


「火事騒動でおとなしくならざるをえない王太子派の勢力に、攻撃する口実を与えるからだろう。」


ヘンリー王子が良心で渋ったとしたら都合が悪いが、結局堕ちたのだから関係がない。



「(・・・くっ・・・それに触れてはならない!・・・うっ・・・悪いが・・・今後も触れないように頼む・・・んっ・・・)」



散々触らせておいて、今更何をいっているのか。


「さっきから恥ずかしい格好で散々触られていましたけど、なんのことを差しているんでしょう。」


「わからないが、これ以上王子の弱点を知る必要はないだろう。」


ヘンリー王子の弱みは握った。フィリップ大公の訪問に合わせてパブリックにする必要はあるが、目下最大の問題は南の国による『王太子の子供』僭称問題だろう。



「(すみません、今後気をつけます。今は気にせずにリラックスしてください。」


「(わかれば良・・・うくっ・・・駄目だっ・・・善すぎて・・・善すぎてつらいっ・・・快感が・・・暴力にっ・・・つっ・・・ふっ・・・善いっ・・・ふうっ・・・ぐあっ・・・むああああああああっ!・・・く・・・つっ・・・ふ・・・・・・ん・・・)」



終わったようだ。


「今度こそ撤収ですね。」


「なにか忘れているような気がするのだが。」


垣根は取り外され、受話器を元の位置に隠せば逃げる準備はととのっていた。



「(なにかあったのだろうか。ルイス、私はスザンナを探しに行ってくる。)」


「(今の男爵かっこいい・・・)」



久々に聞こえたウィンスローの声の後に、リディントンの惚れ惚れした声がした。


惚れ惚れ、だと?


「そうか、そういうことか。」


点が線でつながった。


「どういうことですか、キンカーディン様。」


「真の権力者はウィンスローだ。ウィンスローがリディントンを、リディントンがヘンリー王子を、ヘンリー王子がコンプトンを支配している。」


「なるほど、文字通り雌雄を決しているのですね。」


「そうなると、王子のみならずリディントンも、その、『二方面外交』をしているのでしょうか。」


「そうなるな。王子もリディントンも、攻めているときは事務的だった。リディントンはきっと王子と同じように、ウィンスローに甘やかされると豹変するに違いない。」


この鎖のどこかに干渉できないだろうか。ただ知っているだけでは勿体ないことだ。



「(しっかりしてほしいな、ルイス。じゃあ後始末を頼むよ。)」


「(後始末?王子はこのまま寝てもらうとして、コンプトン先輩はどうしよう。)」


「(放っておけばいいよ。ではよろしくね。)」


「(じゃあ、私達も退出しよっか。)」



「聞いての通り、明らかにリディントンはウィンスローになつき、付き従っている。きっと後で『ご褒美』をしてもらうに違いない。ヘンリー王子のようにな。」


「確かに、リディントンは仕事をこなすような感じでしたね。」


ヘンリー王子の弱点がリディントン、リディントンの弱点がウィンスローだとすると・・・


「どうにかしてリディントンを手に入れられないだろうか。」


「まさかキンカーディン様、以前も下着も履かずにスカートを履いていらっしゃいましたが、やはりリディントンに絶妙な角度でかき回されたくなったのですか。」


「黙れドナルド。あれは高地の民族衣装だ。その言い方を借りれば、むしろリディントンをかき回す人間を探す必要がある。」


低地出身のドナルドは、あまり高地の伝統文化に理解がない。


「どういうことですか。」


「ウィンスローの腕前は未知数だが、もし王子を操るリディントンを我々の掌中に収められるか、すくなくとも交渉ができるところまで持っていければ、ヘンリー王子を通じてさまざまな工作活動が可能になる。」


我々がヘンリー王子に近づくのは難しい。我々がウィンスローの手からリディントンを奪うことができれば、ヘンリー王子に我々は影響力を持つことができる。


ヘンリー王子とトマス・ハワード・ジュニアに不毛な権力闘争をさせ、ジェームズ王子が漁夫の利をかっさらうのも夢ではない。


リディントンを押さえれば、リディントンとヘンリー王子に失政をさせた上で、ジェームズ王子が救世主として現れる、そんなシナリオさえ描ける。キャサリン妃に王太子そっくりの子供ができない前提ではあるが。


「さらいますか、しかし無理やり要求して、態度を硬化されても困りますね。」


「誘拐犯を手配し、それを倒した白馬の騎士として我々が『保護』する、というのも一つの手だ。ウィンスロー系統の美男子を用意できないだろうか。ヘンリー王子のようなものはタイプじゃないようだったな。ガヴィンが秘密のミッションで東の国に向かっていたが、彼の配下がこちらに寄ってくれればいいのだが。」


ガヴィンの派遣団は小さいものだが、工作や諜報に優れたメンバーが揃っている。


「ガヴィン・ダンバー式部長官ですか。いずれにしても、フィリップ大公訪問後も見据えた、長期的なプランなのですか。」


「そうなるな。ジェームズ王子はまだ一歳、ジェームズ国王陛下が摂政をすることをこの国は認めたがらないだろう。少なくとも短期的には、奸臣リディントンに暗躍してもらってよかろう。アーチボルドにはまた手紙を書く必要がある。良いか、長期的には王子とともに身を滅ぼしてもらうが、短期的には・・・」


我々はお互いを見つめ合った。



「ルイス・リディントンを制するものは、この国を制する。」


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