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CCLXXIX 朗詠者ヘンリー王子




元始に神、天地を創造たまへり。



地は定形なく曠空くして、黑暗淵の面にあり、



神の霊水の面を覆たりき。



神、光あれと言たまひければ・・・光ありき



神、光を善と・・・善・・・



善っ・・・善すぎるっ・・・くっ・・・駄目だっ・・・耐え難いっ!・・・はっ・・・」



今度はなんだか創世記を暗誦していた王子は、気持ちよさそうな声をあげて腰を震わせた。


「あんまり腰を振らないでください。腰にも悪いですし、適切な場所を押すコントロールが難しくなるので。」


一生懸命力をいれて背骨のキワに指をいれていた私は、決して上機嫌ではなかった。


私はマッサージ師としてのプライドがある。前世を含めればマッサージ歴はそれなりに長いし。


だから私としても気が進まなかった素人耳かきと誇り高きマッサージの間で、王子の反応が大して変わらないのが許せなかった。また謎の精神統一をしていたんだと思うけど、ワンパターンにも程があるでしょう。


「・・・つっ・・・済まないっ・・・快感を追って・・・腰が勝手に・・・動いて・・・ぬあっ・・・」


一応王子はじっとしようと努力しているみたいだったけど、ときどき指から逃げるように腰を引くような動きをして、かと思ったら今度は指に腰を押し付けてくるように動いて、とにかく落ち着かなかった。膝のあたりに控えている私の視点からは、マッサージする上でかなり迷惑だった。


「そんな腰を突き出されても困ります。ちょっとゆっくりにしますから、できるだけじっとしていてくださいね。」


すこし手加減をする。弱い力だと王子の固い体に押し返されてあんまり効果がないけど、とりあえず落ち着いてほしい。


「ああ・・・善い・・・心地いい・・・ふう・・・」


王子は擦られているだけでも気持ちがいいみたいだった。前回もそうだけど、温泉に入って悦にいっている人の顔をしている。16歳にしてこの貫禄。


多分、ヘンリー王子はいわゆる『何を作っても美味しいと言ってくれる人』みたいなタイプで、私は即席ラーメンと生パスタが同じような評価を受けて悔しがっている彼女さんみたいなものかしら。冷たい応対をしちゃったけど、もっと広い心で受け止めてあげないといけないのかもしれない。


王子が落ち着いたのを見計らって、指を入れるのを再開する。


「おお、リディントン!リディントン!!」


王子は熱に浮かされたような顔で私の名前を呼んだ。意味がわからないけど。


「(ルイス、そろそろ交渉の時間じゃないか。)」


いつのまにか近くにいた男爵が耳元で囁いて、私は飛び上がりそうになった。


「(だっ、男爵、急に耳元で喋らないでっ!びっくりしたじゃない!)」


手が滑ったら危なかった。王子の立派すぎる筋肉を考えれば、手が滑ったくらいで痛いことはないと思うけど。


「殿下、腰の具合はいかがですか。」


「・・・くうっ・・・腰が・・・溶けそうだっ・・・くはっ・・・はっ・・・とっ・・・蕩けてしまうっ・・・」


王子はアンソニーと違って会話が成立しそうだった。


「ところで殿下、私の騎士叙任の件ですが、ハーバート男爵の臨席で、私の希望通りにしていただく形でよろしいですね。」


「(ルイス、それは後回しでいい。)」


「・・・しかし・・・うくっ・・・それは・・・それを譲っては・・・うぐっ・・・」


どこまでも私のお風呂にこだわりのある王子。


「同意していただけたら、気持ちの良いようにしてさしあげますよ。」


さっきからリアクションの良かった箇所を重点的に押してさしあげる。


「・・・くうっ・・・こんな誘惑には・・・はぐっ・・・負けな・・・あふっ・・・」


王子は粘っていた。ある意味で誘惑されている自覚があるみたいで、ちょっと困った。


でも私の貞操はゆずれない。


「これはいかがですか。」


力を入れすぎないように、肘を使って、少し斜めにツボを押していく。


「つあっ・・・かっ・・・固いっ!・・・うっ・・・かき回されるっ・・・」


王子はびっくりしたみたいだけど、嫌そうではなかった。気持ちがよかったみたいで、表情が緩んでいる。


「お具合はどうですか。」


「ああ、リディントン!!・・・善くて・・・善くてたまらないっ!!・・・この角度がっ・・・善い場所に・・・ああっ・・・」


王子は指のときよりも反応が良かった。でも腰のマッサージは指の方がはるかにベターで、肘はピンポイントで使うのが難しいから最後の手段。


「そろそろ終わらせることもできますし、続きをしてもよいのですが、では私が騎士になる件については・・・」


「ああっ・・・すべてっ・・・望み通りっ・・・くふっ・・・リディントンの望むように・・・はからうといい・・・んっ・・・つづきを・・・つづき・・・んくっ・・・」


あっさり私のゴールは達成された。


「(男爵、念の為サインしてもらおうかしら。)」


「(私が証人になるから問題ないよ。それより、本題を頼めるかな。ノリスに聞こえないように声を抑えてほしい。)」


男爵の本題と言うと女嫌いプロジェクトだと思うけど、具体的に何をお願いしたらいいのかしら。


「殿下、腰の調子はいかがですか。」


「・・・さ、最高だ・・・ああっ、リディントン!・・・」


「(殿下、話は変わりますが、事前に説明はうけていたものの、殿下の徹底した女払いにはびっくりしてしまいました。もしよろしければ、どういう事情があったのか、教えていただいても・・・)」


私が言い終わる前に、王子の顔が辛そうに歪められるのがわかった。怒りというよりも、悲しそうな、辛そうな顔。


「・・・くっ・・・それに触れてはならない!・・・うっ・・・悪いが・・・今後も触れないように頼む・・・んっ・・・」


王子は扉を閉ざしてしまった。触れてはいけない割に、女払いの徹底っぷりはかなりパブリックだと思うけど。


でも王子はその話題が出るのもほんとに嫌みたいだった。よくみると悪い汗をかいているみたい。すこし気の毒になる。


「すみません、今後気をつけます。今は気にせずにリラックスしてください。」


さすがにそんな表情をされているとマッサージのしがいがないから、腰の治療よりは王子の好きそうなツボを指でテンポ良く押していく。


「わかれば良・・・うくっ・・・駄目だっ・・・善すぎて・・・善すぎてつらいっ・・・


快感が・・・暴力にっ・・・つっ・・・ふっ・・・善いっ・・・ふうっ・・・ぐあっ・・・


むああああああああっ!・・・く・・・つっ・・・ふ・・・・・・ん・・・」


王子は少し悩ましげだけど、概ね幸せそうな顔に戻って、力尽きるように伸びてしまった。前回と違って今回は目を閉じていて、なかなか芸術的な寝顔でいらっしゃる。


「(男爵、この計画、だいぶ難しそうだけど。)」


「(今まで謎のままだったんだ、そんな簡単にいくとは思っていないよ。初日としては上出来じゃないかな。私はスザンナを呼んでくる。)」


男爵は王子の顔をチェックすると、例のクローゼットに歩いていった。今日もプランBが準備されているみたいだった。


「(男爵、無防備な王子にスザンナをけしかけるプランに、私は賛成しかねるわ。)」


「(ルイスをけしかけられればよかったんだけどね。スザンナ。スザンナ!?)」


男爵が不安そうに秘密通路につながっているクローゼットを開けると、前回と違ってスザンナの姿はなかった。


「なにかあったのかもしれない。ルイス、私はスザンナを探しに行ってくる。」


勢いよく私を振り返った男爵は危機感に満ちていて、少し切れ長の目は決意に満ちて光っていた。黒いマントが翻って、すこし乱れた髪で振り返るという動作がすごく美しい。照明もちょうどいい。


「今の男爵かっこいい・・・」


これが見られるなら、スザンナには定期的に行方不明になってほしいかもしれない。あのスザンナのことだから誰かが脱いでいるのを覗いているだけだと思うけど。


「しっかりしてほしいな、ルイス。じゃあ後始末を頼むよ。」


「後始末?王子はこのまま寝てもらうとして、コンプトン先輩はどうしよう。」


「放っておけばいいよ。ではよろしくね。」


美しいフォームで駆け出していく男爵を目で追う。


ふと気づいたら、モーリス君は回復してオットマンに座っていた。なんとも言えない憮然とした表情をしているけど、手伝ってはくれると思う。


「じゃあ、私達も退出しよっか。」


私は満足そうに寝そべっている王子とコンプトン先輩を眺めて、とりあえずブランケットをかけて退出することにした。


ノリス君が戻ってきてなんとかしてくれるよね。でもメッセージくらいは書き置きしようかしら。


私は、さっき王子がなにかを書いていた、ソファの脇のテーブルに向かった。


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