表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/383

XXVII レディ・ルイーズ・レミントン

宮殿らしいものがまだ見えていないのに、馬車は減速し始めた。まさか本当にさっきの騒動で馬が怖くなっちゃったのかな。


「心配しなくても大丈夫だよ、ルイーズ。ここで馬車を換える。とり合えず口喧嘩は一旦休戦だ。」


暗くてもう見えないけど、男爵は相変わらず薄笑いを浮かべていると思う。さっきの私の口撃は残念ながらあんまり効いていないみたい。


「馬車を換えるってどういうことですか。」


周りをよく見ると道沿いに黒い馬車と数人が待機している。


「いいかい、この馬車はこのままルイーズ・レミントンを乗せて北の修道院に直行する。一方で黒い馬車は私とフランシス、それにルイス・リディントンを乗せてリッチモンドの王宮に向かう。わかるね?」


つまり囮の馬車ってことかな。


「尾行されているようには見えませんけど、わざわざここまでする必要があるんですか?」


「馬車がどこを通った、いつ到着したという記録が大事なんだよ。さあ、足元に気をつけて。」


なるほど。なんで侍従をやっていてこういうことに詳しくなるのか分からないけど、私もそういうテクニックは知らないし、結局は男爵を信用するしかなさそう。


男爵は先に降りて私とフランシス君が馬車から降りるのを手伝ってくれた。近くには多分ルイーズ役の女の人や御者さんがいたけど、挨拶もなしに私たちの乗ってきた馬車に乗り込んでいく。


今度乗る馬車は割と地味な印象がする。相変わらずタイラーさんが運転するみたい。


「さて、ルイス、いくつか確認して置きたいが、まずヘンリー王子がそうであるという確たる証拠はないし、王族がそうであってはならない。わかってくれるね。」


ルイス呼びに戻ったみたいだけど、男爵にペースを握らせるとろくなことがないのよね。


「都合が悪いのはわかりますけど、なんでそんな肝心な疑惑を教えてくれなかったんですか。『王子の女嫌いは根が浅い』とか事実と真逆じゃないですか。」


さっきからフランシス君が不安そうにしていたけど、私がレディらしい声量に抑えたのでホッとしたみたいだった。


「まあ落ち着いて。君に不安のないまま裁判を乗り切って欲しかったし、ヘンリー王子の嗜好に関わらず君の仕事は変わらないのだから、そこを曇らせて欲しくなかったんだ。」


それは都合のいい解釈。ようは断られるのが怖かったんでしょう。火あぶりよりはずっとマシだから断らなかったと思うけど。


「それにヘンリー王子は非常に信心深い青年だよ?彼は教会の教えに背くようなことはしないし、私やフランシスの知る限りでは一線を超えたことはない。」


この世界では同性同士の関係は教会が禁じていて、一応刑罰も決まっている。身分が高い人の場合は見て見ぬ振りをする場合も多いみたいだけど。


「それにしたって、そういう生まれつきの性向をマッサージで変えるのは難しいですよ?」


絶対に不可能って本当のことを言ってしまうと、ここで馬車を降ろされちゃうかもしれないから、控えめにしておかないと。


「困難は承知だよ。ただ、額面通り受け取るよりも、実際は簡単だと私は見立てているんだ。」


「男爵の見立てはあてにならないってことが一緒にいてわかりましたけど、とりあえず訳を聞きましょうか。」


すっかり日が落ちて馬車の中は暗いけど、男爵が苦笑するのはわかった。


「全く君にはかなわないな。さて、ヘンリー王子が女性を避け始めたのは12歳のころ。その後マーガレット王女が北の国に嫁ぎ、王妃殿下が亡くなって以降、女性を半径10フィート以内に入れたことがない。公の行事などで女性を目に入れるのも年に数回あるかないかなんだ。」


本当に徹底しているんだ。確かに王族の命令なら逆らうのは難しいだろうけど。


「国王陛下はただ手を拱いていたんですか?」


「いや、ヘンリー王子はスポーツの好きで体格の良い、男らしい少年だったからか、当初はそういう心配はしていなかったようだね。後になって慌てて女性に慣らせようとしたが、却って王子に意地を張らせてしまって逆効果だった。」


男爵は首を振っている。多分関係者だったんだろうな。


「つまりヘンリー王子は12歳から16歳までの多感な時期に女性との交流が一切なかったんだ。彼の近くに居た美少年たちは、考えようによっては、美女の代替だと見なすこともできるよね。」


「いえ、かなり強引だと思います。希望的観測ってやつです。」


スタンリー卿がマッサージを気に入ったから王子も気にいるはずだ、と思っていた男爵の思考回路ならそう解釈するかもしれないけど。


「厳しいね、ルイス。しかし少なくとも、王子が女性を生理的に寄せ付けないかどうかを判断できるほど、女性を物理的に寄せ付けていないのは確かだよ。彼が少女みたいな美少年たちを気に入っているのは確実だから、そうなると美少年のような少女、君の出番というわけだね。」


「私はモルモットってわけですか。」


美少年のような少女、よりも少年みたいな美少女、って言われたかったけど。ちょっとだけ。


「モルモット?可愛いということかな?ともかくルイス、最終的には君の魔法で王子は考えを改めるだろう。」


「マッサージを買いかぶりすぎですよ、男爵。」


男爵に誰か論理学を教えてあげてほしい。


でも落ち着いて考えると、王子様がややそっちに傾いていて、かつ信心深いとするなら、側にいて襲われたり妊娠させられたりする危険性はだいぶ下がりそう。性別さえばれないなら、マッサージが効かなくても平和に暮らせるかもしれない。


「落ち着いて考えれば悪い話ばかりでもないですね、男爵。」


「それは良かった。馬もフランシスも安心しているよ。」


男爵は見るからに上機嫌になった。表情はよく見えないけど。


「男爵、そんなにレディをからかうとさっきのを耳元で再現しますよ。」


男爵の体が馬車の揺れよりも少しだけ大きく揺れた気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ