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CCLXXVIII 企画者ウィンスロー男爵


「コンプトン、大丈夫か、コンプトン!?」


ヘンリー王子は心配そうにコンプトン先輩の顔をうかがった。


「心配ありませんよ殿下、御覧ください。この満足そうな顔を。」


上機嫌な男爵が、突っ伏していたコンプトン先輩の頭を動かして、顔を王子様に見せた。


「確かに辛そうではないが、目が虚ろなように思うが。」


この宮殿だとまどろんでいるようなリアクションの人が多かったけど、コンプトン先輩は放心状態みたいだった。口角が上っているから、見方によっては満足そうにも見える。ちなみに先輩はけっこう筋肉の付き方が良くてびっくりした。やっぱり鍛えているんだと思う。


男爵がなんで王子を警戒させてまでコンプトン先輩のマッサージを主張したのかはわからないけど、コンプトン先輩はエリーよりもはっきり分かるくらい腰を痛めていたから、私がマッサージをしたのは適切だったと思う。それなりに効果はあったと思うし、気持ちよくなってもらえて私も満足。腰痛は地道に治していかないといけないけど。


「殿下、ルイスと殿下が昨日戯れていらしたあと、殿下もこのようになっておりました。しかし殿下ご自身はお辛くなかったでしょう。」


「なるほど、あの感覚をコンプトンも味わっているのだというなら、それは良しとしよう。」


当時の殿下はひなたぼっこをするセイウチみたいな感じで幸せオーラ全開だったから、抜け殻みたいになっているコンプトン先輩よりも多分満足度が高かったんだと思うけど。


「では殿下、ルイスが上に乗りやすいよう、ベッドに横たわっていただけますか。」


「上に乗るのか。それもいいかもしれないな。」


ヘンリー王子は観戦席になっていた革張りのソファから立ち上がると、奥の広大なベッドに向かった。まさにキングベッド。まだプリンスだけど。ちなみに際どい格好で立ち上がったから目に毒だった。


コンプトン先輩は立ったまま施術したし、その方が私の体重がかかって施術がしやすいけど、ベッドが思ったより高いから、男爵の言う通り上に乗るのも仕方ないかもしれない。オットマンや長椅子の上からモーリス君やコンプトン先輩をどけても、寝そべった王子はサイズ的にフィットしそうにない。


「殿下、一応ベッドの端のほうに、うつ伏せに寝そべってもらえますか。ベッドの端を使うとバリエーションが増えるので。」


筋肉がすごすぎて指が入らない気がしたから、足台を用意してもいいと思う。


「構わない。本来私は他人に触れられるのは好まないが、リディントンは実績があるからな。今日もよろしく頼む。」


実績って例の素人耳かきのことかしら。別にいいけど。


そういえば王子が人に触られるのが嫌い、って何度も聞いたけど、実践しているところを見たことがない気がする。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


手始めに腰をさすっていく。ワインレッドのバスローブみたいなガウンは、思ったより厚手だった。


そして腰の部分には全く段差がなくて、下になにか履いてくれているという希望は残念ながら打ち砕かれた。


「ん・・・心地よい・・・」


蒸しタオルで耳をほぐしたときもこんな感じだったと思うけど、王子はうっとりしたように目を閉じていた。こういう穏やかな笑顔は似合う。男爵も王子のスマイルだけは見習って欲しいと思う。


私は背骨と背筋の位置を確認すると、背骨のキワの位置に指を入れた。


正確に言うと、指を入れようとした。


「固い!!これだと指が入りません。ちょっとほぐしていきますね。」


「そうか?」


恐れてはいたけど、王子の筋肉は物理的に硬かった。腰を痛めたと言っていたから背筋が固まっているとは思うけど、そういう硬さ以前にマテリアル的にも硬い。でも萎縮して硬直した感じの不健康な硬さではなくて、スポーツで鍛えて膨張した筋肉のような硬さ。指圧マッサージがちゃんと効くやつ。


前世を含めて、マッチョな感じの人をマッサージしたことがなかったから、私はびっくりして立ち往生しそうになった。王子の背中は広いし胸板も厚いけど、見た目だとブランドンと違って筋骨隆々っていう感じがしないから油断していた。マッサージ師としてはコンプトン先輩みたいなしなやかな筋肉のほうがありがたい。


「ええと、少し四つん這いになって、腕を前に放り出すようにしてもらえますか。」


ノウハウがないから、とりあえずはストレッチで筋肉を伸ばしてもらおうと思う。現世には運動後のストレッチをする習慣がないから、スポーツマンも筋肉が張っていることが多い。根本的な解決にはならないと思うけど。


「こうか?」


王子は素直にリクエストを聞いてくれた。この応対がなんで沐浴の儀の騒動では発揮されなかったのかしら。


そっか、王子は自分の欲求に忠実なのね。


「そうです、ありがとうございます。ではちょっと触りますね。」


ベッド脇に立ったまま、背中をのばしてもらうようにしつつ、背中の筋肉の具合を触って確かめる。ベッドに加えて厚みのある体をしているから、寝そべってもらってもこの体勢でマッサージをするのは苦しいと思う。


背骨のキワの部分には指が入るだろうけど、筋肉の上の部分とかは厳しいかな。エリーのときみたいに肘をつかってもいいと思う。


でも強いマッサージは筋肉を固くしてしまうことがあるから、気持ちいいくらいのマッサージでいいと思うんだけど。肘は行き過ぎかしら。


「んっ・・・少しばかりこそばゆい・・・やや恥ずかしくも思うが・・・」


王子にも恥じらいという気持ちが存在したことに私はびっくりした。全裸は平気なのに、何が琴線に触れたのかしら。とりあえず、その格好で恥ずかしがられても困ります。


「わかりました。では寝そべってください。私が上に乗るので、力を抜いてくださいね。殿下、ベッドから足が出るくらいの位置まで移動してもらえますか。」


いくらこんなシチュエーションでも靴を脱ぐのはマナー違反になる。王子の格好を考えるともうマナーどころじゃないけど、一応私は靴を履いたまま、王子の膝のあるあたりで膝立ちになった。体の横幅がありすぎて、腰の上だとまたぐように膝立ちになれない。


王子の広い背中を見渡しながら、私は物思いにふけっていた。



流れの中でこうなったけど、これが本来私に期待されていた仕事よね。



あっさり実現しちゃったけど、これから男爵はどうやって女嫌い解消に動くつもりかしら。私が赴任して数日でマッサージをしている時点で、男爵のプロジェクトは幸先の良いスタートを切ったことは間違いないけど。


私の当初の計画では王子がマッサージに夢中になったところで、私が女性だとカミングアウトするというかなりリスキーなものだった。もうちょっと軟着陸できるんじゃないかと思わなくもないけど。


一方でぼうっとした王子にスザンナを使ってむりやり迫る計画は、正直逆効果な気がしていた。私は無関係を装いたいけど、スザンナは私の女中だから連座したりして。



考えることはいろいろあるけど、とりあえず私のミッションは目の前の固くなった腰をどうにかすることで、それについては別に異論はなかった。


「では、痛かったら言ってくださいね。」


「ああ、頼む。」


私はヘンリー王子の腰の上に手を置いた。


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