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CCLXXIII 体験者モーリス・セントジョン


急に気分が悪そうになったモーリス君を、部屋のみんなが不安そうに見つめた。


「大丈夫なのか、モーリス。」


さっきモーリス君の進言をスルーしていたヘンリー王子も、さすがに心配みたい。


「いえ、少し耳鳴りがするだけです。昼に大音量のバグパイプを間近で聞かされてから、少し耳の調子が悪いのです。決して聖・・・リディントン君のせいではありません。」


そういえば、私が姫様のところでパエリアを食べていたとき、外で『蛍の光』を演奏している集団がいたと思う。たしか北の国の人たちじゃなかったかしら。


「耳の調子が悪いのか。そうであれば、リディントンの耳掃除を受ければよいのではないだろうか。」


王子が『名案だ!』とでも言いたそうに目を輝かせた。


全然名案じゃないけど。


「殿下、残念ですが、耳掃除をしても耳鳴りは収まりません、悪化することさえあります。」


「そうです!聖・・・同僚に身体を掃除させるなど、そのようなことはできません。」


そういえば私とモーリス君の意見が一致するときって、大体負けている気がする。


「完治しなくとも、リディントンの技によって耳の気分は格段に良くなる。耳が辛いなら、気を紛らわすのにもいいだろう。」


「そのような理由でリディントン君の手を煩わせることを、僕は望みません。これくらい耐えられます。」


「そうです殿下、以前にも申し上げましたように、殿下は耳掃除中毒になってしまっておられます。モーリス君を同じ目に遭わせることはできません。私にとっても、モーリス君にとっても、いいことはないのです。」


王子は少し残念そうな顔をした。


「あの至福をモーリスとも分かちあいたいと思ったのだが、リディントンまで気が乗らないとは計算外だった。あの才能は誇ってよいと思うのだが。リディントン、せめてモーリスの耳をチェックしてみてはどうだろうか。」


王子はただでは引き下がらなかった。


「わかりました。じゃあ、モーリス君、ちょっと耳を見せてね。」


耳鳴りの原因なんて知らないけど、適当にチェックして『問題ありません』と報告すれば王子も引き下がると思う。


「えっ!?そんな、間近で見ないでください!」


突然覗き込まれたモーリス君があたふたして、耳が赤くなった。


「すぐ終わるからじっとしていて!」


耳を触ると、モーリス君の体がビクッと震えた。


「(聖女様、恥ずかしいです。あと耳元で大きな声をあげないでいただけると嬉しいです。)」


「(わかったわ。)」


私は声を落として、形のいい耳を覗き込んだ。赤くなっているけど。


モーリス君はお風呂好きではないみたいだけど、トマスと違って清潔感がある。たまにスズランみたいな控えめな香水を使っているけど、肩をもんでいても気になったことはなかった。ベージュのサラサラヘアーも綺麗に手入れされている。


一方で耳は、特別ひどいわけではないけど、改善の余地があった。モーリス君の清廉潔白なイメージを考えると、綺麗にしてあげてもいいと思う。


「(これは確かに、少し耳掃除をしてもいいかもしれないわ。)」


「(そんな!?)」


このままでも問題ないと思うけど、せっかく美しいモーリスくんだから、耳まで美しくいてくれないと。


王子が耳かき中毒になったのは耳の奥の迷走神経を刺激してしまったから。汚れを取ることを考えれば、手前のほうだけで作業は終わるし、それくらいならモーリス君がダウンすることもないと思う。


あと、耳の話題がでてから、王子から沐浴の儀についての要求が止んでいる。ひょっとしたら騎士の件を忘れてくれるかもしれない。耳かきをするための器具が必要だからとモーリス君に付き添って退出して、このままうやむやにできたらいいな。


「殿下、状況を鑑みて、モーリス君の耳掃除をしてあげようと思います。つきましては私の部屋に戻らせていただきたく思います。」


「よい心がけだ。だが戻る必要はない。ノリス、例のものを。」


「はい、王子様!」


ヘンリー王子が手を叩いて、別室から今日も可愛いノリスくんが登場した。相変わらず引っ張りたくなるりんごみたいなほっぺをしている。今日もピンクの格好だけどグレーが入っていて、前回会ったときよりも少しだけ都会的かもしれない。でも首周りの白いカラーは派手で、なんだか前世で手術した飼い猫が手術跡を舐めないようにつけていたカラーを思い出す。下は相変わらず膨らんだ半ズボンだけど、ノリスくんなら許せる。


持っていたトレイにはなにか謎のクリーム色の棒が載っていた。王子愛用の純銀の耳かきではないみたいだけど。


「殿下、それは一体なんでしょうか。」


「リディントンが使っていた棒を、今日一日かけて私が改良してみた。濡らして固めたフェルトを軸に、きめ細かい毛糸を巻いてある。ローレルに麻糸の組み合わせよりもしなりが良く、肌触りも改善されている。」


フェルトを固めるというのは確かにいいアイデアだとは思うけど、一国の王子がなんて無駄な探究心を発揮してしまったのかしら。ちなみにこの国は羊がいっぱいいるからか、木綿よりも毛糸の方がずっと手に入りやすい。


肌触りは自分で実験したのだろうけど、あれだけ耳かきのしすぎは良くないって警告したのに。


「わかりました。では、モーリス君、これで耳を綺麗にして差し上げます。殿下、二人用の椅子をお借りできますか。」


「結構です、リディントン君。」


「モーリス、せっかくリディントンが親切を申し出ているのだ。ここはおとなしく好意に甘えると良い。コンプトン、オットマンを二つつなげてくれないか。」


王子の命令で、コンプトン先輩は背もたれのない背の低い椅子を二つ持ってきて、ベンチみたいにつなげた。手慣れているみたいだけど、そこら中にある壺とか燭台を倒さないか心配になる。


「(ごめんねモーリス君。大丈夫。痛くないから。)」


ここまできたら、いくらモーリス君でも断れないと思う。私はノリス君のトレーから綿棒ならぬ毛棒をうけとると、耳を少し広げるように耳たぶをいじった。


「んっ・・・だめです!そんなところを触っては!!・・・こんな・・・こんな不健全なことは許されません!」


「怖がることはない、モーリス。じっとしているだけでいい。すぐに天国が見えるようになる。」


声をあげたモーリス君を、なぜかヘンリー王子がなだめる。


耳の外側の部分をさするようになぞっていく。


「そんな・・・だめです!・・・あ・・・そんなに擦ったら・・・んっ・・・いけませんっ・・・」


モーリス君は抗議するような、困ったような目で私を見た。耳どころか顔もすっかりピンクになっているけど、おかげで耳の汚れが見えやすい。


「いけないことなどない。何も考えず、快感に身を委ねるのだ、モーリス。」


さっきから王子は何なのかしら。耳かき愛好会でもスタートさせたいのかもしれない。


「(大丈夫だからね、じっとしていてね、モーリス君。)」


少し汚れていた、耳の入口の部分に、毛棒をくるくるさせながら肌を


「・・・あっ・・・そんな場所に入れたら・・・ううっ・・・僕はもう・・・」


「これでモーリスも私達の仲間入りだ。どうだ、耐え難い快感だろう。私とお前に繋がりができたことを嬉しく思う。」


王子は勝手にモーリス君を耳かきファンクラブにいれようとしているけど、モーリス君はあまり満足している感じには見えなかった。私達ということは他にも耳かき愛好者がいるのかしら。


ただしモーリス君は王子と違って耳かきはあまり気持ちよくはないみたいで、眉をひそめるような、何かに耐えるような表情をしていた。どちらかというと羞恥心でダメージをうけている感じがする。肩をもんでいるときは、もっとトロンとした気持ちよさそうな目をしていたと思う。


でもモーリス君の耳は、モーリス君にふさわしい綺麗さを取り戻しつつあった。目的を考えれば見えるところだけで十分だと思う。本当にファンクラブに加入されちゃうと困るし。


「・・・もう・・・もうだめです・・・」


「(はい、こちら側は終わり。よく頑張ったね。)」


耳から手を離すと、モーリス君にねぎらいの言葉をかける。チラと確認をすると、王子はなにかメモを取っていた。自分が開発した毛棒のパフォーマンスを確認しているのかしら。


「うう・・・せいじょさまあ・・・」


涙目のモーリス君はコテンとオットマンに倒れた。色々限界だったみたい。


「殿下、モーリス君の治療の経過を見る必要がありますので、部屋に下がらせてください。」


「そうかリディントン、その前に、沐浴の儀式の件をはっきりさせたいのだが。」


結局忘れてもらえなかった。モーリス君と退出する計画がくじかれてしまって、私は恥を忍んで耐えてくれたモーリス君に申し訳なく感じた。


でも耳は綺麗になったから、許してくれるよね。


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