CCLXXI 王族エドワード
二階の廊下に、腰に手を当てて仁王立ちしたコンプトン先輩が待っていた。
「やいリヴァートン、随分遅かったな!」
先輩はマロンとベージュの細かいチェッカー柄の上着を着ていて、さりげない真鍮のアクセサリーを付けている。ちょっと野暮ったくなりがちな色彩だけど、肩の張った王子たちの服と違って割とスリムなデザインで、下がダークブラウンのタイツでも意外と様になる。秋だったらもっとしっくりくるかな。
くるくるカールの髪と可愛い系の顔もあって、あまりシャープな感じはしないけど、この人のファッション自体は割と面白いのよね。
「遅れて申し訳ありません、コンプトン先輩。」
「まったく、王子様はリディントンが腰の治療をするための格好をして、待っていらしたというのに!このままでは風邪をひかれてしまうだろう!」
「治療のための格好ですか?一体どんな?」
王子には今までマッサージはしていないし、特に注文をしたつもりはないけど。そもそもマッサージをするとも聞いていなかったけど、どういった心境の変化かしら。避難中に腰を痛める事態に遭遇したんだろうけど、あの体がトラブルに遭うイメージが湧かない。
「どんな格好って、そりゃあ、ウォーズィー司祭が指定したように、服を全部脱いで、目隠しだけして仰向けに」
「それじゃ風邪ひくに決まっているでしょ!!!すぐに服を着てもらってください。」
何を考えているのかしら、あの司祭様は。
いいえ、何を考えているか分かるからこそイラッとくるのよね。
「・・・目隠し意外すべて脱ぐんじゃなかったのか?」
「それはデマです。全部脱ぐとむしろ逆効果です。そもそも腰を痛めたのに仰向けっておかしいでしょう?普通に考えれば違和感に気づくはずです!」
脱ぐと逆効果ってことはないけど、誰もよくわかっていないから何と言っても通用すると思うのよね。
「う、うるさい!ウォーズィー司祭に言われたように準備したんだ!俺が悪いように言うなよな!あと、お前達の話は中の王子様にも聞こえるんだから、そんな大声で俺を悪く言うな!」
保身に走るコンプトン先輩は顔を赤らめて不機嫌になって、ヘンリー王子の部屋に戻っていった。
「(ルイス、トマスがせっかくくれたチャンスを・・・)」
「(男爵!?なんのチャンスなの?ウォーズィー司祭が何を考えたのかよく分からないけど、とりあえずヘンリー王子殿下はマッサージを受けてくれるみたいだから、服を着ていても同じことよ。逆に着てもらわないと集中できません!)」
ヘンリー王子をマッサージする計画が、ウォーズィー司祭の余計なアシストで前倒しになったみたいだった。
それはそうと、マッサージしても子供につながらないことに気づいたら、男爵はどうするのかしら。
「(一度見た以上は二度も三度も同じことじゃないか、ルイス。それに、王子の均整の取れた身体はファンも多い。決して見苦しくなかっただろう?)」
男爵はノリッジに来たときから一貫して、私に王子の裸を宣伝してくるのよね。
「(全然違うから!泉では遠目でちらっと見えただけだし。男爵、ヘンリー王子風のたとえ話をさせて。古代にはフジ山という山があって、遠くから見ると息を呑むほど綺麗だったそうよ。でもいざフジ山を登ってみると岩肌もゴツゴツしていて、間近で見るとそこまで綺麗でなかったと言い伝えられているのよ。それと同じこと。間近でまじまじと見たくありません!!)」
「(そうです!聖女様が全面的に正しくていらっしゃいます。王子の裸体をお目に晒すなど、言語道断です。ところで、古代のフジ山とは、現代ではどの山のことですか?)」
今まで黙っていたモーリス君が疑問を呈してきた。
「(えっと、どうなんでしょうね。今は呼び名が変わってしまったのかもしれないわ。)」
前世を古代と言い換える作戦は今まで便利だったけど、モーリス君やヘンリー王子の前では控えたほうがいいかもしれない。
「(そういう話はヘンリー王子の部屋で展開してくれないかな。今は作戦を練ろう。フランシス、スザンナに合図を送ってきてくれないか。)」
「(男爵ストップ!スザンナを連れてきてどうするつもりなの?)」
スザンナは確か秘密のクローゼットから登場するんだとおもうけど、仮に王子がウトウトしたところで、コンプトン先輩もいるし、『チャンス』があるとは思えないけど。
マージとの言い争いの後だと、私が放置したヘンリー王子がスザンナに襲われることにも罪悪感があった。
「(いいかい、本来ヘンリー王子が身体の不調を訴えることは殆どない。これは千載一遇のチャンスだね。心してかからねばならないよ。冷静さが成功と失敗を分ける。だから落ち着くんだ、エドワード。)」
「男爵が落ち着いてよ!エドワードはまだ産まれてないでしょ!」
「(聖女様、お声を抑えて!)」
ツッコミに力が入りすぎちゃった。
「(まだってことは、いつかは産んでくれるのかい?)」
「(産みません!!私は関係ないから!!)」
「(聖女様、まだ産まれていないエドワードというのは、ひょっとすると旧白軍派の王位継承候補者ですか?)」
私達がいつものやりとりをしていると、モーリス君が真面目な質問をしてきた。
「(いいえ、モーリス君。男爵の想像上の生き物よ。でもなんで旧白軍派だと思ったの?)」
「(いえ、ヘンリーは旧赤軍派の代表的な名前で、エドワードは旧白軍派の名前だと聞きます。双方の血を引く後継者のアーサー様は中立的な名前を授けられたと伺っていますが。)
なるほどね。そういえば内戦中に二人の王様が並立したとき、ヘンリー王とエドワード王が戦っていたと思う。
「(ヘンリー王子の子が『エドワード』になりそうな理由はわかったわ。でも男爵、私は一切関わりませんからね。)」
「(お腹を痛めた子供に少し冷たいんじゃないか、ルイス?)」
「リヴァートン、入っていいぞ。」
男爵との不毛なやりとりがコンプトン先輩の掛け声で中断されて、私達は部屋に入った。




