CCLXV 国王付侍従長ウィンスロー男爵
スザンナがドアを開けると、黒いマントを翻すイケメンが立っていた。普通に佇んでいるだけなのに、前世のモデルみたいにポーズを決めているように映える。
「今夜はやけににぎやかだね。後でロアノークとモードリンを呼んで鎮火祝いをしようと思っていたけど、今のほうがよかったかな。」
意気揚々と部屋に入ってきた男爵は、部屋に勢揃いしたメンバーに驚いたみたいだった。
「男爵、片付けが早かったわね。でも私がくまさんをマッサージしていた時間があったからそうでもないのかしら。あっ、男爵、スザンナ、南棟と東棟の間にヘンリー・ギルドフォードが倒れているから、回収してあげてくれない?」
アンソニーが爆弾を落としたショックで、私はくまさんのことをすっかり忘れていた。さすがに長時間マントだけだと風邪をひくと思う。そういえば露出狂は風邪が怖くないのかしら。
「やれやれ、ルイスはロアノークの仕事を増やすね。スザンナ、一階の北の門に連絡をとってくれないかな。そういえば、ルイスが露出狂を倒すシーンを目撃した少年従者がいてね。どうも夢見がちなやつで、彼がルイスに弟子入りしたいと言っているよ。でも素のルイスが5分くらい話せば夢から覚めると思うから、適当に相手をしてやってくれないかな。」
駆け出していくスザンナを見送った男爵は、いつものの苦笑いを湛えながら軽口を叩いた。
「ちょっと!色々突っ込みたいけど、そもそも私、弟子を募集した覚えはないんですけど!」
「そうです!僕のときも聖女様は自らパンとワインを分けていただいたのです。聖女様の弟子には無私無欲が欠かせません。聖女様の優しさにかこつけて強引に志願するなど、弟弟子として認められません。」
そういえばパンが大きかったからモーリス君と半分こしたときがあったけど、あれが弟子入り認定扱いだったのね。真相を暴露したらモーリス君は悲しむかしら。
「大丈夫なんじゃないかな。ルイスも私の許可がないまま私の副官になっていたし。とりあえず、彼をここに連れてきてもいいかな。」
「副官を名乗るのは鎮火の指揮をとるのに必要だったし、確かゴードンさんのアイデアよ。その子に会うのはいいけど、結局露出狂の正体は何だったの?処分は決まった?」
衛兵に任せたのかも知れないけど、鞭で叩いた跡を説明したりするには、現場にいた男爵にとどまってほしかった。
「ああ、あの件は想定外の展開をたどったけど、そんなことより明日までにリディントン家の家紋を考えないといけないよ。」
「ちょっと待って、どう想定外だったの?」
男爵はいたずらっぽそうに肩をすくめた。
「ルイスはそんなに露出狂に興味があるのかい?ご友人がせっかくいらしているんだ、今夜くらいはそんな忌まわしい光景なんて忘れ去ってしまうといい。」
「・・・そうね。ちゃんとそれなりの処分が下るんだったらいいけど、過剰防衛で訴えられたら男爵には証言に立ってもらいますから、よろしくね。とりあえず、私の知らない人なのよね?」
宮殿で働いているたくさんの人が火事で追い出されていたから、結局露出狂が誰だったのか、新任の私に名前を知らされても困るかも知れない。
「そうだね、侍従長の私でさえ知らないくらいだからね。ルイスも当然、今の所知らないんじゃないかな。それでは、その弟子入り志望の少年を連れてくるよ。」
「あの・・・」
男爵が踵を返すと、マージが声をだして引き止めた。本来は爵位のある目上の人には自分から話しかけてはいけないんだけど、さっきからこの部屋はカオスになっているから多分誰も気にしない。
「あなたは、ルイーズの・・・」
マージの声はいつもより弱々しかった。モーリス君はジャンルの壁を飛び越えたらしいのに、男爵の顔の良さはマージには響かなかったのかしら。
「この青年はこの場ではルイスだよ、ルイス・リディントン。そして私はウィンスロー男爵レジナルド・ガイトナー、国王陛下の侍従長を務めさせていただいているよ。ルイスとは、まあ、複雑な関係ってやつかな。」
男爵はニヤニヤしたまま答えたけど、マージはなにか納得がいっていないみたいだった。
「ありがとうございます。申し遅れましたが私はマージョリー・ヘイドンと申します。一つお伺いしたのですが、ひょっとすると、この子をノリッジまで迎えに来たのは・・・」
「私とフランシスだね。国王陛下肝いりの計画だから、少数精鋭でノリッジまで行ったよ。思ったより遠かったね。レディ・ヘイドンも長旅ご苦労さま。それでは、先述の連れをこれ以上待たせると騒ぎかねないので、一旦失礼するね。」
カジュアルに答えた男爵は手でスザンナに合図をして、颯爽と廊下に出ていった。
それを見送ったマージは、回れ右をするみたいにぎこちなく私を向いた。なんだか怒った顔をしている。
「どうしたのマージ、露出狂の処分が不十分だった?」
「帰るわよ・・・ルイーズ。」
マージの声はいつもより低かった。
「いきなりどうしたの?さっきもその話をしたけど、今はタイミングが悪いわ。」
「ねえ、ルイーズ、侍従と侍従長って、それぞれ何をする人かしら。」
いつも早口のマージが、一言一言噛みしめるようにゆっくり喋った。
「侍従の仕事は主人に付き従ってその要望に応えることでしょう。それで侍従長は彼らを監督したり差配したり人ね。」
実際に国王陛下のそばにいる男爵を見たことがないから、普段どんな仕事をしているのか具体的には知らないけど。
「そうね。それで国王陛下に付き従うはずの侍従長が、宮殿を留守にして、侍従を一人しか連れずに、片道2日はかかるノリッジに出向いて、少女一人を護送する役に、なんで選ばれたと思う?」
「それは男爵が言ったように、上層部しか知らない極秘プロジェクトだったからでしょう?私を審査する役目もあっただろうし、男爵は大司教様とも顔見知りみたいだったし、それに」
「顔が良かったからよ!!!」
マージがいきなり大声をあげて私を遮った。
「どうしたのマージ、落ち着いて。男爵の顔が良すぎて錯乱したの?気持ちはわかるけど・・・」
「落ち着くべきはあなたなの、ルイーズ。でも今はそれが無理なのはわかっているわ。だから無理矢理にでもノリッジに連れて帰る。帰ったらリハビリテーションね。さあうちの馬車まで来てもらうわ。思い立ったら即行動よ。」
マージは私の腕をとった。
「ちょっと、マージ!説明が滅茶苦茶よ?」
「ルイーズ、今のあなたの言うことは聞けないわ。あなたが私の説教を聞くとも思わない。とりあえずノリッジに帰るの。話はそれからよ。」
そのままマージは私を連れて格好良く部屋から出ようとしたけど、多分腕の力はその場に立ちすくんでいる私のほうが強くて、マージは私を引っ張っていけないまま部屋で立ち往生した。




