CCLXIV 弟子モーリス・セントジョン
「聖女様、先程コンプトンと行き合いまして、殿下がお呼びだと・・・一体どうされたのです!?そこに座っているのはアンソニーですか!?」
スザンナが部屋にいれたモーリス君が、ふやけたアンソニーの様子を目にして、驚いて固まった。例の赤茶と水色の服を着ている。
「・・・うひ・・・」
「アンソニーはいつもこんな感じだから心配ないわ。それに今は非常事態だから、ヘンリー王子のところにはまだ行けないわね。それよりモーリス君、待ってくれる約束だったのに、王女様のところに私を置いていったでしょう?」
私は恨めしげにモーリス君の顔を見た。きれいな緑の目が戸惑ったように光っていて、相変わらず清々しいくらいの美少年。
「約束を違えてしまい申し訳ありません。ロバートに至急王太子妃様のところに行ってほしいと言われたので、彼が代わりに聖女様を弁護するとの申し出を受けたのですが、不都合がありましたか。ロバートは優秀ですし、アーサー様のスケジュールを管理しているので、アーサー様を治癒されることを見越してもお二人が知り合っておくほうがいいかと思ったのですが。」
「ロバートってなんとか男爵のことかしら?モーリス君が従者の仕事を優先しないといけなかったのは分かるけど、なんとか男爵は私に全く会わなかったのに、私がレディ・エリザベス・グレイに手を出したって変な証言をしたのよ。そのせいでレディグレイ嬢と婚約する羽目になったの、もうどうにかしてモーリスくん。」
モーリス君がどうにかできる問題ではないけど、思わず八つ当たりしてしまった。
「婚約ですか!?そんなはずは・・・ロバートは聖女様の正体が女性だと知っているようでしたが。状況も理解していると言っていたのに・・・」
もともと青白い肌がさらに蒼白にして、モーリス君は気難しい顔で考え込んだ。『若き青年の悩み』って感じでとっても絵になる。
「ルイーズ、他人のせいにするまえにサインした自分を反省しなさいよね、このバカチキン。」
「チキンは余計よ、マージ。・・・もちろんバカも余計よ!・・・ただ、私が女だって知られているんだったら、やっぱり私ははめられたのかしら・・・」
チキンが決め手だった訳じゃないんだけど、なんで食いしん坊みたいなあだ名でよばれないといけないのかしら。
そのロバートさんとやらが私の性別も状況も知っていた上で虚偽の証言をしたとすると、この婚約はただの勘違いではなくなる。相手は『魔女』を困らせる気なのかしら。でも男装の『魔女』が公爵令嬢と婚約すること自体は、反魔女派に直接のデメリットがあるとも思わない。『魔女』本人としてはほんとに迷惑だけど。
一体狙いは何なのかしら。
「ロバートは完全に事態を飲み込んでいたようでしたが、僕が見誤ったのでしょうか。いずれにせよ聖女様のせいではありません。僕の責任です。どうぞ聖女様のことを悪く言われないよう・・・申し遅れましたが、はじめまして、僕はモーリス・セントジョンと申しまして、聖女様の一番弟子です。」
モーリス君は深刻そうな顔をしていたけど、私をバカチキン呼びしたマージを嗜めるように、優雅に自己紹介をした。肩書が間違っているけど。
「えっ、聖女様って、てっきりからかっているんだと思っていたけど・・・本気?・・・失礼いたしました、取り乱してしまって、私はマージョリー・ヘイドン、このルイーズ・レミントン改めバカチキンの友人です。私としては速やかな師弟関係の解消をお勧めしますね。」
「ちょっと!いい加減チキンから離れて!あと私、そもそも弟子をとった覚えはないんだけど。」
さっきから控えているスザンナが方を震わせて笑いをこらえているのが見える。どうかバカチキンを普及させないでほしいけど。
「ルイーズ、大体あなたが聖女ってどういうことなの?あなたほど世俗的な人間は滅多にいないわよ。」
「なりゆきの説明は面倒なんだけど、それがいるのよ。ここにいるスザンナとかわたしの後見人のウィンスロー男爵はもっとすごいわ。あとメアリー王女の周りの人達も。もうこの宮殿はモラルが崩壊していて、私の信仰心って相対的にましなんじゃないかって思っているの。もちろんこのモーリス君は見た目通り神聖な感じだけど。」
考えてみたらヘンリー王子の信仰心に篤いって言われているのは、周りがひどすぎるだけなんじゃないかしら。例えばブランドンと並んだら誰だって聖君子に見えるはず。むしろそれが狙いで、ブランドンを引き立て役にしていたりして。
ブランドンは消火を手伝ってくれたから、あまり悪く言いたくはないけど。
「お褒めいただいたと受け取っていいのでしょうか、聖女様、ありがとうございます。しかしロバートの件は気にかかりますね。なぜそんな証言をしたのでしょう。レディ・グレイとの婚約は勘違いが理由であれば取り消せるはずなので、波風を立てないように教会サイドでできることはないか僕も調べてみます。」
女性同士の婚約で大騒ぎするかと思ったけど、モーリス君は意外と冷静だった。ちなみに弟子からは引退しないみたい。
「ありがとう。そうしてもらえると助かるわ。それで、そのロバートさんはルイーズ・レミントンを狙っているのかしら。ダドリー議長とはつながっているの?」
「ロバートがどう聖女様のことをしったのかはわかりませんが、ダドリー様とは犬猿の仲ですね。彼の父親の死刑を決定づけたのはダドリー議長です。ロバートは義兄のバッキンガム公爵と親しいはずですが、聖女様関連で動いているという話は、僕は聞いていません。ロバートは軍にも所属しているので、情報源として有力なのはサリー伯爵ではないでしょうか。」
サリー伯爵の名前がまたでてきた。ダドリー議長はまず私を逮捕しようとして、今度は新大陸送りにしようとしているから行動が分かりやすいけど、その他の人々は誰が何を目指しているか分かりづらいのが難点なのよね。
もしその公爵や伯爵達が王太子派で単にアンチ・ヘンリー王子だとしたら、王太子の治療に私が携わるといったらなんと言うかしら。意外と敵対しないで済むかもしれない。
「(ルイーズ、なんでこの最高に見た目の整った美少年を侍らせているのよ?)」
いつのまにか近くに着ていたマージが私に耳打ちした。少しだけ息が荒い気がする。
「(えっ、モーリス君は確かに非の打ち所のない美少年だけど、マージはアンソニーのほうがタイプだと思っていたわ。)」
モーリス君はスッキリしたフォルムでバランスのいい正統派美少年で、女装したらすごく美人だろうけど、それでも『かわいい』という形容詞は違う気がする。うちのパーシーが好きなマージには、わんこ系のアンソニーをワシャワシャ撫でるほうが好みだと思っていた。
「(このクラスは規格外よ。ジャンルを超えるわ。)」
「(マージ、あなたの年下趣味はその程度だったのね。浅いわ。)」
なんにしても、マージがすっかり露出狂ショックから回復しているみたいで嬉しい。くまさんとモーリス君には感謝ね。
「ルイス、聞こえるかい!?至急リディントン家の家紋を考えないといけないよ!?」
廊下からよく通るバリトンの声がした。私とマージとスザンナとアンソニーとモーリス君で少し混み合った私の部屋に、また一人おしゃべりな人物が来訪したみたい。