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CCLXI 騎士アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク

私の部屋の前には、見知った顔が待っていた。なんだか布みたいなのを持っている。


「魔女様だっ・・・じゃなかった、レディ・リヴィングストン!!」


陽気な声で近づいてきたアンソニーは、いつになくご機嫌だった。王太子様の行進のときに見かけたときには元気がなかったから、少しほっとする。あいかわらず豪華な縁取りのビロードのマントと、鳥の羽のついたおしゃれなベレー帽姿。東棟の廊下には松明が戻っていて、ちょっと癖のある金髪がベレーから覗いて光っている。


「アンソニー、努力の方向性はあっていると思うわ。でもね、『魔女様だっ・・・じゃなかった、レディ・リヴィングストン!』って発言は『魔女様って言っちゃいけないんだった、偽名使わなきゃ』って言っているみたいに聞こえるから、単純に『魔女様!』と言われて訂正するよりも傷が深いわ。」


「じゃあ魔女様って呼んでいいか?」


それがアンソニーには自然かもしれないけど、やっぱり今後のアンソニーの人格形成を考えるとここで頑張ってもらいたい。


「できるだけレディ・リヴィングストンで、同じ文章では二つの呼び名を併用しないで。そうだわ、私の友人を紹介させて。こちらはミス・マージョリー・ヘイドン。夕方にも話したけど、あなたの遠い親戚に当たるそうよ。」


「親戚?亜麻色の髪だと、ビル兄のところか?」


アンソニーはマージを興味深そうに見つめた。ふたりとも広義ではブロンドヘアだけど、マージの髪は優しい亜麻色で、アンソニーは主張の強い黄金色なのよね。


「お初にお目にかかります。わたくしはサー・ジョン・ヘイドンとキャサリン・ウィロビーの娘、マージョリー・ヘイドンと申します。我が母マージョリー・ヘイドンは、リンカンシャーのサー・クリストファー・ウィロビーとサー・トマス・ウィロビーの姉にあたります。」


マージがいつになく慇懃に、スカートを抑えてカーテシーをしたのにびっくりした。アンソニーの身分が高いのは分かるけど、一応親戚でこんなにフランクに話しかけているのに。


「ああ、クリス兄のとこだったな。俺はウィルトシャーのラティマー卿の息子、アンソニー・ウィロビー・ド・ブロークだ。普段はオノラブルって呼ばれるけど、遠縁のよしみで特別にアンソニー様とよんでもいいぞ。」


アンソニーは調子に乗りすぎ。もちろん見学のときも周りの衛兵からすごく恭しく応対されていたし、あれが普通だとしたら今の発言に悪気はないと思う。むしろ呼び方が定まってマージにしても気楽かもしれない。


でもアンソニーは素直だから、ここでちゃんとビシッと言っておけば後で違いが出てくると思う。身分的にはアンソニーより低いマージの叔父さんが『クリス兄』って呼ばれているわけだし。


「パブロフ!」


「わん!」


「その態度はなんですか!たとえアンソニーのほうが本家で身分が高くても、人間としての礼儀、相手を不必要に不快にしない作法が大事なの。そこだけはヘンリー王子を見習うべきよ。『特別に〜してやっても良い』なんて尊大な言い方はやめて、せめて『アンソニーで構わないが、それだと気が重かったらアンソニー様にしておいてくれ。』ぐらいにしておいて。」


結果的にアンソニー様に落ち着くにしても、言い方があるのよね。


「なんか同じことを言うのに余計な一文増えてないか、魔女様。」


「それが思いやりよ。一件意味のないマナーっていう様式美を守るのが、相手とその場を大切にしていますよというサインなの。アンソニーは身分が高いから、この先相手に『〜してやっても構わない』と言う機会があると思うけど、相手がそう言われてどう思うか考えて、慮ってあげるといいと思うわ。」


「マナーって、ルイーズ、あなたも大概だと思うけど。さて、不躾ながら、アンソニー様は一体ルイーズとどういう関係でいらっしゃるのか、もしよろしければお聞きしてもよろしいですか?」


マージの慇懃モードに私は慣れなかった。私がヘンリー王子に使うよりもずっと丁寧な言い方。



「俺か?俺は今は魔女様の、犬、だけど・・・」



「ルイーズ!!!」



「違うの!文脈が違うの!」



アンソニーは余計なことを言ってくれた。マージが私を糾弾する目つきをしている。


「文脈って何よ!?」


「ほら、アンソニーって、顔が子犬っぽいと思わない?私がアンソニーの容姿を褒めていたら、トマスが『うちの犬にも同じことを言っていなかったか。』っていっていたの。それで、アンソニーの鼻筋が通っていて小鼻が丸い感じとか、眉毛が目立たない感じとか、目がぱっちりしているところなんか犬らしくて素敵ね、って話になったの。」


「マナーはどこへいったのよ!?最後に素敵ってつけてさしあげれば許されるわけじゃないのよ?それに犬にしてはそこまで面長でいらっしゃらないわ。」


トピックとシチュエーションが乖離してマージの敬語はおかしくなっていた。


「たぶん想定している犬種が違うのよ。猟犬とか牧羊犬じゃなくて、こう、もっと丸っこい愛玩犬の子犬を想定してみて。このフサフサの髪とか、なでたくなるでしょう?」


「愛玩犬って、ルイーズ、思いやりはどこにいったのよ。」


アンソニーのことだから喜んで撫でられそうなものだけど。


「でもジェラルドも俺は魔女様の犬だって言っていたぞ。頑張って犬じゃなくしてくれるって。」


「それは嫉妬しているのよ。私のところばかりに来ていると、私の飼い犬みたいと勘違いされて愛想をつかされちゃうかもしれないわ。でも頑張ってくれるってことは期待してもいいのかもしれないわね。」


フィッツジェラルドがアンソニーへの愛に再び目覚めるのは結構なことだけど、私という当て馬に嫌がらせをしてこないことを祈るばかりね。


「浮気?うーん、よくわかんないけど、なんか難しいんだな。」


首をかしげる恋愛初心者のアンソニー。初々しい感じがする。


「待って、ルイーズ、よくわからないけど、浮気ってどういうことでいらっしゃるの?」


相変わらずマージの混乱が敬語に現れていた。そういえば、教会が同性愛を禁じているせいで、アンソニーとフィッツジェラルドの仲はばらしてはいけないのよね。


「今のはジョークよ、内輪のジョーク。文脈がわからないと笑えないの。」


「そう?ところで、アンソニー様がお持ちになっていらっしゃるのは・・・」


マージは私が気になっていたものを指摘した。繊維みたいだけど、外套にしては薄手ね。



「これか、これはシルクの布だ。魔女様、前回は革紐で、その前はロープだっただろ?どっちも良かったけど、こんどはシルクで縛ってもらおうと思って。」



「ルイーズ・・・」



「違うの!これも事情があるの!!」



今度はマージが私を化け物を見る目で見てきた。


「貴公子を縛ることが許される事情があるの?」


「一回目はそもそもアンソニーが私を縛ろうとしてきたの。正当防衛よ。二回目はアンソニーがきわどい格好をしていたから、予防的措置をとったの。二回ともその後マッサージをしたからパブロフ、じゃなかった、アンソニーが覚えてしまったのよね。」


二回目は私を怖がらせたことへのお仕置き、という意味もあったけど。


「一体どういう仲なのよ・・・」


「なんでもいいけど、優しく縛ってくれよなっ!」


「アンソニーは誤解を招く表現っていうのを覚えたほうがいいわ。それにしても今晩はご機嫌ね。いいことあったの?」


さっきから落ち着かないマージと違って、アンソニーは今にも鼻歌でも歌い出しそうな感じだった。


「うん、アーサー様の警護を仰せつかったんだ。俺、久しぶりにアーサー様のお役にたてたし、ねぎらいの言葉もかけていただいた。ジェラルドが怪我をしたから代理だったんだけど、嬉しかった。」


「よかったじゃない!今晩はお祝いね!でもフィッツジェラルドは大丈夫だったの?」


アンソニーは騎士スピリットに満ちているからか、こうやって嬉しそうにしていると充実しているのが伝わってきて微笑ましい。


フィッツジェラルドは私を監視している顔の見えない不気味な存在ではあるけど、アンソニーの恋人だっていうだけでなんだか憎めないのよね。これって息子の彼女を思う母親の心情かなにかかしら。


「いや、結局大したことなかったらしいぞ。なんでも手柄を狙う連中に顔面や腹を攻撃されて、死にそうな思いをしたらしいけど、最後に天使が現れて救ってくれたって言ってたな。あと天使は男だって。」


「天使ってほんとに大丈夫かしら。でももし天使が誰かのメタファーだったら、アンソニーにライバルができちゃうわね。」


やっぱりアンソニーの相方だけあって愉快な人みたい。敵同士なのが残念だわ。


「女神の次は天使とか、ジェラルドは最近様子が変なんだ。今日も急に抱きついてきたりしたし。」


アンソニーはフィッツジェラルドの女神なのかしら。ぽっと出の天使に負けないでほしい。


「二人が抱き合うのは全然変じゃないわ。むしろ情熱的でいいと思うの。でもマージがいるから、このくらいにしておきましょう。」


すっかり私達に突っ込むのを諦めていたマージに駆け寄って、耳元で囁いた。


「(語階のないように言っておくけど、私達がジェラルドって言っているのは、アンソニーの恋人で、ジェラルディーンっていう女の人ね。)」」


まさかアンソニーを告発するような真似はしないと思うけど、マージは噂話が好きだから念のため。


「(そうなの?怪我をしたり、抱きついたり、なんだか大胆な女性なのね。)」


「(そうね・・・)」


確かに身の回りの女性であんまりいないタイプかしら。しいていえばスザンナ。


「それより魔女様、今日お祝いってことは、リクエストをしてもいいんだよな。」


ニヤニヤしたアンソニーの大きな目が、何かに期待するように輝いている。レディ・リヴィングストン呼びは放棄しちゃったのかしら。


「ええ、でも火事の直後で食べ物も飲み物も思ったものが手に入らないかもしれないし、私はごちそうをいただいたばかりなの。前みたいにアンソニーにオイルを塗るのも難しいかもしれないわ。」


アンソニーのお祝いをしてあげたいけど、メアリー王女様のホストスキルは私にはないことに気づいてしまった。東棟の厨房はどうなっているのかしら。



「じゃあ、今日は脱いでいいか?」



「ルイーズ!?!?」



「だから違うのよ!!違うの!!」



私を心配する目で見つめてきたマージに、私は思い切り横に首を振って答えた。



「でも脱いだほうが気持ちいいんだ。」



「おだまりパブロフ!!!」



私はマナーよりも大事なことがあることを実感した。



参照:


CXCVIII 犠牲者アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク


CCIII 相棒ジェラルド・フィッツジェラルド

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― 新着の感想 ―
[良い点] アンソニー様が大事故を起こし続けている(笑 [一言] もう王家の庇護貰って白魔女認定くらいされないとルイーズ生きていけなさそう。ルイーズちゃんの行く末を案じつつ、続きを楽しみにしています!…
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